世にも奇妙な「開成高校 なりすまし通学事件」

 タイトルの事件について、昨日から今日にかけてネットニュースや地上波テレビでも取り上げていますので、ご存知の方が多いかもしれません。すでに詳しくご覧になった方には申し訳ありませんが、ネットニュース記事を2本リンクします。
記事はコチラ☟

開成高校で合格者に「なりすまし」登校 同校が処分、都に報告


開成高校「兄弟替え玉」で退学処分発覚 謎が謎を呼ぶ大騒動



まさに私のような教員から見ても謎だらけなのですが、A.「なぜ今までバレなかったのか?」 B「当事者はなぜこんなことをしたのか?」に分けて、疑問点を箇条書きにしたいと思います。

A.「なぜ今までバレなかったのか?」の疑問点
 地域や公立私立によって、多少入学手続き方法の違いはあるかもしれませんが、それでも多くの疑問が浮かびます。

① 入学説明会または正式手続き時に、誓約書や身上書・個票(写真付き)の提出はさせないのか?
② ①をさせた場合には、入学願書との照合はしないのか?
③ 中学校からの生徒指導要録は四月当初に受け取るのではないのか? またもし他の生徒は年度当初受け取っていたなら、なぜA君だけないことに今まで気づかなかったのか?
④ 2か月以上もオンライン授業をする中で、教師はA君の能力・学力や呼名等で何も違和感を感じなかったのか?
⑤ 対面授業になり、A君の風体や行動から教師は即異質さを感じたはずだが、なぜすぐに書類確認や中学校へ問い合わせをしなかったのか?

B. 「当事者はなぜこんなことをしたのか?」

⑥ 授業についていけず、落第したら元も子もないとは考えなかったのか?
⑦ そもそもどこかでバレる可能性が極めて高い 「なりすまし通学」をする意味がどこにあるのか?
⑧ 仮に卒業まで何とか騙せたとしても、合格者の氏名(身内の可能性が高い)では、この先大学進学も就職もできない(詐欺になる)ことは考えなかったのか? 

 まさしく謎が謎を呼ぶ事件ですが、以下「和田探偵?」の推論です。
上記A に関しては、
 超エリート校は入学するには様々な高い障壁があるが、入ってしまうと受験勉強以外のことで、学校も教師もあまり精力を割かなくなるのではないか? 超難関を突破した大切な金の卵(エリート受験生)であると信じ切ってしまうのだろうか?
(それにしても校長のコメントもなんとも歯切れが悪いですね。これはかなり悪質な行為だと思えますが…)

上記B に関しては、
 ア.バレるのを承知で、A君の希望(憧れの開成に一度は通ってみたい、開成の生徒だという箔をつけたい など)を優先した
 または、
 イ.手引きをした者(親らしき人物)の我が子中心主義(不憫な長男? のため)が暴走し、コロナ禍のどさくさに一路の望みを託し、常識はずれの暴挙に出てしまったのか…。

 とくにB に関してはまだ事実関係がわからない中での私の想像ですので、このくらいにとどめておきます。
 この後新たな情報が明らかになりましたら、またコメントを加えようかと思います。
 それにしても奇妙な事件です。 

令和二年度上半期を振り返って

 令和二年度も上半期が終わろうとしていますが、今回はこのタイミングに合わせ、私的な報告・雑感をさせていただきます。
 
 私の勤務校は前後期制(二期制)ということで、本日期末テストが終了し、無事? 前期日程を終えました。
 
 思えばこの上半期は勤務校においても様々な問題がありました。
 新学期が始まってすぐ緊急事態宣言発令で臨時休校となりましたが、本校教職員の尽力で2,3年については4月下旬よりオンライン授業をスタートすることができました。
 私にとっては見るのも行うのも初めてのことで不安だらけでしたが、いざオンライン授業を始めてみると、数回程度で要領がわかるようになりましたし、何しろオンライン授業をきっかけに、私自身パワーポイントによる電子黒板提示の授業が当たり前になったのです。
 「災い転じて福となす」ではありませんが、今回のコロナ禍で何歳(高齢)になっても新しいことに挑戦する大切さを実感したものです。おかげで現在では、授業時パワーポイントで提示する内容を、後に生徒の使う端末の資料箱に送信するのも当たり前となり、ダウンロードした動画も生徒へ送信できました。それでもまだまだ工夫できることはありそうです。

 それにしましても本校の生徒だけでなく特に高校3年生は、本当に運が悪くかわいそうでなりません。高校最後の思い出となるはずの学校行事(文化祭、コンクール、場合によっては体育大会など)や部活の大会が次々と中止になり、そのフラストレーションは相当に高いはずです。
 それに輪をかけ大学センター試験の改革年にあたってしまい、新たな共通テストが始まるのですからたまりません。こんな状況下で新たな入試制度をほぼ事前計画通りの日程・内容で行うこと自体異常なのですが、批判を始めると際限なく書き連ねてしまいそうですので、具体的な問題点はまた後日改めて書きたいと思います。
 いずれにしましても不運な3年生のためにも、後期は自分なりに精一杯受験等できる支援をしていこうと思っています。

 部活動も様々な制約を受けましたが、私が関与している中学について、中体連は時期を遅らせ地区大会レベルで開催することができ、生徒にとっても何とか最低限の思いは満たされたのではないかと思います。
 実は一昨日中体連の新人戦地区大会(軟式野球の部)がありました。勤務校は新チームの部員(1.2年生)が7名しかいませんので、引き続き他校と合同チームを組んで参加することになりました。
 結果は相手チームの好投手に抑えられて完敗でしたが、子供たちの日に日に成長していく姿を感じることができました。特にずぶの素人の子ほど成長スピードは速く、入部時(5月末頃)にはボールをまともに投げられなかった(10メートル程度しか飛ばない)子が、今やノックのゴロを捕球でき、塁間(約27.4メートル)以上投げられるまでになったのです。

 試合で勝つことの意義はもちろんありますが、部活動は技術や体力がはっきりと外見に表れるため、自分自身の励みや自信にもつながりやすいのです。
 そして日ごろの活動(練習他)や試合を通して、集中力・精神力・チームワーク・道徳心等を養うこともできますから、よく言われる「心技体」の鍛錬に部活動は合致していると思うのです。
  
 もちろん過熱するあまり、勝利至上主義に陥ったり苦ばかりが目立ったりする部活動ではまずいでしょうし、部活指導者の物心両面での待遇改善も根本的な問題です。
 とにかく子供たちが純粋に運動や文化芸術活動に打ち込む思いをいかせる形で、部活動を存続あるいは改善していくのが現実的な対応ではないでしょうか?

 明後日から10月、後期が始まります。私自身気持ちを新たにし、授業・部活動の職務や校外活動(執筆や講演など)に精一杯頑張っていきたいと思います。

文科省の部活動改革 ― スポーツライターの視点

 少し前に文科省が中高校の部活動について、祝休日を地域へ委託する案を示しましたが、教育現場からはどちらかといえば実効性を疑問視する意見が多く出されました。
 私も過去に、アゴラ-言論プラットフォーム‐に問題点を指摘する記事を投稿させていただきました。
繰り返しですみませんが、再度リンクいたします。☟

文科省の“部活指導軽減案”は元の木阿弥にならないか?


 そうしましたら、本日スポーツライター小林氏の記事がヤフーニュース(月刊ダイヤモンド)に掲載されており、参考になる点が多々ありましたので取り上げたいと思います。
 記事はコチラ☟

文科省の部活改革、教員の負担が減っても生徒は救われない「危うい実態」



 私なりに要点部分を簡潔にまとめますと、
① 小林氏の疑問点(和田も同様に指摘)
 「外部指導員に任せるならば、平日の部活動との連携はどうなるのか? 生徒は教員と外部指導員の間で板挟みにならないのか? 外部指導員の導入で、部活の勝利至上主義がいっそう加速しないのか?」

② 外部指導員の問題点
 勝負にこだわる傾向あり。子供たちの人格形成支援の発想に乏しい(教育的な学習機会がなく、自らの競技経験や思い込みに頼る傾向あり)

③ 教員と外部コーチとの綱引き
 生徒は板挟みに遭い、誰を信じたらいいか悩む場合が心配される

④ 今回の文科省『外部指導員への移行』について(内田氏)
 教員を守るための措置。週末の外部指導員導入は教員をブラック部活から守るが、生徒をさらなる部活の犠牲者にする恐れあり [和田は下線部には異論あり]

⑤ 地域のスポーツクラブと部活動との関係性
 スポーツクラブは、部活より競技性や専門性が高くなり、生徒や親は理解して選択。学校の部活動は勝利を目指すより、その競技に親しむ、友人たちや教員との交流を深めることがおもな目的に。
[これは私の考える長期的スパンの方向性に近い]

⑥ 静岡聖光学院の行う部活動(ラグビー部他)
 「時間が少ない環境で強くすることに『教育の可能性が広がる』と考え、週3日で工夫して勝つ。生徒が勉強も部活もそれ以外の活動にも情熱を燃やせる環境を目指す」(星野校長)
多くの高校は部活や進路実績を学校のイメージアップや生徒数確保の重要な柱に据えているが、静岡聖光学院にはその考えがない。部活最大の目的がチームの勝利でも高校の宣伝でもなく、「生徒一人ひとりの成長にある」。
『部活で人を育てる、考える子どもを育てる、それが私たちの部活の目的ですから』(佐々木監督)

⑦ 「部活命!」教員の落とし穴
 部活の顧問になりたくて教師になった人の中には、自分のできなかった夢を、生徒を使って実現しようとして、部活が『教師の自己実現』に使われる危険がある。


 いかがでしょうか? 今回は部活動を考えるヒントが多く詰まっているのではないでしょうか?
 個人的に⑥番は、同じ教員として大変重要な視点を示してくれていると思いますし、太字の部分は私自身これまで何度も自問自答してきた問題です。

 小林氏の最後のコメント 「外部指導員への委託が是か非かを論じる前に、部活の意義、生徒も教師も忙しすぎる学校の改革など、本質的なところをもっと語り合い、共有する必要があると強く感じた。」
 が、一教員である私の主張とほとんど同じであることに勇気づけられた思いです。

 PS:テーマと全く関係ありませんが、本日女優の竹内結子さんが急死されました。好きな女優さんだっただけに残念です。
 心よりご冥福をお祈りいたします。

書籍紹介2冊「日本人はなぜ自虐的になったのか」「宣言スペシャル コロナ論」

 書籍紹介の前に、前回取り上げた「新型コロナ対策で教員はますます忙しくなっている!」で地元新聞の記事を掲載させていただきましたが、昨夜全国版でも、教師がますます多忙になったというニュースがTBSから流されましたので、リンクしておきます。
記事はコチラ☟

学校再開後の教職員 「残業が増えた」4割超



 繰り返しコメントはしませんが、全国的にも話題になっていけば、文科省も重い腰を上げてくれる可能性が少しは高まるかもしれません。もちろん教員だけでなく、宿泊・飲食・医療関係を中心に特に個人業者の方の補償・支援も、政府には同様に推し進めてほしいものです。

 さて今回は久しぶりに2冊書籍を紹介します。一冊は政策・外交の在り方に関わるデリケートな内容であり、もう一冊は年配の方はご存知であろう「ゴーマニズム宣言」の小林よしのり氏が書いた「コロナ論(当然漫画のページが多い)」です。
 今回は個性の強い本ですので、どうしても同論・異論など、人によって考え方にも違いがあろうかと思いますのでその点はご承知おきください。
 いつものようにアマゾンはコチラです☟
① 

日本人はなぜ自虐的になったのか:占領とWGIP (新潮新書) (日本語) 新書 – 2020/7/17 有馬 哲夫 (著)


② 

ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2020/8/20 小林よしのり (著)



①については、多少政治色が入ってしまい申し訳ありませんが、私自身この有馬氏の著書以外に、GHQの日本占領統治の実態について書かれた書籍を3~4冊ほど読みましたが、学生時代に教えられた内容(それこそ概略だけですが)とはかなり異なるものでした。
 日本国憲法の形成過程、書物の検閲と情報操作、東京裁判など、有馬氏の著書にはこれまで私が理解した情報と整合性・関連性のある内容も多く記載されていました。
 とても一言では説明できませんが、なぜ靖国神社問題や慰安婦問題が出てきたのかもよくわかります。

 ただ著者が資料分析にこだわるなかで、学説や細かな問題を繰り返し指摘している個所もあり、主観が表れていたり少々読みにくかったりするところはあります。
 アマゾンの紹介欄には目次の内容が詳しく書かれていますので、そのうえで興味を持たれた方は読んでみてください。
 
 私は日本人の自虐史観にはGHQ占領時代の施策がかなり影響しているのではないかと考えますが、思想信条が相いれない方も、筆者がどんな考え方・検証をしているのか、敵を知る? ことも必要かと思います。

② のコロナ論は小林氏らしい個性がよく出ています。彼は政治的な主張もよくしますが、この新型コロナに関しては客観的にデータをかなり調べたうえで発言しているのはわかります。
 ただ、特定の民放テレビ情報番組とコメンテーターをターゲットに徹底して批判したり、同じ理論・解説が何度も繰り返されるシーンが散見されますので、購入金額に見合った内容量かどうか少々疑問もありますが、政府関係者や大マスコミが言えないことをハッキリ主張できるところが一匹オオカミの彼の強みでしょう。
  断定的な論調ではありますが、コメンテーターや政府関係者の過去の発言・矛盾をきちんとチェックしていますし、客観的な感染データをベースにして見解を述べていますので、あまり硬すぎるコロナ論は読みたくないという方は、漫画で流れもわかりやすいので、抵抗なく読めるかもしれません。

 今回は一見関連のなさそうな二冊を紹介しましたが、私見ですが戦後形作られた日本人の自虐意識が、コロナ禍での日本人の言動に表れているのではないかとも思えるのです。

新型コロナ対策で教員はますます忙しくなっている!

 もう何度も書いていることですが、世の中いずこも新型コロナ感染対策に悩まされ続け、疲労感が漂っています。
 学校だけが大変なわけではありませんが、教員も教育に直接関係のない雑務が増えています。特に低年齢の子供たちを相手にする小学校などを中心に、朝登校前の消毒、登校時の検温や健康チェック、授業時間中のマスクやフェイスシールドの着用指導、休み時間や給食時間でのソーシャルディスタンス指導、トイレ掃除など、毎日やらなければならない感染症関連の仕事が増えているようです。
 そんな教員の多忙な状況を伝える新聞記事が、昨日地方新聞の一面に掲載されました。
 地元の方はすでにお読みかもしれませんが、メール添付した記事の画像を張り付けておきます。☟

教育の現場から③「増える教員の雑務」



 いまさら改めて言うことでもありませんが、全国的にも話題になった「教員の働き方改革」は一体どうなったのでしょうか? コロナ対策業務のため他の仕事が軽減されたという話は聞きません。
 本日地元の民放テレビでも夕方この問題を特集していましたが、とりあえずの対症療法としては、消毒や清掃などは民間業者やボランティア(テレビのような学生サポート員や、保護者、地元のNPOなど) に委託し、そのための費用を国や自治体が責任をもって負担すべきでしょう。

 しかし長期的には、何度も繰り返し述べていますように、ここ1~2か月の状況を見る限り、新型コロナを指定感染症2類から外し、インフルエンザと同等の5類に格下げすべきと考えます。そうすれば学校だけでなく、すべての職業・職場も、これまでのインフルエンザと同じ対応をすればよいことになります。また、感染経路の追跡も無症状者の隔離も必要なくなりますし、マスコミ毎日恒例の感染者数報道もなくなるはずです。
 たとえこの先不幸にも新型コロナが変異し猛毒化するようなことがあっても、直ちにまた指定を格上げし対策を強化すればよい話だと思います。

 文科省・自治体や教委は、冬のインフルエンザ流行期の具体的な対策をいったいどこまで考えてくれているのでしょうか?
 例えば熱がなくても、咳が出るなどコロナに似た症状があればすべて休ませるのでしょうか? そのような症状の児童生徒はすべてPCR検査を受けさせるのでしょうか? 出校停止や登校許可基準は?  インフルエンザとの対処・基準の違いは(新型コロナは感染段階で無症状でも隔離、インフルエンザは罹患[発熱等]がはっきりしたうえで出校停止)どうするのでしょうか? 

 現状の対応ではインフルエンザ罹患者が急増した時の、学校現場や医療現場が大混乱する光景が目に浮かびます。

 こういった混乱を避けるためにも、今よりりコロナ感染状況が際立って悪化しない(特に重症者や死亡者が急増しない)限り、速やかに二類→五類への指定変更を行ってほしいと思うのです。
 

アゴラ-言論プラットフォーム‐に「教員の犯罪検挙”わいせつ行為”…」が掲載!

 タイトルのように、アゴラ-言論プラットフォーム‐に、筆者の「教員の犯罪検挙率”わいせつ行為”がなぜ高いのか?」の記事が掲載されました。
記事はコチラ☟

教員の犯罪検挙率「わいせつ行為」がなぜ高いのか?



中身を読んでいただければわかると思いますが、教員全体を貶めるような内容ではありません。ごく一部のわいせつ行為におよんだ教員は厳罰に処すべきですが、教員という職業(環境)そのものが他の職業よりわいせつ行為に陥るリスクが高いことはしっかり認識しておく必要があると感じ、投稿させていただきました。

 データを見ればわかると思いますが、教員の刑法犯全体の検挙率は極めて低く、管理的職業、保安従事者(警察・自衛官・消防士)、弁護士などと比較しても、ずっと低いのです。
 ところが個別でも窃盗犯、凶悪犯など、いずれも検挙率平均値を大きく下回っている中、風俗犯(ほとんどがわいせつ)の検挙率だけが際立って高いのです。
 このデータは「教員は他の職業より遵法意識は高く、素行の悪い人間の割合は少ないが、わいせつ行為は多い」という一見矛盾するような結果を示しています。
 このことから、個人の資質よりも教員の職務内容や環境が検挙率に影響しているのではないかと考え、私は「対象者の接触人数×接触時間」という仮説を立てたわけです。
 もちろん性的欲求を満たそうとするトンデモ教員がいることは事実ですし、結果として”わいせつ行為”に至ってしまえば同情の余地はありません。ただまじめに頑張っている先生方には、まわりに危険な落とし穴・地雷があることもぜひ自覚していただきたく、記事を書いたつもりです。

 最後に投稿記事の繰り返しになりますが、マスコミには特殊なごくまれな事件をセンセーショナルに過熱報道するだけでなく、事件を起こすのは教員そのものの資質であるかのように一般化する報道は、現に慎んでいただきたいと思います。
 わいせつ行為に至った教員は10万人当たりで数人、つまり2万人に一人です。大多数の教員はこの大変なコロナ禍の中でも、子供たちのために責任感を持って一生懸命職務に励んでいます。
 ぜひ頑張っている教員にスポットを当てるような報道も心掛けてほしいと思います。

特殊詐欺の”受け子””も人材不足?

 今回は何気なくネットニュースを見ていて、目に留まった記事を紹介します。
 事件でありながらなぜか苦笑してしまう、間抜けな特殊詐欺の受け子のケースです。
 記事はコチラです☟

警察もあぜん「ざんねんな特殊詐欺犯たち」



今回は画像と文面をお読みいただくだけでよいかもしれません。
 ただ、「これではばれて当然だろう!」と思ってしまいますが、犯人を撃退できたケースだから笑って読めるのであって、世の中には高齢者を中心に、まだまだ多くの方が被害にあっていることも事実です。

 今回のケースでも参考になったことは、
① 念書、預かり証を自筆で書かせてみる
② 落ち着いて服装や着こなし、装飾品を見る

ことで詐欺を見破れる可能性があるということです。
 ただ、電話を受けた時点で見破れるに越したことはありませんから、特に高齢の親が独居生活をしている場合には、お子さんのほうで分かりやすいルールを決めておくとよいと思います。 
  例えば以下のような工夫です。

ア.こちら(子供)から電話でお金の話は絶対しない→緊急時は電話を2回鳴らして切り親からかけなおしてもらう(1~2時間の距離ならお金がらみの話は直接家に行って頼む)
イ.高度な迷惑電話撃退装置(登録番号以外は自動で電話を切るなど)付きの電話機に変える
ウ.固定電話をやめ簡単携帯に変え、登録者だけ電話を受け付けるようにする
エ.玄関の様子を写すカメラを付け、知り合い以外は絶対に出ない(ドアを開けない)」

  実は詐欺の被害ばかりでなく、独居親が亡くなった時預貯金がどこにどのくらいあるかを知らず、そのまま〇千万円の通帳がゴミになってしまったケースも結構発生しているようです。
 特に親が財産持ちの場合には、子供は日ごろの情報交換や世話も含め、上記ア~エくらいの出資や工夫はしておいた方がよいかもしれませんね。

国際連合は正常に機能しているのか?

 国際連合が創設されて75年ということで、あちこちの報道機関で記事を掲載しています。
 ただその論調は、国や報道機関の立ち位置によっても異なるようです。

 今回私はJBプレスの記事を取り上げました。
記事はコチラです☟

コロナ禍の中で露呈した国連の“役立たず”ぶり


 アメリカの超党派組織の人物の記事ですから、WHOの問題をはじめ国連に対して批判的なスタンスであることは予想がつきますが、私は何点か記事の内容に注目しました。

1.国連安全保障委員会の無力化(湾岸戦争以降各地の内戦・紛争[イラク戦争やクリミア併合]を解決できない)
2.中国の国連への介入(執行機関への妨害、WHOのコントロール)
3.国連の人事が政治的な背景に基づく”猟官制”で行われている
4.民主的な総会は実効性に欠け、一国一票制もネックになっている

 私たち日本国民は”国際連合”というと、国際平和を遂行する中立公正な機関というイメージがありますが、私の知りえる限り実際の姿はかなり異なっています。

 とてもてすべては書ききれませんが、よく考えれば疑問に思えることはたくさん浮かんでくるはずです。

ア.なぜ正規の国連軍がないのか?
イ.五大国(米・ロ・中・英・仏)は、なぜ安全保障理事国を半永久的に継続し、五国とも核兵器を保有しているのか?
ウ.国連は元々第二次大戦の連合国の集まりであり、形骸化したとはいえ日本やドイツの「敵国条項」が削除されていない
エ.ユネスコの世界遺産登録は中立公正なのか疑問に感じる(特に中国・韓国がらみで)
オ, 国際裁判所も、WTO(世界貿易機関)も大国の主張の前に、イニシアチブが取れない
カ.上記3の影響力を持つ国が政治的に人事を誘導した疑いもあり、大国から独立した中立公正な職員はどれだけいるのか
キ,総会での票を人口比で与えることも大国のエゴが通り問題だが、人口が極めて少ないミニ国家も同等の一国一票制をとっているため、7~8割を占める発展途上国の動向が決議を大きく左右し、大国による票集め働きかけが露骨になる

 アメリカの言動はかなり自国中心主義ですが、かの国が資金面や人事で国連への影響力をさらに増せば、もはや国連に中立公正な活動は期待できなくなるかもしれません。

 暴論ですが、国連を永世中立国と同様に位置づけ、国連職員は自国の国籍を捨て、どの国とのしがらみもない身分保障を確立します。そして国際法を国内法よりも明確に上に位置付け、もっと実効性・強制性のある制度を作ることができれば、今よりもイニシアチブを発揮できるようになると思うのですが…(なかなか難しい…)。

週刊新潮「コロナ過剰対策であなたの子供は壊れていく」特集記事紹介!

 以前「文科省による中学校へのスマホ持ち込み容認」について、週刊新潮に和田のコメントを取り上げていただいたことがありましたが、今発売中の「9月24日秋風月増大号」に、上記タイトルの特集記事が掲載されています。
 実は私も学校関係者の一人として若干取材協力をしたこともあり(今回は個人名入りのコメントではありません)、この特集記事に注目していました。
 すでに発売された雑誌ではありますが、内容をそっくり画像転載するのはまずいと思いますので、ポイントが書かれている最後のページだけ画像を見られるように貼り付けました。
 画像はコチラです。

週刊新潮「新型コロナで壊れる子供」


 以前8月27日号の特集記事「認知症パンデミックが起こっている」もブログで紹介しましたが、今回の記事はその流れそっています。
簡単にポイントだけ列記しますと、
① 新型コロナは「二類感染症以上」と定義されたが、現実には「外出自粛要請」もできる「一類感染症以上」である
② 新型コロナ致死が恐れられる中、5,6月の死亡者数は昨年同月よりも少ない
③ 文科省集計では、6~8月の全国で感染した小中高生は1166人で重症者はゼロ
④ 学校で一人でも感染者が出たら学校名が明かされ集中的に非難を浴びるため、教師も保護者も神経過敏になる
⑤ ④のこともあり、子供たちは行事や行動が制限され、体調不良・精神的不安定・不登校になる者が増加している
⑥ 4月末~7月末のアンケート自由記述では、ストレスを抱えている子供が7~8割になり、うつや不眠症が危惧される
*最後のページ
・森田医師…子供たちは学校の行事や日常の制約により失うものが大きい。感染者が増えても死者数が増えない現象など、過去の経験やデータに学び、感染者数に振り回されないようにギアを変えていくべき。
・和田医師…全国同じ感染対策のため影響の違いを比較できない…重症者・死亡者数が大事なのに感染者数ばかり気にする
・枩村エコノミスト…二類以上の扱いをするウイルスではないのに、過剰対策で経済に甚大な損失を与え、子供の教育や健康に悪影響がある。さはど恐れるウイルスではないのに自粛を続けるのは自らの首を絞め、失業者・自殺者の増加につながる。

※ 一番のポイントは”指定感染症二類の解除(インフルエンザと同じ五類へ)” と締めくくっていますが、私もブログ等ですでに3回以上は繰り返し同じ主張をしています。
 心身が未発達な子供たちが真っ先に犠牲になってしまいますから(すでにその傾向が表れています)、政府にすぐにでも方針転換してほしいと切望します。

日本ではなぜ労働生産性が高まらないのか?

 菅新政権がスタートしましたが、ここ一週間の政界やマスコミの動きを見ますと、なぜ日本の労働生産性が低いのかわかるような気がします。
 挙げればきりがありませんが、就任記者会見の時間の長さ、記者の質問の中身のなさ、今すぐに聞かなくてもよい質問の多さ(おそらく8割がた)、閣僚が一人づつ深夜にまでわたって行った長時間の所信表明・記者会見、そして極めつけが今回ブログで取り上げる省庁の深夜の歓迎セレモニーなど…。

 私は正直ため息しか出ません。とりあえず文科省がらみの記事はコチラです。☟

夜中に文科省職員100人以上…河野太郎行革相に高まる期待



あまり具体的なことは言えませんが、私自身公立高校時代、新年の仕事始めにトップの訓示だけを聞くために召集され、直立のまま話を聞かされた記憶があります。ただその時は昼間の勤務時間中でしたからまだマシでしょう。
 記事のコメントにもあるように、深夜に100人もの職員が歓迎だけのためになぜ集まらなければならないのか、高齢者の仲間入りをした私から見てもあまりにも非効率・理不尽だと思うのです。

 河野大臣のコメントにもあるように、深夜の所信表明・記者会見も異常です。「ミサイルが領海に打ち込まれた!」とかいうなら、緊急に国民へのメッセージは必要ですが、このような儀式は何日か後でも十分できますし、そもそもやる必要性すら疑問に感じます。
 
 日本でなぜ働き方改革=仕事の効率化 が進まないのかといえば、このようにイニシアチブをとるべき政府、官僚、国会議員、大マスコミたちが、これまでの働き方をまったく変えようとしないからではないでしょうか?

 そこで日本人の特質・慣習が働き方改革(仕事の効率化)を阻んでいるのではないかと考えていたところ、まさしく的を得たわかりやすいネット記事を見つけました。
 記事はコチラ☟

日本の仕事観がおかしいところ8選!海外の働き方は?


どれも何度もうなずいてしまうくらい納得できるものですが、 あえて特に私が同意できる箇所をあげますと、

1.日本人は残業が当たり前
「付き合い残業」(上司よりも先に帰りにくい雰囲気が職場にあり、上司が帰るまで一緒に残業すること)
「残業代で稼ぐ」(定時で帰ると残業代が出ないため、わざわざ仕事を長引かせ残業代がつくような非効率的な働き方)

2.我慢や苦労が美徳
「武士道」の影響からか、日本人は企業の発展に尽くし我慢や苦労をするのが美徳とされる教育を受けてきた

3.お客様が神様
お客様の言うことは絶対で、どんなに理不尽な要求やクレームにも対処しようとする顧客中心主義「おもてなし精神」がその根幹にある。

4.同調圧力が強い
非効率だとわかっていても「みんなに合わせないといけない」と感じる雰囲気(付き合い残業など)が職場にある。

5.無意味な上下関係
日本では能力がなくても会社に長く勤めている人材を評価し、能力のある若手はなかなか重要なポストに就けず、やる気はなくとも長く所属していれば賃金が上がるくシステムとなっている。

6.消化できない有給休暇
「みんなが働いているのに自分だけ休めない」と有休取得に罪悪感を抱く日本人の気質がある。

7.多すぎる規則
日本には規則が多く、何でも細かにルールで決められ守るだけで一苦労。多すぎると臨機応変な柔軟な発想が生まれない。

8.印鑑文化
契約をする際に承認の証として判子を押す文化があり、稟議書に各役職の判子が並んでいることもまだ多い。

 さて、皆さんはどの程度同意できますか?
 私自身根底には日本人の伝統や不易な部分を大切にする考えがありますが、高齢のわりには新しいこと好きで、特に経済活動・学校活動においては、新しいものもどんどん取り入れていくべきと思います。

 今回のコロナ禍でも、「同調圧力」をはじめ日本人の持つ負の特質が明らかになりましたが、政府・自治体はそのピンチをチャンスに変え、先見性を持ったかじ取りをしていってほしいと切に願います。

プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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