新型コロナ変異ウイルスの死亡率は高いのだろうか?

 日本国内でも新型コロナの変異ウイルスが顕著が増加しているようです。
 以前にも書きましたように、そもそもウイルスは自身の生存のために、人間の抗体やワクチンから逃れるため変異していくのは自然の姿であり、特に新型コロナは変異しやすいウイルス(何百何千株もできるらしい)です。
 ですからイギリス型だけでなく、変異ウイルスが次々と出現すること自体は驚くことではないのですが、気になるのは「感染力が強い」「若者が感染しやすい」「重症化率が高い」なるフレーズがテレビ等で盛んに報道されていることです。

 このうち、「感染力が強い」は、感染者数の増加傾向を見れば事実のようですし、全体の感染率が高くなれば若者の感染率が上がるのも自然でしょう。
 理屈から言っても、ウイルスがある人間の体内で殺されそうになったら、他の人に早く乗り換えようと感染力を強めるでしょうから、変異ウイルスの感染率が高くなることには合点がいくわけです。

 私が気になっているのは3つ目の本当に「重症化率(→死亡率)が高いのか?」という点です。
 先ほどの理屈の続きとして、ウイルスが毒性を強くすれば(致死率を高めれば)、他の人に移す前に宿っている人間と共に死んでしまいますから「生存の法則」に逆行します。ですから一般的にウイルスが変異する場合、人間と共存するように弱毒化しながら、感染力を強めていくと考えられるのです(インフルエンザがそうでしょうか)。

 そうはいっても、先月イギリスで発表された論文では、感染力だけでなく重症化リスクも高まることが報告されており、そのデータ自体は事実でしょう。
 ただ、サンプル数・検体の問題だけでなく、日本人とは異なり感染者数や死亡者数がけた違いに多い欧米人は、遺伝や体質的な違いもあるのではないかと指摘されています。ですから、大事なことは「日本では、日本人はどうなのか?」ということです。
 そこで私はNHKの最新データから簡単な計算をしてみることにしました。
まず、NHKの最新情報記事をリンクします☟

変異ウイルスの特徴・最新情報



リンク先の記事が相当長いですので、必要な箇所だけコピー貼り付けします。

「感染確認は20代が最多死亡した人は37人
厚生労働省は4月26日までに変異ウイルスへの感染が確認された人のうち、国立感染症研究所などで遺伝子を解析した2179人について年代をまとめました。

▽10歳未満が129人
▽10代が243人
▽20代が515人
▽30代が252人
▽40代が279人
▽50代が260人
▽60代が178人
▽70代が156人
▽80代以上が164人
▽不明が3人となっています。

このうち死亡した人は合わせて37人
40代と50代がそれぞれ1人
60代が3人
70代が9人
80代以上が23人となっています。」

私が下線を引いたところに注目してください。
下線部の数字から、死亡率を計算しますと、 37人÷2179人≒1.70% となります。
しかも記事によれば、「遺伝子を解析できた人数」に限られ、変異ウイルス感染者の実態はもう少し多いと考えられますから、死亡率はこれよりは下がると思われます。

一方最新情報(変異ウイルスの確認時期とは少々ずれますが)によりますと、
これまでの新型コロナ全体の感染者は58万8308人、死亡者は10,202人です。
同じよう死亡率を計算しますと、10,202人÷588,308≒1.73% となります。

もうお分かりのように変異ウイルスの死亡率は新型コロナ全体の死亡率とほとんど同じです。しかも、前述のようにまだ変異ウイルス感染者がいると考えれば、もう少し低いかもしれないのです。
 もちろん現在明らかになっているデータによる分析という条件ではありますが…。

 また、上記37名死亡者の内訳を見れば、若い方が一人もなくなっておらず、高齢者(70歳以上)がほとんどであることもこれまでの新型コロナウイルスの傾向と全く同じです。

 私は専門家ではありませんので、この結果を声高には主張できませんが、少なくとも「今のところ変異ウイルスが死亡率を高める(拡大解釈で重症化率を高める)という証拠はない」ということだけは言えるのではないでしょうか。

 もう何度繰り返したかわかりませんが、政府・自治体、特にマスコミは確かなエビデンスに基づき国民に情報発信してくれることを切望します。

日本で働き方改革が中々進まないワケ

 以前筆者は、国会の質問事項の実質的受付締め切りが前日の午後10時という大変非常識な時間であり、そのため官僚が半ば徹夜で資料作成に当たらなけばならない不条理を指摘した記事を書いたことがありました。
 今回の掲載記事でも、改めて日本の「働き方改革」が進まない理由がわかったような気がします。
記事はコチラです☟

「テレワークに残業代払わず」「議員に土下座」ブラック霞ヶ関の働き方改革は道半ば、実態調査を公表



まさに記載された内容の通りなのですが、
「正しく残業代が支払われていない」「「テレワーク分はカウントしない」
など、本当に国の中枢機関の勤務状況なのかと驚かされますし、
相変わらず「国会議員の質問通告時間の遅さ」による官僚の過剰な残業も改善されていないことがわかります。

「年度末で超過勤務予算が枯渇し支払えない」などと堂々とのたまうのは、パワハラの一種でしょう。
そして、「残業を減らそうという意識がまるで無く、そういう幹部ほど出世していく」のが事実なら、官庁の残業は永遠になくならないのではないでしょうか?
 また、「すべて対面を求められたり、紙資料を数十部コピーする」ことからも、本気で効率化を進める気があるのか疑わしい限りです。

 やはり「壊し屋」の改革派政治家が出てきて、議員数の大幅削減(例えば現在の5分の1程度の定員)、国会運営の大改革(連絡事項・質問事項は事前のメール、定例会議はオンライン、実質的な仕事内容は官僚が直接返答、最終議決だけ短時間本会議で行うなど)を行ってくれないかと切望しています。
 
 このまま昭和時代から停止したような、前近代的で非効率な国会運営、官僚業務を続けていったなら、現実社会からますます遊離してしまい、働き方改革は日本社会に浸透せず、議員も官僚も国民から愛想をつかされてしまうのではないでしょうか?

新入社員が参考になる記事

 なにげなくWEBニュースを見ていましたら、新入社員の心得として大事なことを指摘されている記事がありましたので、紹介したいと思います。
 記事はコチラです☟

4月なのに「もう会社辞めたい…」新社会人が退職を決断する前に試すべきこと



私なりにポイントをまとめてみますと、

① 希望した会社の希望した職種に就けたとしても、最初から面白いと感じることはごく稀なことである
➁ 「好きなことを仕事にする=楽して稼げる」みたいに勘違いしている
③ 好きなことを仕事にしたいと思っても、自分がイメージしている仕事はあんまりなく、好きじゃないけどとりあえず仕事しようと入った場合も、逆に仕事にすごく興味があって入った場合も、大概その仕事はつまらない
④ 仕事がつまらない一番の原因は仕事がまだ十分にできないことで、できないことをやることほどつまらないことはない
⑤ 仕事は最初こそ面白くなくても、だんだんコツを掴んでいくと面白くなる
⑥ ポイントとして、まず相手の話を傾聴すれば、人間、怒りのボルテージが上がっても持って3分ぐらい。「すみません」と聞いてあげていると、徐々に相手の態度が変わってくる
⑦ 相手が持つ会話の主導権を途中で切り、逆に自分のほうに持ってくる
⑧ 工夫して効果があると、電話応対(仕事)が楽しくなってくる

 和田が下線を引いた箇所が、特に納得できた箇所です。
 実は私の上司が発した一言が、ずっと脳裏に焼き付いているのです。
「どんな仕事が自分に向いているかなんて最初からわかるわけがない。一番初めに就いた仕事が最もむいている仕事だ(と思ってまずは頑張ってみる)」

 これは、「せっかく一流企業に就職できたのだから、どんなに大変であってもやめるのはもったいない!」という発想とは明らかに異なります。
 確かにいつまでも既得権益にこだわり、心身がボロボロになるまで会社にしがみつくのは大きな問題ですが、一方で、自分の憧れや理想にとらわれすぎて、現実を直視できない生き方も前途多難だと思うのです。

「やってみなければ何も得られない!」というフレーズは私のモットーですが、とにかく暗中模索であっても、まず実践してみることにより、自分の進むべき道がおのずと見えてくるのではないでしょうか?

 若い皆さんには、ぜひとも焦らず自分を見失わずに、ご自身が納得できる生き方・職業を見つけていただきたいと思います。

音喜多議員の発言に素直に耳を傾けたい!

 またまたコロナ関連の話題ではありますが、今朝目にした音喜多議員の投稿は、「なぜ日本の新型コロナ対応がうまくいかないのか?」、その原因を的確に指摘している記事だと思いました。
 記事はコチラです☟

「戦争ができない国」日本のコロナ対応の黄昏


 タイトルからすると音喜多氏は「戦争肯定論者」として受けとめられかねませんが、記事を読めばわかるように、氏は基本的に戦争反対のスタンスであり、私権の制限にも原則批判的です。

 つまり、本来なら「政府の強権発動」に抵抗する立場をとるかもしれない音喜多氏が、今回のような非常事態下において、あえて政府の強い権限行使の必要性に言及している点は、注目に値するのではないでしょうか?
 以下、インパクトのあるフレーズを幾つか列記してみます。

① 日本が「戦争ができない国」として制度設計されてきたため、緊急事態にはとことん脆弱である
➁ 最高権力者の総理大臣ですら医療機関に対して「お願い・要請」しかできない
③ 行動制限するにも十分な法律がない。休業命令等私権制限をされた側が違憲を訴え出るべき憲法裁判所も存在しない
④ 明確なルールがないまま「自粛要請」という謎の概念で私権制限が行われ、正直者が損をした挙げ句、結局は感染拡大を止められなかったという事実は胸に刻んでおく
⑤ 災害、感染症が起こっても変わることができなかった日本に、戦争のような安全保障上の危機が訪れた時、世界に伍する対応ができるのか?
⑥ 仮に私権制限や医療出動などを強制するとすれば、どこでどんな場合に線引きをして実行するべきなのか。

 日本国民の多くが平和ボケし、先人の努力忘れ、現在の高い生活水準・安全生活を当たり前のことと受け止めてしまえば、現状を維持するため「お役所頼み」の受動的な行動になりがちであり、コロナ禍のような不測の事態にあっても、自ら進んでアクションを起こそうとしない人が多いのかもしれません。

 特に上文中の下線部の現実を多くの国民が共有し、現状を変える制度改革に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか?

書籍紹介「コロナ自粛の大罪」(鳥集徹著:宝島社新書)

久しぶりの書籍紹介です。2日前ブログでもとりあげた記事の筆者である鳥集氏の著書です。
はじめに陰謀論めいて申し訳ないですが、氏のWEB記事を自身で読んだうえリンクしたにもかかわらず、ブログでお詫びした通り、記事は削除されていました。普通なら掲載期間が切れたことが理由なのかもしれませんが、直前まで閲覧できたことから、緊急事態宣言の発令に合わせ、直接批判するような記事のアクセス・拡散が制限された可能性も勘繰ってしまうわけです。

さて、いつものようにアマゾンはコチラです☟

コロナ自粛の大罪 (宝島社新書) 新書 – 2021/3/19 鳥集 徹 (著)



 アマゾンページの「もっと見る」を開きますと、著者にインタビューを受けた7人の医師がわかります。ただ具体的にどんなことを主張されているのかわかりませんので、目次の部分を画像で紹介したいと思います。

コロナ自粛の大罪1
コロナ自粛の大罪2
コロナ自粛の大罪3

 7人のどの医師の発言にもそれぞれ説得力がありますが、私自身特にインパクトがあった項目を列記しますと、

① 森田氏…「マスクと消毒」の思わぬ副作用、日本の医療が「専門化」しすぎた弊害、自粛の副作用については目をつぶる、人間の健康に一番影響があるのは「孤独」
➁ 萬田氏…20歳未満の死亡者は0、「ゼロコロナ」という幻想、99%以上の医者がPCR検査の意味を分かっていない
③ 長尾氏…「時短営業」の無意味、「PCR検査」原理主義の弊害、コロナ禍の9割は情報災害、過剰な自粛が老人たちの寿命を縮める
④ 和田氏…ステイホームで要介護者「激増」の可能性、ないがしろにされるコロナ禍での「心の対策」、「同調圧力」と「親方日の丸」、疑うことを知らない日本人、テレビメディアの罪と罰
⑤ 本間氏…感染症対策で重要なのは「内側の軸」、自粛生活による一番の被害者は子供達、医学界でワクチン批判がタブーな理由、懸念されるワクチンによる「分断や「差別」
⑥ 高橋氏…ローリスクの人はワクチンを打つ必要はない、国民の4分の3がコロナウイルスに曝露、なぜアジアでは感染率も死亡率も低いのか
⑦ 木村氏…コロナ対策の責任者は厚労省「医務技監」、医療崩壊は日本医師会の責任、誰も責任を取らないようになっている

 7人の医師の主張が、微妙に違っている箇所があることも、逆に著書の信ぴょう性の高さを感じますし、個人的な評価は迷うことなくⒶです。
 
 そんなわけで、今の政府の感染対策、「緊急事態宣言」にもやもやしているものを感じている方だけでなく、これまで政府・自治体の施策を疑いなく信じてきた方も、だまされたと思って一度読んでいただくことをお勧めしたいと思います。

 ただ私はいつも述べていますように、この著書を「絶対に信じなさい!」と押し付けるつもりはありません。信じるか信じないかは皆さん一人一人が能動的に判断されればよいと考えます。
 

大阪市職員の宴会から透けて見える国民のコロナ感染対策からの乖離

 以前コロナ禍での大阪府職員の送別会が問題視され、私のブログでも取り上げたことがありました。
 過去記事はコチラです☟

宴会自粛の旗振り役である、マスコミ・自治体のダブルスタンダード?



 そして昨日でしょうか、ブログで危惧していたことが現実となってしまいました。
 記事はコチラです☟

大阪のデタラメ!市職員の5人以上の会食200件、千人以上参加の仰天「上司の強要、偽装工作」核心証言〈dot.〉



 調査で分かっただけでも、5人以上の会食が200件以上、参加者が1,000人以上ということは、以前から常態化していたとも考えられます。
 今回の件で誰も同情する人はいないと思いますが、問題の核心は、コロナ感染対策旗振り役の自治体職員ですら、ここまでルール破りが常態化しているということは、全国各地の自治体はもちろんのこと、民間企業でも一定割合の人が集団会食・宴会を続けていた可能性があるとみるのが自然ではないでしょうか?
 
 先ほどリンクした過去ブログで、私が危惧していたことを再度引用しますが、

① 「政府・自治体や医師会(幹部)、有識者、マスコミなどと、国民(一定割合)の間の意識のずれ」
  (買い物、レジャーなど、あまり感染を意識せず行動する国民が昨年より増えた)
➁ 「国民は自粛支持・対策強化の「慎重派」と、ウィズコロナで日常生活・経済活動を行う「共存派」に分かれ、国全体で意思統一がなされないまま、時には敵対する」
③ 「送別会事件? は「共存派」の一部が確信犯的に起こしたとすれば、今回の件は氷山の一角であり、世の中には宴会を行う「共存派」が一定数いる一方で、「慎重派」の内部告発者はますます暴こうとするから、この先も宴会のタレコミ的告発は、しばらく後を絶たない恐れがある」

 不幸なことに私の推測③はまさに的中してしまったようです。
 このことからも、今回の対策のような飲食店での酒の提供自粛をお願いしても、陰で提供したりさせられたりするお店と客の関係は根絶できないでしょうし、お酒は依存性が強いですから、店で飲めなくなれば自宅での飲酒量が増えるか、家で飲むことができない人は公園や路上等野外で飲むことになり、「イタチごっこ」になる可能性が高いでしょう。

 今回詳細は述べませんが、国・自治体・専門家会議・医師会・マスコミなどは、重篤な患者を救うのはもちろんのことですが、今一度原点に返って、大多数を占める現在健常者の国民が、どれだけ健全な人間らしい生活を続けることができるのかを最優先し、そのためにプラス思考の考えに立って、国民を精神的に追い詰めない感染対策を行っていくべきではないでしょうか?

ぜひ緊急事態宣言の効果をしっかり検証してほしい!

 東京・大阪など4都府県への緊急事態宣言発令が決定したこともあり、また新型コロナの話題となることをお許しください。
 不謹慎かもしれませんが、私は首相や西村大臣の記者会見・コメントを直接見聞きしておりません。これまでの経緯から、正直聞く必要性をあまり感じられなかったからです。
 もちろん国が強制や義務を伴う施策を打ち出したのなら、個人の考えはさておき、国民として原則従うつもりですが、これまで2回発令された緊急事態宣言が果たしてどれだけ効果があったのか、エビデンスに基づく検証がなされないまま、3回目の発令となることには首をかしげざるを得ません。
 
 実は少し前になりますが、2回目の緊急事態宣言の後、データをもとにその効果を検証された鳥集氏の記事がありました。
 記事はコチラです☟

緊急事態宣言に「陽性者減」の効果はなかった? 4つのデータから導かれる“衝撃の結論”


 少し長いですが読んでいただければ、客観的な数値変化をもとにして検証されていることがよくわかります。実は私はこの鳥集氏の著作「コロナ自粛の大罪」を今読んでいる最中なのです(感想は後日に)。
 やはり緊急事態宣言の効果があったというからには、その明確な根拠を示す必要があるのではないでしょうか?
 文の後半のコロナ自粛「副作用」についても、私はほとんど同感です。経済マイナス成長、失業者・大学退学者・自殺者の増加など、多くの負の影響が出ているようです。
 
 私は「絶対自粛要請するな!」と声高に叫ぶつもりはありませんが、やるからにはそれなりの効果がなければ、これまでの国民の我慢・努力が無駄骨に終わってしまうのです。もちろん未知のウイルスですから、誰もが感染対策の正解を知っているわけではありません。しかし、だからこそ特に実施して効果がなかった場合のことも考え、国民の生命・生活の保障が絶対に必要なのです。

 イベント・コンサートなども開催が厳しくなりそうですが、ミュージシャンたちの切実なコメントが書かれている記事がありました。
 記事はコチラです☟

野田洋次郎、緒方恵美らアーティストから悲鳴 三度の緊急事態宣言に「聞く気になれねぇ」「エビデンスを示すべき」



直接影響を受ける当事者ということはありますが、次のように的を得たコメントもみられます。
① ここ1年間で考察や反省や説明が何もない状態で3回目の緊急事態宣言なんて…
➁ 行き当たりばったりの政策に感じて気が滅入る
③ 自粛要請に応じ毎月何百万、何千万の負債を抱え続ける飲食業、店舗、イベント業、観光業…少しでも規模にあった補償の見直しはできなかったのか
④ 自粛や休校の“要請”を出し続けるだけでなく国は具体的な対策をもう少し出すべきでは
⑤ ライブ・演劇は昨年7月以降ほぼクラスターは出していない。毎回膨大な費用をかけ皆で必死で努めてきた対策がダメなら、エビデンスを示すべき

 何度も繰り返しになってしまいますが、少しでも政府・自治体が軌道修正の必要性に気づいてもらえるように、今後も粘り強く情報発信していくつもりです。

すみません、最初の記事が見られなくなった可能性があります。申し訳ありません!

IOC会長バッハ氏は、なぜ日本の緊急事態宣言に言及したのか?

 今朝のIOC会長バッハ氏の発言が、国内でも波紋を広げているようです。
 とりあえず比較しやすい3本の関連記事をピックアップしてみます。
記事はコチラです☟

緊急事態宣言「五輪とは関係ない」 IOCバッハ会長



バッハ氏の訪日前に宣言解除? 東京都の狙いは 臆測広がる



野党からIOC会長へ相次ぐ批判 緊急事態「無関係」発言 東京五輪



 記事の選択は、どうしても和田の意図が反映してしまいますことをお許しください。
 勘繰りますと、バッハ会長はどうしても東京オリンピックを開催したいのであり、小池東京都知事も自分の保身・実績のためには東京オリンピックを中止にしたくない思惑があるが、野党(特に共産党)は、東京オリンピック中止を利用して菅政権の倒閣を画策しているのではないかということです。

 バッハ会長の発言は原語ではなく日本語化した記事ですから、多少マスコミによる誇張はあるかもしれませんが、日本の緊急事態宣言発令に合わせてコメントを発表すること自体意図的なものを感じます。野党に限らずこのタイミングでのコメントは、マイナス効果の方が大きいのではないでしょうか。
 IOCにとっては、たとえ無観客でも東京オリンピックを開催さえすれば莫大なテレビ放映料が手に入るからだろうと、和田は妄想してしまいます。
 
 もう何度も書いてきたことですが、政府・東京都は何のために誰のためにオリンピックを行うのか、今一度自問自答してほしいですし、マスコミは国内では東京オリンピック開催ありきで聖火リレーや選手選考会を後押ししながら、一方ではコロナ感染の恐怖を煽りまくる報道を繰り返すことで、世界にオリンピック開催の不安情報を大放出してしまっているという矛盾を軌道修正しない限り、国民の信用も失ってしまうのではないでしょうか?
 

アゴラ‐言論プラットフォーム‐に 「学校教育」をマクロに考える の投稿が掲載されました

 いつも世話になっている、アゴラ‐言論プラットフォーム‐で、「学校教育の是非」のテーマで原稿募集していましたので投稿したところ、早速掲載していただきました。
 記事はコチラです☟

「学校教育」をマクロに考える 和田 慎市



私はこれまで40年以上教員生活を続けていますが、数年前には正教員(教諭、教頭)から退き、世の中を広い視野で見られる余裕ができたこともあり、将来の日本の「学校教育」の在り方についても、あれこれ思い描いてきました。

 今回の原稿募集がちょうどよいタイミングだととらえ、今後「学校教育」をどうしていくべきか、日本全体でマクロに考える必要性について発信するため執筆しました。
 
 今回は学校教育の大きな方向性について問題提起したつもりです。
 特に経済活動や日常生活にも関係することですが、日本(人)は1960年~1990年前半の「絶頂期」へのこだわり・幻想を捨て去る時期に来ていると思うのです。
 私程度の人間が述べるまでもなく、ここ二十数年もの間、日本経済は停滞し続け賃金は全く上がらず、一人当たりGNIの世界順位も下げ続けています。
 要因は幾つかありますが最も大きな理由は、日本が一流先進国になり、国民が安全で裕福な生活を達成できた瞬間(1990年あたりか?)から、「今の豊かな生活を維持するためには、これまでのやり方を続けていけばよい!」と、現状維持・安定志向にとらわれてしまったことが大きいと思います。
 こうしてICT化の進む世界の激しい変化・進化への対応が遅れ、リスクを伴う新しいことへの挑戦・改革がおろそかになっていったのではないでしょうか?

 学校教育にも同じことが言えると思うのです。世間や保護者が今でも高度経済成長と同じ役割を学校に求め、教師もそれにこたえようと身を粉にして働く構図はがあまり変わらず、世界の変化についていけないまま制度疲労を起こしつつあります。
 
 それは視野の狭い教員社会にも問題はあるでしょうが、将来の日本の青写真を描き、具体的な日本社会・国民生活をイメージし、それを達成するために「学校教育」はどう変わり何をすべきなのか、これまで政府をはじめ多くの国民が放棄してきたからではないでしょうか?

 一例として、偏差値の高い高校・大学に進学し、大企業に入社する人生が本当に幸せなのか、やりがいがあるのか…。
 10年、20年先に日本の大企業が安泰でいられる保障、勤務条件がブラックでない保障などないからです。
 
 人によって能力・適性は違いますし、生き方や職業も様々なのは当然のことですが、誰もが「現状維持」「慣例・踏襲」の生活を目指せば、最大でも100であり、110、120といったプラス成長(経済面だけではない)はなくなります。
 勉強やスポーツを考えればわかると思いますが、「現状でいいや」と考えた時点で成長が止まるばかりか、ライバルに追い抜かれ、現状すら維持できなくなります。
 
 ですから、個人的には先見性をもって現状打破、改革を行うが必要があると考えますが、教員に限らず、できるだけ多くの国民に議論・立案に参加していただき、マクロな視点で学校教育を改善していくべきだと思っています。

新型コロナ感染対策の矛盾あれこれ

 またまた緊急事態宣言発令の可能性が高くなってきました。
 愚痴ばかり言ってはいけないのですが、一般市民目線で考えても、何回も「緊急事態宣言」を出せば、そもそも「緊急事態」自体の定義がわからなくなりますし、「まん延防止…」とどこがどう違うのか、よくわかっていない方は多いのではないでしょうか?

 そこで今回は私のコメントをほとんど書かずに、3つのWEB記事を読んでいただき、ぜひ新型コロナ感染対策の矛盾について、改めて検証していただければ幸いです。
 記事はコチラです☟
① 

コロナ分科会・尾身会長 “学校閉鎖” の可能性言及 ネットは「五輪はやるくせに」と怒りの声


3度目の緊急事態宣言発令へ加速 部活は大幅制限でプロスポーツはOKの矛盾


武井壮「『10周走った後に、あと5周走って来い』とずっと言われる」コロナ対応の例えに共感の声続々



 今回は皆さん自身がどう思われるかを重視する形をとりましたが、改めて矛盾点だけ列記しておきます。

① 尾身会長「学校閉鎖も…」 ↔ 萩生田文科大臣「できる限り学校は授業を継続」
   尾身会長「学校閉鎖も…」 ↔ 市民「オリンピックはやるのに子供たちは犠牲なの?」
   市民が思う矛盾:「時短や休業要請の補償はおざなり」 ↔ 「聖火リレーは強行」

➁ 学校の部活動の練習試合や合同練習、宿泊を伴う合宿は原則中止 ↔ プロ野球やJリーグは観客数を抑えながらも実施
   高校の部活動はガイドラインを守って少人数で行う ↔ スポーツイベントは1万人の大勢の人が動き感染リスクが高い

③ 明確にゴールが決まっていれば人間は頑張る ↔ 今のコロナ禍では、ゴールがわからないままでのやらされ感が強く、国民は徹底できず頑張ることもできない

 さて日本政府、自治体、マスコミなどに文句を言うだけでは現状は変わりません。いかに前向きで効果的な改善策を打ち出せるか、国民一人一人が自分のことと真剣に受け止め、知恵を絞って立案や施策に積極的に関わっていく必要がありそうです。

プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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