テレビの報道(情報)番組の留意点

 少し前にマスコミの偏向報道についてブログを書いたことがありました。
記事はコチラです☟

マスコミの偏向報道の実態をぜひ知ってほしい!


そうしましたら教員仲間の方から、
「連日コロナウイルス関連情報が次々と流されるテレビ報道(情報)番組の見方についてコメントしてほしい!」
という要望がありましたので、今回は私の思うところを述べたいと思います。

 私は当然医者でも専門家でもありませんので、テレビで専門家・医師が語る言説について、その一つ一つの真偽を明らかにすることはほとんどできません。私ができることはあくまでテレビ報道の特性・問題点を明らかにし、それを踏まえた対策をアドバイスすることです。

 ご存知のようにテレビはほとんど一方通行の伝達手段ですが、最近はただニュースを伝えるのではなく、キャスターやコメンテーターがニュースに何らかのコメントを加えることが多くなっています。つまりどこまでが事実でどこからが意見・見解なのか、あいまいになってきているということです。

 ですから誤った偏った情報に流されないためには、
1 私自身がそうですが、基本的に報道(情報)番組を見ないことです(先日二人の専門家が全く逆のことを言っていました)。
  もしBSが見られるなら10分間ニュース、CS(ケーブルテレビ)が見られるなら「日テレ24ニュース」(10~15分間)あたりを朝晩見ていれば、余分なコメントはほとんどありませんし、その日の主だった出来事はある程度つかめると思います。

2 ただ地デジだけでなく、1のBS・CSのニュースでも気を付けてほしいことは、メインのニュースはどの放送局も判で押したようにほとんど同じ文言で記事が読まれているということです。
 時間がありましたら、インパクトのあるニュースについてキャスター・アナウンサーがどう読むのか、2.3の放送局で比較してみてください。驚くほど一字一句まで同じケースが多いはずです。
 これは日本特有の記者クラブによる共同記者会見が影響しています。横並び取材会見の場合、報道機関はお互い内容が間違っていないかすり合わせをすることが多く、結果どこもほとんど同じ内容・ニュアンスになってしまうのです。

3 大手マスコミは警察や官庁・官邸など発表の記者会見に基づく発表報道が多く、独自の調査報道は少なくなっています。
 実はアナウンサーの言葉遣いで気づくことがありますので、今後注意して聞いてみてください。
よくあるフレーズをいくつか挙げておきます。
「警察(関係機関)(の発表)によりますと……」 →自分たちは調査せず発表の通りそのまま流しているだけ

 政治、外交問題ではトランプ大統領、安倍首相関連が特に多いですが、
「…(反発・批判)が予想(懸念・危惧)されます」 →主語がなく「されます」という受け身になっており、一体反発をだれが懸念しているのかわからない→(影の声)マスコミが言ったのではなく、あたかも国民の多くが懸念しているように誘導しているのではないだろうか?
同様に「……との見方(指摘)もあります」 →やはり誰が言ったのかわからない

この辺のチェックは、烏賀陽氏の「フェイクニュースの見分け方」が参考になると思います。
アマゾンのリンクはコチラ☟

フェイクニュースの見分け方(新潮新書)



今回のまとめをしますと、
① ニュースをテレビで見る場合は、できるだけ簡潔に事実だけ述べるBSやCSのニュースを見る
➁ もし地デジ等の長い報道番組を見る場合は、事件等の内容(事実)を述べている部分と、コメント部分をはっきり見分ける
③ キャスターの表現・文言に注目すれば、世論なのかマスコミの誘導(期待)? なのかある程度見えてくる
④ テレビで見たニュースについて、他の放送局やネット記事で幾つか比較してみる
⑤ 特に政治・外交関係は局やキャスター・コメンテーターの思想信条が現れやすいので注意する
 *昼の情報番組・バラエティー番組の製作は、局の下請けである2、3の製作会社の寡占状態にあるため、どこのテレビ局でも似たような論調になりやすい(同じ制作会社プロデューサーが企画することが多いため)

※ 1回の記事があまり長いと読みにくいと思いますので、まことにすみませんが書ききれなかった点は、後日とさせていただきます。

せっかくの給付金10万円がなかなか届かないワケ

 皆さんのところには給付金10万円、アベノマスクは届きましたか?
 静岡県西部地方にある我が家は、いまだにアベノマスクは届いていませんし、給付金は申請書類すら来ていません。
 それでも、私個人は4.5月の通勤手当が減ったくらいですし、家内のパート代もほとんど減ってはおらず、家計への痛手はそれほど大きくないので、今すぐ給付金がもらえなければ困る状況でもなく、そんなに慌ててはいません。
 しかし、収入が激減した特に個人事業主の方、雇い止めをされた方などは、給付手続きが迅速に進まないことに堪忍袋の緒が切れそうな方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 
 そんな時、日本で10万円支給がなぜ思うように進まないのか、腑に落ちるネット記事がありましたのでリンクします。
 記事はコチラです☟

お役所のくだらない美学。日本の給付金支給が混乱する当然の理由



いつも言っていますように、一方的に批判するだけでは何も解決しません。
 今回も給付金がなかなか各家庭に行き届かないことを、特定人物や組織の責任問題に転嫁してはいけないと思いますし、実際に、記事から日本のシステムそのものに問題の元凶があるのがよく理解できます(3ページ目はトランプ大統領に関するものですので特に関係ありません)。

 記事によるアメリカと日本のシステムの違いを整理しますと、

 アメリカ
 ① 原則として居住者は全員が確定申告を行い、確定申告は原則として電子申告、還付金は銀行振込、追徴金は銀行引き落とし→国税庁が納税者の銀行口座を周知していて迅速に振り込める
 ➁ ソーシャルセキュリティー番号(一種の国民総背番号≒年金番号)で個人の特定が可能

 日本
 ① 国民全員が確定申告するわけではなく、マイナンバーとの紐付けや銀行口座も100%徹底していない
 ➁ 「システムへのオンラインでの入力」ではなく、「システムに入力する元データをオンラインで作成」するだけ
   → おかしなデータがエラーではじかれることなく、記入漏れ・ミスもすべて通り書類を人の目でチェックする
 ③ プライバシー問題で正規データにアクセスできず、また正規データにアクセスできて情報の機密性が守られるようなシステム設計をするカネもノウハウもない
 ④ ひたすらに役所の「書類は正確でなくてはダメ」という厳格な事務作業の美学があり、前例に従ってやっている

※著者が日本のシステムを鋭く指摘している箇所
 「オンラインで入力する際に、何のエラーチェックもかからず、役所ではそれを紙にプリントしてシステムと照合、エラーを弾くための膨大な作業をしている、しかもそのエラーの多くは「誤申請、二重申請」につながるものではなくて、形式要件のみというのは、バカバカしいを通り越して、全く理解不能です。最近は「日本人はITが苦手だから仕方がない」という言い方もあるようですが、このままでは経済も国家も消滅してしまう、そのぐらいの非効率であり、バカバカしさであると思います。」

 繰り返しますが自治体や職員を責めるのではなく、給付金問題をきっかけにして、マイナンバー制度や確定申告制度についてもっと効率のよい活用システムを整備するとともに、情報セキュリティを高めることを政府は真剣に考えるべきでしょうし、国民のほうも文句を言うだけでなく、どんな形で情報提供するのが効率的で安心なのか一緒に考える必要がありそうです。
 

働き方改革 ― 労働生産性向上の取り組み ―

 新型コロナウイルス感染により、テレワークやオンライン会議・授業などの導入が進みましたが、これらの取り組みは低いといわれる日本の労働生産性向上にもつながっていくと思います。
 伝統や慣習を大切にし、維持し続ける日本の働き方がすべて悪いわけではありませんが、社会は高度経済成長時代からは大きく変化しています。

 今改めて日本の労働環境を見ますと、明らかに非効率と思えることが目に付くようになっています。今回テレワークでクローズアップされた大都市圏にみられる「遠距離通勤」もその1つでしょう。
 高度経済成長期の施策を一概に否定はできませんが、例えば都市計画については欧米と比べるとかなり場当たり的だったのではないでしょうか?
 ロンドンでは早くから都市計画が立案され、周辺に「ニュータウン」建設されましたが、日本の「〇〇ニュータウン」とは全く異なります。ロンドンのニュータウンは「職住近接型」であり、中心市街地の拡大を抑えるためグリーンベルトで囲み、その外側に職場と住居が近接するようなニュータウンを建設しています。
 一方、日本のニュータウンは「職住分離型」であり、職場は都心部にそのまま残ったまま、住居は鉄道に沿うように地価の安い郊外へどんどん伸びていったのです。その結果私の友人のように、毎日1時間半~2時間かけて東京都心の職場へ通勤するのが当たり前になってしまいました。
 この往復2~3時間の通勤時間が無駄であるばかりでなく、車両はすし詰め状態ですから、体力が消耗しやすく今回のような感染症を移される危険性すらあります。
 またびっくりしたのはコロナ感染でテレワークが推奨される中、書類の押印をしてもらうためだけにあえて職場に出勤した人もいたのです。
 
 私は10年ほど前までは書類の押印や名刺交換など、ほとんど疑問に思っていなかったのですが、よくよく考えてみればほとんど必要はなさそうです。
 確かにその人しか持たない実印は大きなお金が動くような取引では必要でしょうが、単なる仕事上の決裁や申請書などの一般書類にわざわざ印鑑を押さなくても実質的に困ることはないはずです。
 普通の印鑑は特殊な名字でもない限り本人以外でも簡単に手に入りますから、本人かどうかの証明はまだサインの筆跡の方が信頼できるでしょう。そんなことを思っていましたら、「東北大学が学内手続きの押印を廃止する」という記事が目に留まりました。
 記事はコチラです☟

東北大、学内手続きの押印廃止へ 年8万時間の作業削減



 実際どの程度まで事務処理時間が短縮できるのかはわかりませんが、特に社会人の方なら事務処理時間を短縮できること自体はよくわかるのではないでしょうか。
 私自身昔の公立校時代を思いだしても、毎日何十枚いや百枚以上の書類に押印していたと思いますし、途中で回覧が滞ってしまい、期日ぎりぎりの書類を目にすることもありました。

 この押印文化をなくすだけでも非常に効率的になることは間違いありません。パソコン上で簡易書類の記入・送信をしたり、スマホ等の端末で職務命令・許可をしたり、オンライン会議を増やしたりして形式的な上意下達をなくし、部下の仕事上の権限を拡大してあげれば仕事は効率よくはかどり、労働時間・残業の短縮につながると思うのです。

自分と違う意見・考えに耳を傾ける

 様々な意見が取りざたされた「9月入学」について、どうやら政権与党は来年9月の導入を見送る方針を固めたようですね。
ニュース記事はコチラ☟

21年度からの「9月入学」は見送り 政府・与党方針 教育現場混乱を回避


確かに教育・児童生徒の混乱、社会制度を大きく変える労力や財政負担を考えれば現実的な判断かもしれません。

 私は個人的には「9月入学」賛成派ですが、これまでの様々な情報から、来年の9月に導入するのはやはり問題が大きすぎると感じました。
 ただ、私は10年以上も前から「9月入学」を支持していましたから、知事をはじめ世の中(すべてではありませんが)が「学校再開が長引くなら9月入学にすれば」と、やや刹那的に「9月入学」で盛り上がってしまったことは残念に思います。
 目先のことにとらわれずに長いスパンで日本の教育・経済社会を考え、今後も「9月入学」の議論・検討は続けてほしいと、個人的には思っています。

 それでも今回の議論により、私自身様々な立場や環境の異なる実情を知ることができ、大変勉強になったことは事実です。やはり自分と異なる意見をまずしっかり聞く姿勢が大切ですね。
 そんなことを思っていたら、今や誰もが当たり前のように受け止めている「日本は世界でも新型コロナウイルス感染率や死亡率が極めて低い国だ!」という言説の反論的な寄稿を見つけました。
 記事はコチラです☟

「ファクターX」発見のカギはここにある:日本の科学者の欧米偏重主義が問題の根源


改めて補足するまでもありませんが、「そんな見方もできるのか」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?
 データに基づき分析しているだけに単なる感情論ではなく、「データの見方、視点の違い」だと思います。
 私が言いたいのは、日本人の感染者死亡率は低いのか低くないのか、どちらが正しいのかということではなく、人によって様々な見方・視点があるのを知ることが大事だということです。
 
 現代はマスメディア、ネット、SNSなどを通じ玉石混交の情報が洪水のように押し寄せる時代です。
 そんな時代で大事なことは、意識して自分と異なる意見に耳を傾けることではないでしょうか? 憤慨したり反発したりすることはしょっちゅうあるでしょうが、まず異なる意見・言説をしっかり把握しなければ、きちんとした反論もできないはずです。

 これはかつての私自身の自戒でもあります。
 私たちは正しいか間違いかにこだわるのではなく、「自分は何かに流されているかもしれない、固定観念ができているかもしれない」と冷静に客観視し、異なる多種多様な意見を聞いた上で取捨選択や自己流にアレンジしたりして、自分自身の言動に責任を持って世の中を生きていくべきではないでしょうか?

クレーム対応のスキル 3

 「クレーム対応スキル」の3回目になりますが、このシリーズは今回で一旦終了とさせてください。
 まず、前回のまとめのなかで、少しわかりにくい箇所について補足しておきます。

7.必ず客観的な事実に基づいて話をする
8.自己弁護に走り過ぎない(身内を守ろうとするあまり反論・否定ばかりする)

についてよくあるパターンは、こちらのミス・問題点を指摘された時、相手側に非や誤解があるケースも結構ありますから、仲間の教師や学校を信用して守ろうとするあまり、事実関係をしっかり確かめず即座に反論・否定してしまうことが心情的に起こってしまうのです。
 こちらの主張が概ね正しくても、相手はわざわざ学校に乗り込むくらいですから、感情的主観的なクレームであればあるほど、いきなり反論や否定をされればメンツが立ちません。余計に激高したり意固地になったりする可能性があります。
 ですから相手の指摘や要求にまずはしっかり耳を傾けたうえで、客観的な事実に基づき説明していく必要があるのです。

9.功を焦って穏便にまとめようと画策しすぎない
 
については、あまり要領よく早く和解しようとしすぎると、本来妥協・譲歩しなくてもよいことまでのんでしまったり、相手に「何か隠している、もみ消そうとしているのではないか?」と疑われたりするおそれがあるからです。

10.勝ちにこだわり過ぎない(いざとなれば引き分けに持ち込めればよいと割り切る)

 については7と同様、相手はわざわざ学校に乗り込んできたくらいですから、何かしらの成果を期待しています。すべて認められなかったらメンツが立ちませんから簡単には引き下がりません。
 そんなとき学校・教師に実質的な被害・不利益がない範囲内の内容なら、相手と譲歩することも必要です。相手のメンツを立て小さな利益を与えてこちらの実質的被害を0にできるなら、関係を修復しておいた方が後々やりやすくなるはずです。
 ですから実害がなければ、引き分けでよいという考え方も大事なのです。

 さて、今回は主に電話やメールなどで、苦情や事件情報が寄せられた時の対応のポイントです。

① 相手が自ら名乗って具体的な対処の要求や結果報告を求めてきたら慎重冷静に対応する。
② 匿名の場合は、カウンセリング的対応で相手の怒りを鎮めるとその場で収まりやすい。
  もし、調査や指導の要求をされたら名前を聞き出し後日結果報告する。聞いても教えてくれなければ内部調査と事実の場合の再発防止対策をすればよい。
③ 相手がすぐさま「訴える! 」という時は、動揺を見せず無理に妨げないスタイルで平静に粘り強く対応する。
④ 即答が無理なら推測で答えず、管理職への報告と速やかな調査等を約束し、後日調査結果(確実な証拠・証言等)報告と、学校の具体的な対処を伝える。
※ いずれにしましても、長引きそうなときは思い切って「直接お聞きしますから学校にいらしてください。」と言えば、匿名の場合はまず来ないと思いますし、名乗っていても正々堂々と具体的な要求ができなければ来る確率は低く、「まあいいよ」と終わる可能性は高いです。
 それは、学校直接乗り込んでくる場合はアポなしでくるか、電話で最初に日時を指定してくることがほとんどだからです。

 整理しますと、
ア、相手が名乗っていたら慎重迅速に、 匿名なら原則カウンセリング的手法で
イ、どこまで要求しているのか?
 a 憂さ晴らし、文句を言いたいだけ
 b 当事者への指導・改善等を求める
 c 調査・事実解明を要求
 d 謝罪・処罰、具体的な責任の取り方を要求

により、解決・対処の期限の長短、学校内の指導で済むのか結果・報告まで必要なのか、訴訟も頭に置いた責任の取り方を示す必要があるのか等 判断できるのではないでしょうか?

 最後にクレーム対応スキルのまとめになります。
 私の書いたスキルも実際は目の前の生身の人間を相手にするわけですから、マニュアルどうりにいくとは限りません。
 性格・指導スタイル・見た目の雰囲気は人それぞれ皆違いますから、私の経験則を参考にしながらも、皆さんが最もやりやすい自分だけのクレーム対応法を、経験を積み重ねる中で身に着けていってほしいと思います。

 個別の詳細な事例を公開しますと、個人情報保護に抵触する場合もありますので、もし個別のご相談がありましたらメールかFacebookなどでご連絡していただければ幸いです。

クレーム対応のスキル 2

 前回にひき続き、「クレーム対応のスキル」2回目です。
 今回は、「相手のタイプ別分類とその対応スタンス」です。

◎相手のタイプ別分類と基本的対応スタンス
 ① 激情・威圧型…基本は聞き役になる忍耐だが堂々と構え、勢いに押されて安請け合いしない
 ② 冷静沈着(駆け引き)型…同調するスタイルで接しながらも、手の内を見せずに相手の真意をうまく探る
 ③ 人情(泣き落とし)型…原則聞き役でよいが、感情に流され同情して安請け合いしない
 ④ 不安・疑心暗鬼型…まずは受動的カウンセリング的対応で安心感を与えたうえでこちらの考えを述べる
 ⑤ 被害妄想型…まず受容的に相手に不満を吐き出させ、焦らず時間をかけ事実に基づいて誤解を解いていく
 ⑥ 生真面目(思い込み)型…すぐに否定せず相手の思いをしゃべらせてから、冷静かつ客観的に説明する
 ⑦ 支離滅裂型…予め譲れない一線を引き、なかなか話が進まなくても粘り強くその方針を貫く

 さて、皆さんはどのタイプが一番厄介だと思いますか?
 もちろん実際に対峙してみなければ真の厄介度はわかりませんが、私の経験上、②のタイプが一番やりにくかったです。
 実際にクレーム対応の経験がある方は、その時以下のようなことはありませんでしたか?
 ・法的知識をひけらかし、客観的に攻めてくる
 ・冷静にこちらの発言のメモを取る
 ・しかるべきところへ相談するニュアンスの発言をする
 ・直接関係のない件で、こちら側(学校)の落ち度をついてくる

 このような相手に対するポイントとして、以下のことがあげられます。
 ア.相手の具体的な要求(レベル)を粘り強く引き出す
 イ.できれば即答しない、結論を急がない
 ウ.旗色が悪ければその場であえて決着せず、責任者(校長等)に伝える(後日対応する)

 ①のタイプは恐怖感はありますが、一般的に②ほどではありません。対応のポイントは、
 エ.表情・動作に動揺したそぶりを見せず、平静に粘り強く対応する(すぐ訴えるといわれてひるんだり懇願したりしない)
 オ.できないことはできないと冷静にきちんと述べる、ただし強気に言い合ってはならず(相手「弁護士に訴えるぞ!」 こちら「やれるものならやってみろ!」)、半分ハッタリだった相手をその気にさせてしまう可能性がある
 カ.いつまでも平行線なら上記ウと同じ対応をする

 ⑦のタイプは計算・予測できない怖さがあります。私はこのタイプの人物を鮮明に覚えていますが、いくら理詰めに説明してもダメな時はダメです。ましてや感情的な対抗はなおさらです。この場合は予め絶対譲らない範囲をしっかり定めたうえで、決めた解決・和解方法を、どんなに時間がかかろうとも冷静に低姿勢にお願いしまくることです。

 ③~⑥は基本的に受容的に粘り強く対応すれば道は開けそうですが、当然状況の変化次第では譲れない場面や断る場面は出てきますし、一回では解決しない場合もあるはずです。

 ①~⑦すべてに共通して言えることは、難しい案件であればあるほど結論・解決を急がず、落としどころ(譲れる範囲、譲れない範囲)を明確にし、冷静に粘り強く誠意をもって対応することです。

 2回目の最後に、クレーム時初期対応の留意点をまとめておきます。

1.誠意を見せて対応する中で、冷静に相手のタイプを判断する
2.目線・言動などから、相手の真剣度・要求レベルを見分けていく
3.相手の具体的な真の要求を把握する(要求がないこともあり→不満の発散?)
4.思い付きになりがちな即答は避け、無理にまとめない→後日改めて確認・調査・報告の約束でもよい
5.重要な案件ほど複数人数で役職が上の人物が対応する
6.最高責任者(校長等)をいきなり前面に立たせない
7.必ず客観的な事実に基づいて話をする
8.自己弁護に走り過ぎない(身内を守ろうとするあまり反論・否定ばかりする)
9.功を焦って穏便にまとめようと画策しすぎない
10.勝ちにこだわり過ぎない(いざとなれば引き分けに持ち込めればよいと割り切る)
※特に外部への訴え時
11.その時点で最善の策をとってもダメなら、開き直って堂々と訴え等受けて立つ

といったところでしょうか。何かの時の参考になれば幸いです
第3回目は外部(近隣住民等)からの苦情(電話等)の対応について書きたいと思います。

クレーム対応のスキル 1

 現在新型コロナ感染対策の関係で、多くの人数が集まる講演会は全国的に開催できない状況です。私も今年度まだ講演する予定はありません(もともとそれほど多くはありませんが(笑))。
 私の専門は生徒指導、クレーム対応、学校危機管理などですが、ふとこれまでの講演レジュメを読み直してみて、私のブログを読んでくださる皆さんの参考になる内容もありそうですので、このブログで何回かに分けてお伝えしたいと思います。
 
 私の身に着けたスキルは、教師が保護者・児童生徒・近隣住民などに対応するケースがほとんどですが、会社の契約・交渉時、民事訴訟時、面談時など、一般市民の方でも突然似たような場面に出くわすこともあろうかと思いますので、1つでも2つでもお役に立てたら幸いです。

 さて第1回目です。
 相手がクレームをつけてきたり敵対的な交渉に臨んできたりする時、まず大事なことは相手の不満の核心や要求内容とその度合い(譲れない線など)をできるだけ早く見分けることが大事です。

 スキル1.相手の要求内容・レベルを察知して見分ける

 ア.どうしていいかわからず、対処・解決法を教えてほしい
 イ.こちらの言い分・不満を聞いてほしい
 ウ.しばらく観察・見守ってほしい(情報を知ってほしい)
 エ.どうなっているか状況を内密に確認・把握してほしい
 オ.事実関係(不祥事等)を当事者からきちんと調査してほしい
 カ.問題解決のため環境整備・対処を実行してほしい
 キ.対応者本人(第三者)の言動をやめて(やめさせて)ほしい
 ク.対応者本人(第三者)に謝罪してほしい
 ケ.対応者本人に責任を取って(第三者を指導・処罰して)ほしい

 おそらくお分かりだと思いますが、下に行けば行くほど要求が厳しくなります。
 ア・イや場合によってはウも、カウンセリング的な対応が可能ですので、受動的に時間をかけて対応すれば、その場で収まる可能性は高いと思います。
 エですが、例えば保護者が「内密に」と言った場合、子供との関係・意思疎通がどうか確認しておく必要があります。それこそ保護者の依頼を伏せ子供と直接面談した方が良い場合もあるでしょう。また結果報告の必要があるかどうか、事前に確認しておきたいところです。
 オ~ケは相手が具体的な対処(場合によっては学校責任も)を求めていますので、こちらはそれに対してできるだけ早く対応し、結果報告の必要も生じます。特にク、ケは対象者へのペナルティーをはっきり要求していますので、誠意を見せた迅速な対応が必要です。
 
 ただ気を付けてほしいことは、立場・役職によって対応や返答の仕方は変わってくることです。事前に深刻なクレーム等がわかっていたら、教員の場合複数(管理職か中間管理職を必ず入れる)で対応すべきですし、対応してからク・ケだとわかったら、すぐに管理職(その方の資質にもよりますが)を呼ぶか、その場で即答(安請け合い)せず「管理職に伝えて、後程回答する」と対応します。
 相手が初対面の時は、手の内を探る意味でも校長(最高責任者)は意図的に出てこない方が良いのですが、このあたりの話はまた後日説明します。

 また、相手の要求がどこまでなのか、どこまで絶対に譲れないのか、会話しながら見分けることです(このスキルは経験を積み重ねるしかありません)。場合によっては張ったりだったり、大きな要求をしながら不満を聞いてあげたらすぐ収まるものだったことも実際にありました。
 この辺りのことも含め、次回は「相手のタイプ分類とその対応の仕方」について説明したいと思います。


教育委員会や校長に望みたいこと 3

 さて今回は教育委員会についてです。
 ただ、私は教育委員会内で働いたことはありませんので、あくまでも外部から見た意見・見解であることを予めご承知ください。

 管理職として当時先進的な単位制高校に勤務していた時気づいたことがありました。当時の勤務校は生徒の在籍期限はなく、単位の修得や除籍の基準もありませんでした。私はそれが全国(文科省)基準だと思っていたのですが、調べてみると全国の単位制高校には、在籍期限(6年など)や、除籍基準(2年連続で履修実績がないなど)を設けている学校があったのです。
 つまり、その学校の教育委員会は明確な法規は守ったうえで、文科省の指針などをファジーに解釈し、柔軟に学校規則・校務内規を定めていたのです。それに対し地元の県教委はどちらかと言えば文科省の意向に極めて従順だったといえます。

 似たようなことは今回の新型コロナ感染対策でもわかると思います。感染状況によって地域ごとに対応が異なるのは当然ですが、似たような地域であっても、自治体や教育委員会によって対応が多少異なるケースがみられます。
 文科省(国)に逆らえばいいというものではありませんが、各自治体によって風土・教育環境はかなり異なりますから、教育委員会が地元の学校・児童生徒達の視点で考えれば、文科省の意向・指針通りでないほうがよい場合もあるのではないでしょうか。 

 つまり、教育委員会は直接文科省の意向を受け指導される中でも、管轄内の学校・子供たちの実態を掴み、その声に耳を傾け、できる限り学校(校長)の要望に応えていくべきではないでしょうか? 
 教育委員会は国の出先機関、学校の上部機関として上意下達するのではなく、管轄内の学校のサービス機関として、児童生徒や教師のために、法律・規則の範囲内で柔軟な独自の施策を行う必要があると思うのです。
 さらにどうしても現行の法律・規則では適切な学校教育が行えないなら、文科省(国)にどんどん要望を出すべきだと思います。

 もう一つの問題点は、自治体の中で教育委員会の教育行政的地位がかなり低いことです。ただ、私は地元県しかわかりませんので、全国には多少状況が異なる自治体もあるかもしれませんが。
 長くなるので詳細は書きませんが、ある県立高校の統合新設に当該校の教頭としてある程度関わったことがありました。当初は全日制課程と単位制定時制課程を同じ敷地の中でエリアを分け、別棟で建てる構想でした。
 ところがいつの間にか校舎は一つで、共有スペース(レストラン、体育館、職員室、ロビーなど)がたくさん必要になり、校舎の形態・配置も学校案は採用されませんでした。また、校舎共用も意識して定時制の制服を提案しましたが認められず、結局生徒指導規定など、新たな全日制との突合せ・調整が必要になりました。
 もちろん学校新設時、事前に想定できなかった問題が発生することは当然あります。ただ、私が当時強く感じたのは、教員が現場目線でいかに「理想の学校」を構想しても、現実の学校建設は県の予算枠内に制限されて財政課の影響力が強く、ひどい言い方をすれば「いかに安く節約して学校を作るか」になりがちだということです。
 残念ながらその時私は、県の行政組織、県議会に対してあまりにも教育委員会の権限・地位が劣ることを痛感したのです。

 「文科省の大改編が必要」というのが私の持論ですが、簡単にはできないなか、教育委員会が最大限の自治権を発揮するとともに、管轄内の学校・子供達・教師への援助・サービスを行うため、自治体の学校教育についてイニシアチブをとれるような教育行政システムの改変を切望します。これは内からはかなり抵抗がありますから、PTA組織・保護者、教育評議員、著名人、マスコミ、市民(団体)の方々にもぜひ協力してほしいと思うのです。
 また、少なくとも教育委員会事務局には現場の教員や学校教育経験者を多く配置し、学校現場の声を反映しやすくするとともに、行政や議会に堂々と対等に渡り合える権限や人材を配置することが必要だと思います。

 「教育は大事だ!」と多くの方が同調する割には、財源も自治権もないのでは、子供達や教師の声は学校教育になかなか反映されません。特に教育長、教育委員、県の著名人の方には何とか現状を打破し、学校から見て頼りがいのある機能的な教育委員会を作ってほしいと思います。
(*全国には立派な教育委員会もあるかもしれません。一般論として受け止めてください)

 最後に個人的なことになりますが、現在地元の教育委員会には、かつての同僚であるH氏がいます。彼は卓越した決断力・交渉力を持つだけでなく、現場目線であり人間的な魅力にあふれています。
 彼のような人物が教育委員会内で少しでも増えてほしいですし、教育委員会で県全体を見渡す幅広い視野や見識を身に着けた後、H氏のような人物が校長になれば学校経営の良い見本を示してくれると確信しています。

教育委員会や校長に望みたいこと 2

 前回の続きになりますが、校長(特に高校)の学校経営で気になっていること(すべての方ではありませんが)が大きく2つあります。
 
 1つが、近接する同じ学区の高校をライバル視し、何とかして勝とうと躍起になってしまうことです。
 世間からの評価を高めるには、具体的な数字・実績を残す必要があると考え、有名大学・国立大学合格者数や、部活動全国大会出場かそれに準ずる戦績の達成にこだわるようになりがちです。
 もちろん個々の生徒が自分の夢の第一歩として進路目標を達成したり、部活で心身を鍛え人間的に成長すること自体は大事なことです。
 しかし、校長が外向けの学校評価ばかり考え、数字を追うようになれば、特に3学年、進路課、部活顧問に過度のノルマ・プレッシャーを与えかねません。校長が生徒と直に接する先生方に結果ばかりを求めたら、じっくり時間をかけて生徒を健やかに成長させることができなくなり、生徒との信頼関係を築きにくくなります
 この状況が続けば、結果を出そうと焦った顧問が部員につい体罰をしてしまったり、生徒の適性や希望は二の次に合格可能性ばかりを追求する進路指導を生徒に押し付けたりしかねません。

 例えば学区4番手の進学実績の学校が猛烈な進路指導で3番手に上がった結果、地元の評価が多少高まり、当該高校受験倍率が1割増しになったとして、それはすごく価値があることなのでしょうか?
 確かに翌年、翌々年は以前より少し優秀な生徒が来るようになるかもしれませんが、偏差値同レベルのライバル校が目の色変えてこの学校以上の進路実績を出せば、すぐに形勢は逆転します。

 ちょっとマクロ的に考えてみてください。各学区内の受験生数は例年それほど変わりませんから、例えばある年度A校が進路実績をあげ、翌年度優秀な受験生を多く集めたとしたら、同学区内の他校はそのあおりを食って受験生の質・倍率が低下することになります。
 つまり、誰かが得をすれば必ず損をする人がでるという、同じパイを奪い合う「ゼロサムゲーム」をしているわけです。
 
 もっと学区全体、いや自治体全体として学校間でギブ&テイクの関係を築くことはできないのでしょうか?
 それこそ学区内すべての生徒が個々の個性・能力を伸ばし夢や希望を実現できるように、学校個別の特色を打ち出してはどうでしょうか?
 今の高校(特に普通高校)はあまりにも進路実績競争に偏り過ぎています。中学生が成績・得点で輪切りにされ、受験校がほぼ自動的に決まってしまえば、上位校入学者は優越感に浸り(学力という面だけですが)、下位校に進学した生徒は入学時点からコンプレックスを持ってしまいがちです。

 間違えてほしくないのは、在籍生徒の学びを鍛え育てること=全体の進路実績(大学合格者数)ではないことです。
 校長先生には、現行のルールや制約の中でご自分の経歴や考えも踏まえ、「どのような夢・学び・生き方・職業を希望する生徒を受け入れ、育てていきたいか」を考えてはもらえないでしょうか?
 高校の場合、県・県教委の方針や制約はありますが、1つの学区の中に例えば10の高校があったとしたなら、私の勝手な妄想案の一例を下に記します。

ア、科学的な理論・実験・研究を追及する学校
イ、IT・ソフトウエアを中心に学ぶ学校
ウ、身体・健康・運動の理論や実践を学ぶ学校
エ、サービスや人間関係、コミュニケ―ション能力を身に着けることを中心に学ぶ学校
オ、文系的(文学、歴史、社会、政治経済等)な学問を中心に学ぶ学校
カ、看護、介護、社会福祉・ボランティアなどを中心に学ぶ学校
キ、芸術(音楽・美術・書道等)を中心に学ぶ学校
ク、ものづくり技術、料理等の理論や実践を中心に学ぶ学校
ケ、実務、経理、資格取得を中心に学ぶ学校
コ、語学・国際関係を中心に学ぶ学校

 さすがに現教育課程の制約の中、大学のような細分化はできないと思いますが、既に存在する体育科、英語科、商業科、工業科、芸術科などを発展的に改変することはできそうです。
 ここまで細かくなくても「うちの高校に来たら、〇〇ができるよ! △△が身につくよ! 」という独自のセールスポイントを作るとよいと思うのです。
 そして学区内の学校が話し合い、ギブ&テイクで「じゃあ、うちはBでいくから、CやDはほかの学校に任せるよ!」となればかなりすみわけができ、生徒も学校を選びやすくなります。
 もちろん現時点では大学入試の制約がありますから、受験科目の指導は一定割合割かなくてはなりませんが、工夫すれば2割でも3割でも「うちの学校だけの特色」は出せるのではないでしょうか?

 また長くなってしまいましたが、もう1点だけすみません。
 気になる2つめとして、自分の思いが強すぎてとにかく新しいことをやろうとしたり、出世のため? の実績作りなのか、文科省・教育委員会の受け売りで頑張ろうとしたりする校長さんが一定割合いることです。
 はっきり言ってこれでは部下の教員の多くがついていけなくなります。なぜならば前回述べたことと同様、視点が生徒にないからです。
 この状態が長く続きますと、教員のモチベーションが下がり、それが生徒にも悪い影響を与えます。

 ですから1点目で提案した、自分の学校しかない特色づくりも、目の前にいる在籍生徒達の実態をしっかり見定め、現場の先生たちの意見を丁寧に聞いたうえで、具体的な方法をとる必要があると思います。

 とんでもなく長くなり申し訳ありません。教育委員会関係は次にしたいと思います。



教育委員会や校長に望みたいこと 1

 今回は和田の思いのたけを、歯に衣着せずに述べたいと思います。
 違う考えをお持ちの方もいるかと思いますし、現校長先生には大変失礼なことも書きますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

 妹尾氏の著書「教師崩壊」や、コロナ感染への各学校の取り組み状況などが、以前私自身が拙著で訴えていたことを呼び覚ましてくれました。
 それは教育委員会や校長のあるべき姿についてです。地位も見識もあるような方々に偉そうを言うようですみませんが、長年の教師人生から描く教育委員会・校長の在り方について持論を述べたいと思います。
 長くなってしまいますので、今回は「校長」だけにさせていただき、後日続編を書きたいと思います。

 唐突に質問ですが、刑事ドラマ・映画などの主人公はどのようなタイプが多いでしょうか?
 「踊る大走査線」をはじめ挙げればきりがありませんが、主人公はエネルギッシュで正義感が強く、危険もいとわない人物であり、上司や上部組織と対立しながらも己の意志を貫き、犯人逮捕・事件解決に至る、というタイプが多いのではないでしょうか?
 視聴者からすれば善悪二元論的でわかりやすく、また主人公に自分を同一視し、最後に留飲を下げられることが直接的な理由かもしれません。
 また、今の日本社会はドラマのように組織内には出世欲が渦巻き、上司が自己保身に走る状況は実際あまり変わらないかもしれませんが、主人公のように上司に楯をついてまで自己主張できる人は現実にはほんの一部でしょう。
 つまり、多くの人々にとっては、主人公は現実の世界でできないことを実践してくれる憧れ的存在なのかもしれません。
 
 逆に考えれば、多くの社員はやる気がありやりがいを求めており、経営者・上司がそれを満たしてくれることを渇望していると考えられます。このことは学校という組織にも当てはまるはずです。

 学校批判が起きやすい現代において、確かに校長職は気苦労が多く大変な重責だと思います。しかし校長の立場であっても教育者として忘れてはならないことがあります。それは自分の学校の児童生徒達の健やかな成長を一番に考えることです。
 外部からどのような指示や要求があっても、また文科省・教育委員会のルール等に制約される状況にあっても、子供たちのことを最優先に考えて学校経営にあたるべきだと思うのです。
 そして子供たちが健やかに成長できるためには、最前線で働く勤務校の先生方がやりがいを感じ、思い切り子供たちにエネルギーを割けるような環境を校長が作ってあげなければなりません。
 校長が文科省や教育委員会の顔色を窺い、規則や要請を杓子定規に守ることばかり考えていたら、学校も子供達もよくなりません。それこそ制約された枠の中でも最大限に要領よく立ち回り、自分の学校の教育を柔軟に行うべきだと思います。
 校長が学校現場、子供たち、教師の方をしっかり向いていてくれれば、学校は間違いなく良くなっていきます。

 今回の最後に、拙著「すばらしきかな、教師人生」に記載した「学校管理職(校長等)への10の要望」(一部改変)を記しておきます。

① 校長が必ず校務の最終責任を負うことを示し、所属校職員に安心感とやりがいを与える
② 率先して管理職が現勤務校を母校と思い、骨をうずめる覚悟で学校運営に取り組む
③ 教育委員会の言いなりではなく、ギブ&テイクの対等な関係を保つ
④ 不測の事態には結果を恐れず「失敗してもクビにさえならなきゃいい!」くらいの覚悟で開き直る
⑤ 絶対納得しない保護者や地域住民が一握りはいることを想定し、ブレない腰のすわった対応をする
⑥ 学校を理解し、協力してくれる外部の有識者やマスコミ関係者を作る
⑦ 無責任で仕事をしない一部の教師の個人的わがまま(希望・要求等)を通さない
⑧ PTA会長などと仕事以外でも親交を深め、気楽に相談・お願いできる関係を作る
⑨ 能力は高いが出世を望まない「(個性的)生涯一教師」に持ち場を与えて生かす
➉ どんな状況下であっても、「子供を健やかに成長させる」という基本(初心)を忘れない

 校長先生は本当に心労が重なる状況にあると思いますが、人を動かし組織をまとめるという大変やりがいのある仕事です。どうか教育(教師)の原点を忘れず、お持ちの卓越した知識・統率力・実行力を、子供の成長のために発揮していただきたいと思います。

 やはりとても書ききれません。シリーズ2では教育員会についても触れたいと思います。


 

 
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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