アゴラ‐言論プラットフォーム‐に 「学校教育」をマクロに考える の投稿が掲載されました

 いつも世話になっている、アゴラ‐言論プラットフォーム‐で、「学校教育の是非」のテーマで原稿募集していましたので投稿したところ、早速掲載していただきました。
 記事はコチラです☟

「学校教育」をマクロに考える 和田 慎市



私はこれまで40年以上教員生活を続けていますが、数年前には正教員(教諭、教頭)から退き、世の中を広い視野で見られる余裕ができたこともあり、将来の日本の「学校教育」の在り方についても、あれこれ思い描いてきました。

 今回の原稿募集がちょうどよいタイミングだととらえ、今後「学校教育」をどうしていくべきか、日本全体でマクロに考える必要性について発信するため執筆しました。
 
 今回は学校教育の大きな方向性について問題提起したつもりです。
 特に経済活動や日常生活にも関係することですが、日本(人)は1960年~1990年前半の「絶頂期」へのこだわり・幻想を捨て去る時期に来ていると思うのです。
 私程度の人間が述べるまでもなく、ここ二十数年もの間、日本経済は停滞し続け賃金は全く上がらず、一人当たりGNIの世界順位も下げ続けています。
 要因は幾つかありますが最も大きな理由は、日本が一流先進国になり、国民が安全で裕福な生活を達成できた瞬間(1990年あたりか?)から、「今の豊かな生活を維持するためには、これまでのやり方を続けていけばよい!」と、現状維持・安定志向にとらわれてしまったことが大きいと思います。
 こうしてICT化の進む世界の激しい変化・進化への対応が遅れ、リスクを伴う新しいことへの挑戦・改革がおろそかになっていったのではないでしょうか?

 学校教育にも同じことが言えると思うのです。世間や保護者が今でも高度経済成長と同じ役割を学校に求め、教師もそれにこたえようと身を粉にして働く構図はがあまり変わらず、世界の変化についていけないまま制度疲労を起こしつつあります。
 
 それは視野の狭い教員社会にも問題はあるでしょうが、将来の日本の青写真を描き、具体的な日本社会・国民生活をイメージし、それを達成するために「学校教育」はどう変わり何をすべきなのか、これまで政府をはじめ多くの国民が放棄してきたからではないでしょうか?

 一例として、偏差値の高い高校・大学に進学し、大企業に入社する人生が本当に幸せなのか、やりがいがあるのか…。
 10年、20年先に日本の大企業が安泰でいられる保障、勤務条件がブラックでない保障などないからです。
 
 人によって能力・適性は違いますし、生き方や職業も様々なのは当然のことですが、誰もが「現状維持」「慣例・踏襲」の生活を目指せば、最大でも100であり、110、120といったプラス成長(経済面だけではない)はなくなります。
 勉強やスポーツを考えればわかると思いますが、「現状でいいや」と考えた時点で成長が止まるばかりか、ライバルに追い抜かれ、現状すら維持できなくなります。
 
 ですから、個人的には先見性をもって現状打破、改革を行うが必要があると考えますが、教員に限らず、できるだけ多くの国民に議論・立案に参加していただき、マクロな視点で学校教育を改善していくべきだと思っています。

プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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