高校野球、投手球数制限は何をもたらすか?

 先ほど、私が時々投稿させていただいている、アゴラ‐言論プラットフォーム‐を見ていましたら、注目記事の中に、ついこの間高野連が投手球数制限(1週間で5百球以内)をうち出したことに関し、国会で質疑があったという部分が目に留まりました。
記事はコチラです☟

高校野球改革:足立議員のド直球質問が歴史的な大臣答弁を引き出す!



 率直に言って、私はかなり的を得た発言だと思います。
 あくまで現在のような甲子園大会を続けるという前提ですが、一人の投手に頼り切る特に部員の少ない公立高校のチームは、大船渡高校佐々木投手のような剛腕投手がいても、現在の連戦か1日空くだけの大会スケジュールでは、ほとんどの県で準決勝か決勝あたりに球数制限に達する可能性が高いと思います。
 高野連は選手の健康と将来を考え決めたといいますが、それなら足立議員の言うように大会日程にもっとゆとりを持たせ、投手が一人しかいないチームが十分に休養をとれる程度の間隔をあけたスケジュールをまず先に考えるべきです。
 高野連、マスコミ、球場関係者がそうしないのは、何かやましい理由があるのではないかと勘繰りたくなります。足立議員もそのあたりを追及していますが、なぜ酷暑の真夏に野外の甲子園球場のみの開催にこだわるのか疑問が渦巻きます。以前私は「甲子園の聖地化」についてブログで疑問を呈しています。
記事はコチラ☟

高校野球「甲子園の聖地化」について考える


 足立議員が萩生田文科大臣の本音ともとれる答弁を引き出したことは確かに意義があると思います。
 「学校対抗高校野球全国大会」を存続させるなら、全国どのチームも不公平なく100%力を出し切れる環境・大会スケジュールを考えるべきでしょうし、逆にもしコマーシャリズム・収益を優先させるなら、高校野球の在り方を根本からみなおし、学校対抗・都道府県対抗をやめるくらいの覚悟が必要です。
 プロ・トップアスリートを目指す少年は、クラブチームに所属しクラブ全国大会優勝を目指し、プロへの道の足掛かりとすればよいですし、そうでない平凡な野球選手たちは、各学校等で同好会的に自分達のペースで野球を楽しみ、生涯スポーツとしての野球の楽しさを知ればよいのではないでしょうか。このような住み分けも考えるべきだと思うのです。

 私は野球経験者であり指導者の経験もありますが、一大商業イベント化してしまった甲子園は、選手・応援団の健康面や公平性の面からみても、そのあり方を根本的に見直す時期に来ていると思われます。

PS:やっと定期試験問題が完成しました。
  明日から伊勢志摩のサイクリング大会に出かけます。久しぶりにスペイン村にも入れますので楽しみです。そんなわけで次のブログは12月1日(日)の夜になると思いますのでよろしくお願いします。

高校の修学旅行の形態も考え直す時期か?

 本日のAERAに修学旅行が年々高額化しているとの記事が掲載されていました。
 記事はコチラです☟

修学旅行が高すぎる…30万超もザラ、葛藤する親と子


 私立高校なら学校の運営方針を独自に打ち出せますから、ヨーロッパやハワイであっても、生徒募集時にかかる費用をあらかじめ提示していれば、たとえ高額な修学旅行であっても、保護者はそれを承知で入学させる方が多いと思われ、それほど問題にはならないでしょう。
 問題は公立高校です。各県で授業料は一律ですし、入学させる保護者も修学旅行積立が何十万円にもなると思っている方は少ないでしょう。
 積立金が払えなくなる貧困家庭(保護者)が増えつつあることは大きな問題ですが、もっと根本的に修学旅行の在り方を考える時期に来ているかもしれません。
 今の時代、お金さえあれば長期休業中などを利用し、家族旅行や友人(少人数)との旅行にいつでも気軽に行けるようになりました。極端な話、地球のどこへでも行けるでしょう。
 ですから振り返って、なぜ修学旅行が必要なのか、わざわざ同級生たちと大人数で寝食を共にするメリットは何なのか、もう一度根本から考え直す必要があるのではないでしょうか?

 今や「うちは修学旅行でハワイに行ける!」といったキャッチフレーズで高校の魅力をアピールすることで、入学希望者を増やすような時代ではありません。

 ところが大人数で高額な契約となる修学旅行は、旅行業者にとってドル箱の一つなのです。それでも近年はとんどの公立学校で、数社程度競合させて採用業者を決めていますから、一見学校側が有利なようには見えます。
 しかし、実際は旅行業者の方が優位となりやすい現実があります。
① 学校(教師)は交渉の専門家ではなので、一般旅行より金額が高かったとしても詳細を追求しきれない。
② 落札業者は実施1年以上前に決まるが、決まったとたんサービスが悪くなることが時々ある。
  修学旅行は長い準備期間が必要であり、途中で業者を変更した場合、飛行機・新幹線や宿舎(ホテル等)の予約などに支障をきたすことになるので、学校はどんなに不満があっても実質キャンセルはほぼできず、業者に足元を見られがちだからである。

 こうして落札業者が学校側に対して優位に立てる状況の中では、世の中一般(市場経済)のような低価格競争は起きにくくなります。中には意図的に安い値段で落札した後、様々なオプションを提示してくる業者もあるようです。

 こういったことからも、学校(教員)が修学旅行の在り方を根本から問い直す時期に来ていると言っているわけです。
 どこへも旅行できる資金のある家庭環境の生徒達は、一般旅行と同形態の修学旅行では新たな感動も少なく、意義も見出しにくいでしょう。また、記事のように海外修学旅行を目玉にしようとすればするほど貧困家庭は参加できなくなります。

 確かに同学年・同級の生徒達が何日も寝食を共にすることは、学校でしかできない得難い体験です。ただそれは修学旅行という形態でなくても達成できるはずです。例を挙げますと、

 実習・体験型…スポーツ、伝統工芸、農作業、インターンシップなど
 社会奉仕型…災害地等のボランティア活動、施設訪問、介護体験など
 学問研究型…大学・研究施設見学、セミナー・講習参加、野外調査(フィールドワーク)など
 文化等交流型…外国での学校交流、ホームステイなど

 など考えられますが、まだまだあると思います。異郷の地で普段できない幅広い体験や活動を、生徒達に自ら選ばせる形で宿泊体験を行ったらよいと思うのですが。
 これなら3泊でも2万円程度から実施可能ですから、各家庭の経済状況に合わせて対応できるでしょう。

 これまで述べてきましたように、現代は一般旅行と同じような内容を、修学旅行という大人数で一律に行う必要性もメリットもなくなりつつあると思います。
 もっと生徒達が自主的に意欲的に参加できる新たな宿泊体験・研修の在り方を、大胆な発想で模索してみてはいかがでしょうか?

東京五輪、ボランティアと派遣スタッフの違いは?

 久しぶりに東京五輪に関する記事です。
 定期試験問題作成に四苦八苦している合間にネットニュースを眺めていたら、偶然ですが「東京五輪、時給1600円!」という記事が目に留まりました。記事はコチラです☟

東京五輪で「時給1600円」派遣募集 ボランティアとどこが違う?組織委に聞くと...


 少し前にブログで、東京五輪ボランティアの在り方を取り上げたことがありました。確か今回の東京五輪ボランティアは原則無償であり、1日1000円程度の交通費が支給されるだけだったと思います。

 もちろん元々奉仕のつもりでボランティアスタッフに申し込んだ方が大半でしょうから、「支給が少ない!」と文句を言う方は少ないと思います。しかし記事のように、時給1.6000円もがっちりもらえるアルバイトスタッフと全く同じ仕事内容だとすると、なぜなのか疑問に感じる方は少なくないでしょう。
 東京五輪ではボランティア採用予定人数の2倍以上? の応募があるなど、希望者は十分いたはずですから額面上すべてボランティアで補えるはずです。それなのにどうして有給のアルバイトスタッフが必要なのでしょうか?
 記事にあるように、ボランティアを取りまとめる管理的な業務なら有給も理解できますが…。

 私はご存知のように、現在の巨大商業イベント化したオリンピック(あくまで運営)に批判的な立場ではありますが、どんな理由があろうとも、ボランティアと同一の仕事に給料を払うなら、公平にボランティアにもある程度の日当と宿泊費を払えばよいと思うのです。
 確かに東京オリンピックは、一生に一度見られるかどうかの世紀のスポーツの祭典であり、観客として楽しむだけでなく主催国の一員として大会をもりあげたいという、純粋な気持ちのある日本人は多いと思います。

 そのボランティアの皆さんに酷暑の中、体調を崩さず心身健康で働いていただくためにも、大きな収益を得るであろうJOCや協賛企業は物心両面で、ボランティアの労働条件改善に取組む必要があるのではないでしょうか?

 言い方は悪いですが、もしトップアスリートのファイティングスピリットと市民のボランティア精神にただ乗りするような形で、利益を上げようとするならオリンピック憲章・スポーツ精神に反します。
 
 繰り返しますが、せっかくボランティアを引き受けてくれる方がたくさんいる中で、同じ仕事を有給派遣アルバイトに任せるムダ? をするくらいなら、広く浅くボランティアに還元する方がまだ理にかなっているのではないでしょうか?

 ちなみに「ボランティア」とは「志願する」ことであり、無償(ただ働き)とは直接関係はないそうです。

(今回はこの辺にさせていただき、また試験問題作成に戻ります)

SNSの使用ルールや資格の厳格化を望みたい!

 今回は社会問題に関する記事を取上げますが、実は教育現場にも関わる問題でもあると思います。
 本日、「嘘の110番通報をして警察から逃げる少年集団」というヤフーニュース記事が目に留まりました。
記事はコチラです☟

うその110番…警官から逃げる“ハイパーゲーム” 「悪質な犯罪行為」逮捕者相次ぐ



あえてコメントする気も起きないようなあきれた行為ですが、たとえ少年であっても大人と同様損害賠償(未成年なら保護者が負担)を求めてもよいのではないかと思います。
 例えば列車をいたずらで停めたりすれば、たとえ短い時間でもダイヤの乱れで相当数の乗客が影響を受けた場合、JRなどは高額(百万円~一千万円単位)な損害賠償を当事者に請求することがよくあります。
 このような事件についても、(A)動員された警察官の人数×偽情報で職務が妨げられた時間×労働時間単価分と、(B)対応できなかったために生じた他の事件の損害分は、少なくとも請求すべきでしょう(Aだけでも万単位にはなる)。
 そのようなルールを世間に周知し、厳格に運用してはどうでしょうか?

 それでもこの問題に限らず、スマホの利用に関する根本的な問題を解決しない限り、年齢職業を問わずどんな人でも、日常の様々な場面で加害被害に関わる危険があります。
 インスタグラムではアルバイト店員の悪戯が簡単に公開できたり、自宅前で撮った何気ない写真の公開投稿から場所を特定されストーカー行為を受けたりすることもよく起こっています。
 また学校でも、教師生徒を問わずターゲットとされれば簡単に画像・動画が盗撮され、瞬時に全国に公開されてしまいます。

 私はいつも言っていることですが、どんな身分職業の人間であっても、犯罪組織でもない限り大半はまじめな法を遵守する人々です。ところが1000人にたった一人でも著しくモラルが欠如している人間がいて、悪戯動画、プライバシーの侵害、様々な不法行為をほとんど制約されずフリーパスでできてしまえば、過去の例からもわかるように、大多数の常識人が受ける損害は極めて大きいはずです。
 私はSNSに詳しいわけではありませんが、少なくとも一般公開するサイトを利用する場合には、各人が①個人情報を登録申請→②サイト運営会社・管理者が調査→③過去トラブル歴や年齢制限(例えば15歳以上)等問題がなければ正式に登録許可 
のような厳密なルールを作り、何か問題が生じた場合すぐに個人が特定でき、永久追放や警察への情報提供などがスムーズにできるような体制作りが必要なのではないでしょうか?

 私も多くの方と同じように人を信じたい人間です。しかしことSNSに関するトラブルは、SNSを多くの方が安心して自分を高め人生を楽しむことに活用できるためにも、サイト・アプリ業界そして国は、ごく一部の無法者の好き放題を許さないルール・罰則を構築してほしいと思うのです。

教員の残業時間削減に向けて ー 内部からの改革 ―

 前回のアゴラ-言論プラットフォーム‐「変形労働時間制」の記事に関して、もう少し補足したいことがあります。

 部活指導の勤務日完全振替制を提案した部分で、教員増員の必要性にも少し触れましたが、例えば部活等で日曜1日勤務だった教員が月曜日に5名振替休日となった場合、その5名の授業やHR指導を誰かが肩代わりしなければならなくなります。しかし、現状では教員一人当たりの担当授業時間数が多く(空き時間がほとんどない)、ほとんどの学校で振替休日をとった教員の代わりに授業やHR指導を引き受けられる人的余裕はありません。
 おそらく最低限2~3割は教員を増員ができなければ、勤務日完全振替は絵に絵に描いた餅となってしまうでしょう。

 もう一点残業時間の削減・仕事の効率化に関することですが、現在の学校はあまりにも会議や研修が多すぎると思うのです。
 確かに直接お互い面と向かって意思を確認する必要のある会議もありますが、もともと教員は個人の裁量で仕事をこなすのが得意な人種です。
 今の時代事務的な会議や連絡は、パソコンなどを使って電子画面上で行い、深い議論の必要な時だけ会議を開くようにすればよいと思うのです。
 また、研修についても、もともと教師は勉強好きな人が多いですから、研修を原則自由参加としても何ら問題がないのではないでしょうか?
 つまり、校内にいる(他校でも構わないが)IT・プログラミング、生徒指導、カウンセリングなどその道に秀でた教師が、自発的に研修会・講習会を開催し、やる気のあるスキルを身に着けたい教員が自主的に参加する形態にするのです。
 自主参加であっても内容が充実していれば、教員の場合参加率はかなり高いのではないかと推測します。

 とにかく不祥事が発生するたびに、「コンプライアンス研修」とか何とか言って、強制的に全員を受講させるような研修は非効率であるばかりでなく、特に責任感が強くやる気のある教員のモチベーションを下げ、ストレスを高めてしまいます。

 また学校管理職が学校の目先の実績(進路実績、部活実績等)を上げるためなのか、校内課外授業を増やしたり、特定部活を優遇したりするなど、自分の実績作りのため? 闇雲に新しいことを始めようとする動きが近年目立つような気がします。

 これまで再三指摘してきましたように、教員超過勤務の元凶は給特法であり、いつの間にか教員の仕事とみなされて膨れ上がった煩雑な業務であり、半ばボランティア化した部活指導であるのは疑いがないでしょう。
 しかし、学校内を見渡してみて、学校(特に管理職)が世間・教委の評価や学校間競争を意識するあまり、実績作りに躍起になり、学校が自ら仕事を生み出し自分の首を絞めているようなことはないでしょうか?
 教育の原点は、今まさに目の前にいる児童生徒を人間的に心身とも成長させ、たくましい大人に育てることにあるはずです。
  教員の仕事が「本来の教育」に集中できるように、学校内でも管理職を中心に、無駄な会議・研修・事業(行事)の再点検を行うことも必要なのではないでしょうか?

アゴラ‐言論プラットフォーム‐に「変形労働時間制」についての記事掲載!

 本日(24日)、アゴラ‐言論プラットフォーム‐に、教員への変形労働時間制導入撤回を求める私の記事が掲載されました。
記事はコチラ☟

教員の変形労働時間制:国が覆い隠す「不都合な真実」 --- 和田 慎市



 教員の勤務状況(変形労働時間制や超過勤務、仕事の精査等)について、これまでブログで書いてきた私の主張を系統的にまとめた記事になります。

 私以外にも多くの教員が「教員の変形労働時間制導入」に反対していますし、撤回を求め署名運動も行われています。
 また記事に書きましたように、教育界以外でも弁護士やフリージャーナリストも批判しており、この制度がいかに問題であるのか、よくわかるのではないでしょうか?
 
 私は非常勤講師の身ではありますが、真面目に職務に励んでいる全国の多くの先生方を多少なりとも支援したく、投稿した次第です。

 教師以外の方も、内容を読めば分かっていただけると思うのですが、「教師に残業代を出せ!」と単純に権利主張をしているわけではありません。

 ぜひ将来の日本社会全体の問題として、「教員の働き方改革」について一緒に考えていただけたら幸いです。

サイクリストとドライバー双方が守るべきマナー

 ネット記事を眺めていましたら、たまたまサイクリストに関する記事が目に留まりました。
記事はコチラです☟

狭い山の道路にサイクリスト続々「いつか大事故に」 2台並走、危険な追い越し例も


 実はこの記事にある京都府北部の美山町は、数年前私がまさしくサイクリング大会に訪れた場所なのです。
 美山町の中心部から放射状に広がるチェックポイントを訪れ、ご当地のグルメを楽しみながら自分のペースで回り、そのチェックしたポイントの個数に応じ完走賞が色分けされるというちょっとユニークな大会です。
 自分の力量でコースを選べますし、グルメもなかなか充実していましたので、個人的には満足度の高いサイクリング大会でした。
 ただ走行中、交通事故に遭遇したことは強く印象に残っています。私が走行していたわずか20~30メートル先で、無理に自転車集団を追い越した自動二輪が対向車を避けようとして、あわてて左側に寄った時集団先頭の自転車をひっかける形で接触し、自動二輪と自転車3台が激しく転倒したのです。
 私は背後からその様子を目撃することとなり、すぐに自転車を止め駆け寄りました。負傷した方はかなり痛がっていましたが幸い皆意識はあり、私と同じような大会参加者10名ほどがサイクリングを中断して、負傷した方々の対処に当たったのです。
 皆で役割分担して救急車の要請、負傷者の止血や介抱の応急措置、自転車・バイクや荷物の片づけ処理に当たりましたが、現場を通過する自動車を徐行、片側通行させる必要があったため、私はしばらくの間交通整理にあたりました。
 幸い全員命に別状はなく、翌日の新聞にも大々的に事故が取り上げられることはなかったのですが、私はしばらくの期間現場の光景が目に焼き付いて離れませんでした。

 そんな美山に関する記事ということで、何か因縁のようなものを感じます。
 さて交通事故防止のためにはどうしたらよいのでしょうか?
 まずサイクリストが公道(特に幹線道路)走行時に注意すべきこととして、

①二列走行をしない ②後方確認をせずに前の自転車を追い越さない(追い越す時どうしてもセンターライン寄りに膨らむため) ③下りでスピードを出し過ぎない ④集団の先頭者は手信号や声で合図をする(信号停車、危険物あり!など) ④最後尾の者は後方から近づく車を声で前に知らせる ⑤必ずヘルメットをかぶり、できるだけ目立つ(蛍光色など)ジャージを着る
⑥ 交差点や店から出てくる車に対しては、ドライバーがこちらを見ているか必ず顔を確認する

 一方車のドライバーが注意すべきことは、
①イライラしても見通しの悪い箇所で無理に追い越さない ②ロードレーサーのスピードは想像以上に速いと心得る(ママチャリの2~4倍) ③交通弱者(自転車)が原則優先であることを忘れない ④自転車はルール上原則車道を通行することを心得る

 などです。
 私のようにサイクリストでありドライブも好きな人間ですと、両方の立場をイメージしやすく、注意や対処がしやすくなります。
 お互い相手を一方的に非難するのではなく、相手の立場になってどのような行為が危険であり迷惑か、冷静に考えるゆとりが欲しいと思います。

かの半島の国の交渉術

 久しぶりの政治ネタです。
 先ほど速報で「日韓両政府は、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」の破棄について、条件つきで延期することで合意した。」とするニュースが流れました。☟

【速報】日韓“条件付き”合意 GSOMIA終了せず 日本政府は?


 合意した具体的な内容はほとんどわかっていませんので、日本としては成功したのか、妥協したのか、まだコメントできる状況にはありませんが、少なくとも「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を免れた(延期された)」ことは事実のようです。

 私は社会科の教員ですので国際問題にはかなり関心があり、これまで韓国の動向にはかなり注視してきました。
 ただ、政治・外交問題はどうしても主観が入りやすいので、私と異なる見解の方もいらっしゃると思いますが、少々お付き合いください。
 
 率直に言えば、やはり朝鮮民族の交渉術は基本的に南も北も同じではないか、ということです。
 韓国との最近の外交上のトラブルの流れを簡単にまとめますと、
 ① 韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射問題
 ② いわゆる「従軍慰安婦問題」合意に関する韓国側の約束違反
 ③ 日韓基本条約を無視した、いわゆる「徴用工」への日本企業賠償問題
 
のすべてが韓国側のきっかけで起こった流れの中、日本が安全保障上の観点もあり
 ㋐ 韓国に対し貿易待遇レベルを格下げ
 
したのですが、それに怒った韓国側が、
 ④ ㋐の行為は理不尽だとWTO(世界貿易機関に提訴
 ⑤ ㋐の行為は安全保障上の信頼関係も損なうとしてGSOMIAの破棄を通告

 を行ったという流れです。そして現在韓国は
 「日本が㋐を取り下げ元の貿易優遇国に戻すなら、GSOMIAの破棄を見直す用意がある!」
 と主張しているのです。そして今回は④についても限定的に取り下げる意向を示しました。

 上記のこれまでの流れを見て何か感じないでしょうか?
 韓国の⑤GSOMIAの破棄は日本の㋐への対抗措置であり、㋐は韓国の①~③から生じたものです(日本は表向き対抗措置とは言っていませんが)。
 つまり①~③がなければ日本の㋐は行われなかった可能性が高いですから、韓国が勝手に後出しした対抗措置④⑤を取り下げるから㋐も取り下げろというのは全く論点がずれた不公平な取引なわけです。
 実際日本は④・⑤に対して新たな対抗措置を打ち出していません。
 「①~③について何らかの改善をするから、㋐を見直してくれないか? 」
というのが正しい公平な交渉ではないでしょうか? ④・⑤と㋐を取り引きをすれば、①~③はそのまま既成事実化し、結局韓国が得をすることになります。
 つまり、韓国は元々の原因を棚に上げ、全く違う論点で事を運ぼうとしているわけです。

 もうすでに忘れている方もいるでしょうが、レーダー照射問題一つをとっても結局うやむやになったままです。人の好い? 日本政府は追及を諦めたかのようです。
 私が分析した限り、日本の説明の方が理にかなっていると思いますが、韓国は一切謝罪せず事実関係すら認めていません。
 韓国が㋐に対しそれほど文句を言うなら、日本は①・②について、再度主張すべきだと思うのですが…・
 結局①・②に限らずこれまでの韓国に対するあいまいな甘い対応が③を呼び、さすがにやっと㋐の対抗をしたら④・⑤を返されたという流れではないでしょうか。

 これまでの韓国の外交姿勢を見ますと、北朝鮮によく似ていると思いませんか?
 関係国が北朝鮮とA非核化協定を結ぶ → 北朝鮮が弾道ミサイルを発射する → 日米などが会談・交渉を行う → 北朝鮮が核開発をやめる見返りにB経済制裁解除を要求する

 つまり一方的に約束事(条約等)を破っておきながら、「A約束を守るからB見返りをよこせ!」といっているわけで、Aに関する対等の約束事であったことが、いつの間にかそれまでなかったBの利益をえようとするわけです。
 歴史を見れば北朝鮮はこの「瀬戸際外交」を何十年も繰り返し利益を得てきたのです。

 その独裁国家と韓国を一緒にしたくはありませんが、日本に対する外交のやり方を見ていると同じ民族の血が流れていると思わざるを得ないくらいよく似ているのです。

 もちろん韓国とは友好関係が築ければそれに越したことはありませんが、今回のGSOMIAの件も私は全く楽観していません。一応引き延ばしておいてまた日本側に譲歩を迫ってくることでしょう。
 日韓関係で一つだけ良いことをあげるとすれば、これまで水面下で行われ国民が知らなかった外交(おそらく日本側が妥協してきたと推測される)が、白日の下にさらされるようになったことでしょう。

 なお、個々の国民を政治と一緒にして頭ごなしに非難するのは避けたいところです。一対一で話せば良い人はいるのですが、残念なのは政治・外交となると伝統文化? の「反日」が顔を出してしまうことです。
 今のところは、韓国の特に若いインテリ層が来日して真の日本(人)の姿を知り、親日派に変わる人数が増え、その人たちが国の中枢につき、自ら外交姿勢を変えていく時間を待つしかないかもしれません。

 

書籍紹介「この国のたたみ方」(佐々木信夫著)

 今回は教育問題を離れ、久しぶりに書籍の紹介をします。
 本は「この国のたたみ方」(著者…佐々木信夫:新潮新書)です。
 「たたみ方」と言いますと店じまい、つまり日本国家の終焉のようなイメージを持ちそうですが、そうではなく無駄を省いたコンパクトな国家体制を築く処方箋を述べた本です。
 私がこの著者に同意できる点をあげますと

① 既存の47都道府県区分を見直し、効率良い自主的な行政ができるように10程度の州に再編する
② ①の実現を通して、既存の県と市の重複する二重行政の無駄を省く(雪だるま式に増える財政赤字の削減)
③ 各州の自治権(独自の財政、政治、経済、教育など)を大幅に拡大し、国と対等な関係を作る
④ 東京都と同じ大阪都構想を実現し、副首都化をすすめる
⑤ 東京一極集中の流れを変え、人口の地方分散を図るとともに東京の災害リスクを低下させる
⑥ ⑤実現のために、政治機能(首都など)の移転をはじめ、大企業・大学の地方分散を積極的に行う

 著者記載のアイデアはまだまだ実現が厳しいものもありますが、将来日本人が健康で豊かな暮らしを維持できるためにも、既得権益層を打ち破るくらいの思い切った改革案が必要だと思います。
 佐々木氏と重複する点もありますが、勝手ながら私なりに将来日本国家がクリアすべき問題を指摘しておきます。
① 1300兆円に累積した財政赤字の削減(二重行政や補助金の無駄を省き国民にも相応の負担を強いる)
② 地方財政の赤字と地方交付金等国への依存体質の改善(地方税の配分率を上げ、自治体(州)独自の財政予算を増やすことで自治権を拡大)
③ 自然災害をはじめ東京一極集中のリスク低減(政治機関、企業本社、大学等の移転による人口の地方分散を図る)
④ 将来進む人口激減への直視と対策(国民全体(総量)は減っても一人当たりの質的な向上や健康増進を図る)

 特に第5章「東京を減反しよう!」での、東京への一極集中を防ぐために、国主導のもと地方へ魅力あふれる大学や企業(職場)を戦略的に誘致するなど、地方から学生・若者を引き付ける魅力を生み出さない限り、東京から地方へ人口移動の流れは起きにくい、という考え方には同意します。
 
 国家(首都)機能をマヒさせないためにも、自然災害(台風・高潮、洪水、地震等)、都市災害、公害などの都市問題、民族問題(テロ活動含む)のリスクを少しでも減らすように、政治(遷都や副首都建設)、経済、文化。教育機能などの地方分散を早急に実施し、地方分権を進めていく必要があると私は思います。




 

教員の原則スマホ禁止(学校内や対保護者等)に関連した問題

 前回の「教員の校内原則スマホ禁止」(浜松市教委)に関連して、もう少し考えてみたいと思います。
 実は、世間を騒がす不祥事(特に子供たちが被害者となる事件など)が発生すると、厳罰化を望む世論・マスコミに煽られ、国会、政府や文科省、自治体が法律・条例・規則等で規制・防止しようとする傾向が最近顕著になっています。

1.いじめによる自殺の発生(大津中学事件等)→「いじめ防止対策推進法」の制定
2.親の虐待による子供の死亡→改正児童虐待防止法(親のしつけに際しての体罰禁止)
そして今回は、
3.教員による児童生徒の盗撮・セクハラ発生 → 学校内(職員室外)スマホ原則使用禁止のガイドライン制定

 上記1~3は一見全く別の次元の問題のようですが、実はある共通点が見られます。
 「いじめ」「虐待」「盗撮」は誰しもが「悪」と受け止める行為であり、法律や規則で解決(根絶)できると考えている点です。
 今回は1.2については書きませんが、「いじめ」「虐待」「盗撮」が根絶できないことは過去のデータが証明しています。

 さて、3は「盗撮」の原因となるスマホそのものを禁止しようということですが、問題はごくわずかな触法教員のために、利用価値・必要性も認識されているスマホの使用を、全教員一律に制限してしまうことです。
 しかもこの方法では、本来の目的である盗撮・セクハラの根絶もできません。なぜなら、放課後の校外や休日については、実質教員の自己管理に委ねられますから、結局は個人の倫理観に頼らざるをえませんし、そもそも保護者とどうしても個々で連絡を取らねばならないケースは必ずあります(今時自宅固定電話は警戒されてつながらないか、ない家庭すらある)。
 やむを得ず保護者に個人的に連絡を取ったこと(スマホ使用規定違反)が明るみになり、やり取りに何ら問題がなくてもルール違反として指導されれば、その教員のモチベーションは間違いなく下がるでしょう。
 
 さて不祥事(盗撮、セクハラ、体罰等)防止について、確かに学校内なら密室になりそうな箇所(部屋)をなくすとか、部活の指導方法を点検するとかの取り組み等、それなりに効果はあるでしょうが、校外において校務外のプライベートで起きる犯罪・不祥事は正直防ぎようがありません。
 なぜなら、盗撮やわいせつ行為が犯罪であり逮捕されることくらい、教員に限らず大人は懇切丁寧にコンプライアンス研修など受けなくてもわかっていますから、それでも犯罪を犯してしまうのは個々の教員の倫理観・性的指向等の問題と言わざるをえません。むしろコンプライアンス研修よりも、カウンセリング(悩み事相談)の方が、心の安定という意味では犯罪抑止効果があるかもしれません。
 世の中どんな職業・地位においても、データを見れば一定の割合(かなり低いが)で犯罪が毎年発生しているのが現実です。 ですから学校や生徒と全く関係のないプライベートな犯罪にまで学校管理職に責任を問うのは行き過ぎであり、そうした上からのプレッシャーが学校(管理職)を過度の研修に駆り立て現場をギスギスさせ、大部分の真っ当な教員のストレスを増大させてしまうのです。かえって真面目な教員ほどその重圧から魔が差したように犯罪を起こしてしまう心配すらあります。

 このことからも、今回の「教員の学校内原則スマホ禁止」の措置は、徹底できないなど効果が疑問視されること以上に、煩雑な事務手続きの増加も含め、現場の先生方のモチベーションの低下やストレスの増大が最も心配なのです。
 現場教員のストレス・プレッシャーが新たな不祥事を誘発してしまわない前に、市教委にはぜひ軌道修正をしてほしいと願います。
 
 
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
リンク