アマゾンの過酷な労働実態の取材記事を紹介

 GAFA(ガーファ)という略語がはやり始めていますが、その1つであるアマゾンの物流センターへの潜入ルポを書いた週刊誌記者の記事が目に留まりました。
 正直週刊誌の記事ということもあり、すべてが事実であるのかどうか検証する必要はあるのかもしれませんが、私がアマゾンの仕分け・配送の職場環境に抱いていたイメージとは、それほどずれてはいない内容でした。
 まずは記事を読んでみてください。☟

アマゾン倉庫 無理やり退職させられた元女性バイトの証言


 これが事実だとすれば間違いなく”ブラック職場”でしょう。人材派遣会社が多くの従業員を物流センターへ派遣することで実権を握り、親会社のアマゾンは丸投げ(見て見ぬふり)といったところでしょうか。

 実は私は以前から気になっていたことがあります。
 アマゾンに限らず、楽天もヤフーも「翌日配達」をうたい、お互い競い合っている実態についてです。確かに消費者からすれば早く届けられればうれしいものですが、絶対翌日でなければ困るようなケースは極めて少ないのではないでしょうか。
 「翌日配送」ということは配達距離にもよりますが、通常運送会社による配達が半日~1日かかることを考えれば、ユーザーの注文後、かなりの短時間で物流センター内で商品をさがし梱包しなければ間に合わないでしょう。
 全国から次から次へとひっきりなしに受ける膨大な注文品の仕分け作業を限られた人数で行うのは、私などが想像するだけでもかなりハードな作業だと思うのです。
 私たち消費者側としても、注文後数日間程度は気長に待つ余裕が必要でしょうし、「翌日配達」を希望するなら郵便のような速達料を払うべきだと考えます。
 またよく話題になる不在配達についても、消費者の側で必ず在宅時間を指定するか、不在の場合には契約したコンビニや営業所に預けて消費者自ら取りにいくシステムにすべきだと思います。
 
 私たちはあまりにも便利な世の中に慣らされ過ぎています。今一度迅速な安価(送料無料等)な配達の裏には、物流センターで必死に作業をする従業員や迅速に配達してくれる運転手がいてくれることを忘れず、感謝するとともに少しでも労働条件が良くなるように消費者ができることを協力するのも大切ではないかと思います。

ついにスピンバイク購入! +8月20、21日旅行の写真

 先日富山県あいのかぜジェントルライドサイクリング大会の報告をしましたが、その時トレーニングのサボりを反省し、もう一度身体を鍛えなおす宣言をしてしまいました。

 早速「有言実行」ということで、手軽なフィットネスバイクでも購入しようかと思ったわけです。ところが量販店でよくみかける「エアロバイク」は1万円~1万5千円程度と安価で手軽に健康増進を図るにはよいのですが、私にとっては難点がいくつかありました。

① 自転車(ロードレーサー等)と同じ前傾のポジションがとりにくい
② 耐久性に不安があり、ほぼ毎日トレーニングで使いたい私にとっては心もとない
③ 決定的な要因として、大半のエアロバイクの連続使用時間が30分程度しかなく、長時間練習ができない

 決定的だったのは③です。そこで何か良いものはないかと探していたら、通販専門店で「スピンバイク」を見つけたのです。値段はエアロバイクの倍以上しますが、実際の自転車とほぼ同等のポジション・姿勢・ペダリングがとれ、また何時間でも使用できるため、購入を決めました。
 それでも自転車競技をしていた現役時代とは違いますので、あまりお金をかけずベーシックな2万円台のものを購入しました。
それがこちらです。

和田のスピンバイク2
和田のスピンバイク1

どうですか、エアロバイクと違って本格的でしょう。今日届いたのですぐに組み立て、早速1時間弱乗ってみました。
これで毎朝早く起きなくても好きな時に練習できそうです。もちろん休日などで2,3時間取れそうな時には外を回りますが、バリエーションができ練習量を増やせそうです。頑張ります!

 それから遅くなりましたが妻と出かけた小旅行(鳴門~有馬温泉~宇治平等院~上野城)の写真が整理出来ましたのでいくつかアップします。

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上の写真4枚は大塚美術館の作品です。私が書くまでもない超有名な作品ですね。特にモナ・リザは2枚並べられていて、わざわざ横に並んで記念写真が撮れるようになっています。

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上の写真が、ご存知鳴門の渦潮です。橋の上からとったものですが、動画で撮ったらもっと迫力があったなあと後悔しました。

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次もご存知宇治平等院の写真です。撮影技術と高性能カメラがあればもっときれいにとれただろうに残念です。


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最後の4枚は伊賀上野城です。こじんまりとしていますが天守閣から見た景色はなかなかの絶景です。名物高石垣はこの程度しか撮れませんでした。
最後のゆるキャラは上野城の「た伊賀ー君」です。

本日は自分本位の気楽な写真提供ですみませんでしたが、ちょっとした息抜きになったでしょうか?






本の紹介「モンスター部下」(石川弘子:日経プレミアシリーズ)

 久しぶりに書籍の紹介です。本屋さんの新書コーナーで上記タイトルの「モンスター部下」に目を引かれ、概要を見て面白そうだったので購入しました。

今日から読み始めたのですが、あっという間に3分の2を読み終えました。全体の感想はまた後日書きますが、第2章「モンスター量産のメカニズム」の中に、私が常日頃から思っていることとほぼ100%同じ内容が書かれていました(もちろん私の方が著者に影響を与えたわけではありません)ので、今回はその2か所を著作権侵害にあたらないように、原文のまま引用(書き写)させていただきます。

<以下引用(原文のまま)>

 大人も、若者も、幼稚化している?

「日本社会が幼稚化している」ということを感じている人は少なくないだろう。いい年齢をした大人が、中学生や高校生が使うような言葉を使ったり、「荒れる成人式」や「渋谷のハロウィンでの騒動」なども、大人が起こしている。ああいった騒動がテレビで流れるたびに、眉を顰める人も多いだろう。
 一方で、ワイドショーで意見を求められたコメンテーターは、「大人としての自覚を持ってほしい」「周囲に迷惑をかける行為をするのは、とんでもない」と厳しいコメントを出す。しかし、こういった問題が生じる原因や背景に言及するコメントはテレビではほとんど見受けられないように感ずる。テレビでは、分かりやすいコメント、「白か黒か」が求められるのだろう。そして、年齢を問わず、視聴者の大多数は、こういった騒動がなぜ起きるのか、どうすれば防げるのかを掘り下げて考えず、テレビのコメントに賛同し、「最近の若者はモラルが低い」「なんて迷惑な人たちだ!」と憤慨するだけだ。
 若者に限らず、ほとんどの大人が、物事を深く考えず、「白か黒か」「セーフかアウトか」といった価値基準だけで判断をしているかに思われる。そして、大多数の意見に反論を述べる人を、「空気が読めない人」として、変り者扱いする。場合によっては、「そんな意見はけしからん!」としてバッシングを浴びせる。
 物事は、白か黒かハッキリさせられないことの方が多く、多面的にとらえないと本質は見えてこない。しかし、そういった意見は「分かりにくい」ので、テレビの前の視聴者にはあまり受けがよくないのだろう(もしくは、マスコミが「受けがよくない」と考えているのだろう)。
 こうして、テレビでは「分かりやすい意見」が多数派として流され、視聴者もそれをあたかも自分自身の意見であるように思い込む。
 「分かりやすい意見に迎合する人」というのは、言い換えると、「自分で考えず、大多数の意見に流される人」とも言えるだろう。こういう人が大多数であれば、社会は経済的に潤いやすい。流行に流され、皆が持っている物だから、皆が見ている番組だから、と消費に積極的になってくれれば経済は潤うのだ。大多数の人が、「物事を考えない人」になる社会は、言い換えれば、幼稚化した社会だ。
 自律した大人は、「自分で考える力」「孤独に耐える力」を持つ。物事を多面的に見て、自分なりに考え、自分の意見として表明することができるが、幼稚化した社会ではそのような大人が少なくなってしまった。年齢だけを重ねた大人が、物事を一方向だけ見て(見せられて)、「白だ」「黒だ」と大騒ぎする。そして、自分の意見が周囲と同じであることに安心を覚える。
 周囲と違う意見でも「自分はこう考える」と表明できる自身の軸がなく、周囲の人間も違う意見には耳を貸さない。また耳を貸さないどころか、大多数の意見に反した少数意見については、「そんな意見は間違っている」と過剰なバッシングを浴びせることもある。こうして、社会にはわかりやすい意見だけが通り、それに迎合する幼稚化した大人が増加していくのだ。


 「無責任な人」は生まれるべくして生まれている

 モラルの低いモンスター社員の特徴の1つに「無責任さ」があげられるだろう。無責任な人は、自分本位であったり、依存心が強かったり、臆病であったりと、他人の気持ちを量れない言動がうかがえる。無責任さを生む背景はいろいろとあるだろうが、環境要因が大きく影響しているように思う。
 子供を甘やかす親のもとで育った人は、自分がしなくても、誰かがやってくれる、誰かが何とかしてくれるという依存心が強くなる傾向はあるだろう。子供の頃から、自分自身の責任で物事を完遂させなくても、親が何かにつけて手を出してしまう。そのような環境で育った場合、自分自身で最後まで物事に取り組むという経験が不足しているのかもしれない。
 失敗が許されない環境というのも、無責任さを生む要因になる。人は生きていく中で数々の失敗を経験するものだが、失敗についてひどく責められたりすると、失敗を恐れて行動しなくなる。自分が何かを行うことで責められるくらいなら、初めから何もしない、関わらないのが一番という思考になる。
 これは、社会人となってからの環境にも大きく影響を受けるだろう。筆者が見てきた企業でも、経営者や幹部社員が失敗に対して不寛容な企業は、社員も、挑戦したり、自ら責任をもって行動したりすることに対して臆病になる。万が一失敗した時に、ひどく責められたり、降格させられたり、場合によっては解雇される可能性を考え、あえて責任を取らないという選択をするのだ。本人の性質もあるが、環境によるものも大きいといえる。
 思考力が乏しく、他人の気持ちを量れない人も無責任になりがちだ。自分さえよければいい、という損得勘定で物事を判断するため、自分の得にならないことについては、一切関わらない。
 世間では、白か黒かの分かりやすい思考が求められると、判断基準が「損か得か」という自分本位なものになりがちだ。その中で、自分の得にはならないかもしれないが、皆のために、社会のために行動するということが、バカバカしく思われるのだ。
 モラルの低いモンスター社員は、時に「自分は損をしたくない」「責任を取りたくない」「自分がやらなくても誰かやるだろう」という無責任な行動をとる。そういった人を生み出している社会の構造的な問題もあるのだろう。  <引用ここまで>

 いかがでしょうか? 今回多くを語りませんが、
 私は学校教育の役割は、「子供を自律した人間→成熟した大人 に成長させること」と考えており、 
 自律した人間とは:物心両面で人に頼らず、思いやりとバイタリティーにあふれ、将来の目標をしっかり持ち、自らの責任において考え行動できる人と考えます。

 皆さんはどのようにお考えでしょうか?

旗振り役厚労省の「働き方改革」は進むのか?

 これまで何度も「教員働き方改革」については述べてきていますが、文科省の本気度がその成功のカギを握っているといっても過言ではないでしょう。
 そんな折本日のヤフーニュースに、厚労省の若い職員チームが働き方改革の緊急提言をまとめ、根本厚労相に提出したという記事が載っていました。まずはこちらを読んでみてください。☟

「人生の墓場に入ったとずっと思っている」。厚労省の職員や退職者の叫びと改革への動き


私もエリート官僚の忙しさ・残業の多さはある程度認識していましたが、これらのコメントを見る限りではまさに”ブラック職場”といえます。
 ただ、厚労省に限らず多くの省庁が似たような状況に置かれていると考えられますから、文科省でも過労死レベルの残業を続けている官僚の割合が結構高いのかもしれません。
 もしそうであるなら、文科官僚は毎日の長時間労働(残業)にどっぷりつかりすぎてしまうことで、「俺たちがこれだけ頑張っているんだから教員も時間を惜しまず頑張れよ!」という意識が根底にはあるのではないでしょうか。そうであるなら、冒頭の「本気度」は低いと考えられますから、形だけの掛け声や指針だけ提示して具体策は現場に丸投げするという、これまでのやり方の繰り返しになることを危惧せざるをえません。

 いずれにしましても、旗振り役である厚労省自身が「真の働き方改革」を進められなければ、民間や自治体等に働き方改革を訴えても説得力はありませんし、どこまで本気になれるのか疑わしいと思います。
 
 省庁内部を知らない外部の人間の浅知恵ではありますが、やはり日本は官僚組織そのものを一度解体し、まったく別の組織に造り替える必要があるのではないでしょうか?
 例えばアメリカのように政権・内閣が変わるたびに、その都度行政スタッフが採用されるシステムなら職員に適度な緊張感がうまれますし、慣例・セクショナリズム・省益(既得権益)といったことも起こりにくくなります。
 また、国家公務員のような恒久勤務とならなければ、東大・京大等の超エリートたちが安い公務員給料に甘んじながらも「自分が国を動かしている」というプライドを肥大化させたり、省益・出世を意識し残業をいとわず地位を築くことで後々天下りの恩恵(高額な給料・退職金)にあずかろうとするようなおかしな流れもなくなるはずです。

 やはり国の行政をあずかる官公庁から率先して働き方改革を実践すべきですし、それがどうにもできないほどブラックボックス化しているなら、一度解体して新たな組織として生まれ変わらせる大英断をしてもらいたいものだと思います。

富山県のサイクリング大会に参加しました!

 昨日から1泊で「富山あいのかぜジェントルライド(サイクリング大会)」に参加してきました。
 以前にも書きましたように、今シーズン私はまったくのトレーニング不足で、現状もほとんど変わっていません。真夏の暑さに負け日中自転車で長距離乗ることを避け、7.、8月はせいぜいママチャリを含め20キロ以下の走行を7,8回した程度です。つまりまともなロングライドは一回もしていないわけで、とても山岳グランフォント(上り下りの連続)など、脚がついていかなくなるのは目に見えていましたので、平坦が多く坂が少ないこのサイクリング大会を選んだのです。
 それでもある程度長い登り坂が2回あったのですが、予想通り登りのスピードが上がりません。ただ、コース難度からみても健脚(高速)ライダーの割合がそれほど高くないことと、以前ブログで紹介したように5月に購入した軽量のロードレーサーに乗ったこととで、全体の中ではやや早めのスピードで登ることができました。本当に自転車様様です、トレックありがとう!
 また、距離も100キロ(ロングライドは150~200キロも結構ある)で帰りがやや追い風となりましたので、練習不足の私でも体力を使い切らずにゴールすることができました。

 この「あいのかぜジェントルライド」は今年で3回目となりますが、過去2回の反省を生かし随所で改善がなされたようです。私は初参加で比較しようがありませんが、3か所のエイドステーションでの提供物がなかなか充実していました。バナナ、アイスクリーム、昆布おにぎり、鱒ずし、氷見うどん、牛筋の煮込み、鯛かまぼこなど、おなか一杯になりました。
 グルメや富山湾の景色を楽しむことができ、制限時間もかなり余裕がありますので、初級ライダーの方にもおすすめの大会ではないでしょうか。
※載せられそうな写真がありましたら2,3日中にアップいたします。

 さて、最後に自己反省ですが、毎日の練習を復活させウエートも3,4キロ落とさないと、ヒルクライムやグランフォントで満足のいく結果は残せないとあらためて自覚しました。
 「言うは易し行うは難し」ですが、将来自転車日本一周を達成するためにも、もう一度身体を作り直そうと真剣に決意する日となりました。
(ここまで書いてしまったら、頑張るしかないか…、すでにかなりプレッシャーがかかっています(笑))

今回は私の趣味にお付き合いいただきありがとうございました!

千葉県に講演に行ってきました

 今日は千葉県南部安房地区の小中学校教員対象の講演に行ってきました。
 あいにくの天気でしたが行きの交通はスムーズでして、東京駅から高速バスに乗ったのですが、途中渋滞もなくなんと予定時刻より15分も早く館山駅についたのです。房総半島の南端に近いところまで所要時間は1時間40分でしたから、渋滞さえなければ電車を乗り継いでいくより早いと思います。

 さて今回の講演テーマは「真の教員働き方改革実現に向けて」なのですが、アゴラ‐言論プラットフォーム‐に投稿した記事を基に、このテーマを講演題目に加えたところ、早速読んでいただいたのか講演を依頼してくださったのです。

 今回は30~40人ほどのこじんまりとした講演会でしたが、本当に皆さん熱心に聞いてくださりました。
 私は著名人ではありませんが、逆に言えば文科省をはじめ何かの権益・組織にとらわれることもないフリーな人間です。これまでもまたこれからもブレない学校現場目線で、先生方の日常の業務に役立つような話ができればと思っています。

 今や書籍でも講演でも、テレビなどで顔の売れている著名人が重宝される時代です。教育関係での講演においても、方法論・理論の専門家の方のお話には納得させられることも多いのですが、やはり学校現場の特に若い先生方が欲していることは、すぐにその場で実践できる、また役立つ具体的指導法や問題解決のヒントではないかと思うのです。
 教育界において、授業等の教授法や教育相談関係の専門家の方はたくさんいらっしゃいますが、実体験をもとに生徒指導実践や保護者対応のノウハウを伝える講師は意外と少ないようなのです。
 現役教師なら生徒指導・保護者対応のスペシャリストは全国いたるところにいらっしゃると思いますが、過酷な勤務状況下では自分の学校や地区内で対応するのが精いっぱい(私も現役時代そうでした)で、広く全国的にノウハウを伝えられるような余裕がないと思われます。
 ですから生徒指導・保護者対応経験豊富な先生方には定年退職し時間や心の余裕が生まれたところで、私のように実践のノウハウをできるだけ多くの先生方に語り継いでいってほしいと思っています。

 今回安房地区の先生方の前向きな姿勢を目の当たりにすることで、今後も講演・執筆活動を続けていく励みをいただいたような気がします。
 少しでも教員が元気に仕事にまい進できるように、微力ながらサポート活動を続けてまいります。

定年退職後の同窓会への参加について

 ネット記事を見ていましたら、ヤフーニュースに上記タイトルを話題にした記事が載っていました。
 私もまさしく当事者なのでさっそく読んでみました。
 ちょっと長いですが記事はこちらです。☟

勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」


 定年後の同窓会への参加の有無や参加理由はまさに人それぞれだと思いますので、どの接し方が良いなどと軽々しくは言えませんが、私と同年代の男性はやはり仕事中心の人生だった方が多いように思います。
 河合氏が述べられているように、異業種で遠方に居住していて本心から気が合う同級生がいれば、老後の人生も楽しいだろうといわれることには同感です。

 私は運のいい人間だなあと思うのは、高校3年時の同級生仲間6人全員が地元県西部の住んでいるため、年に2回ほどの定期的飲み会で顔を合わせられることです。実はその常任幹事は私なのですが(笑)。
 6人のうち4人が教員で1人が公務員と職業は偏っているのですが、これはたまたまの結果で誰も仲間の影響を受けたわけではありません。
 また面白いもので教員の4人は、教師としてのスタイルや信条・生き方が皆それぞれ違うのです。若いころ(30~40代)は飲み会で時々ボルテージが上がり激論になったこともありましたが、年齢とともに生き方は人それぞれだと受け入れられるようになり、現在は適度な距離を保ちながら懇親会や旅行を楽しんでいます。
 また私の大学時代の友人は部活(野球)関係が中心ですが、教員は一人だけでほとんどが民間企業で多くが首都圏に住んでいますから、まさに河合氏の述べた条件にぴったり当てはまります。こちらは毎年というわけにはいきませんが2年に一度くらいは私が上京して顔を合わせています。
 
 というわけで、今後も体の動く限り昔話に花を咲かせながら同級生談義を楽しみたいと思います。 

妻への感謝を込めた小旅行

 8月20~21日、一泊二日で妻と小旅行に出かけてきました。
 今回の行程は、大塚美術館…鳴門公園→有馬温泉(泊)→六甲山ドライブウエイ→宇治平等院→信楽町→上野城→帰宅でした。
 妻が一度大塚美術館に行ってみたいというので、そこをメインに私が一泊2日の旅行行程を考えたのです。

 一言コメントを書かせていただきます。
 大塚美術館はさすがに広く、すべて複製とはいいうものの外国の名作がずらり揃っており、特に西洋美術やキリスト教に興味関心の強い方にはたまらないと思います。私たちはところどころ端折りましたが、それでも見学に2時間以上かかりました。

 鳴門公園は妻が一番喜んだところで、高速道路の橋の脇に作られた歩道を渦潮の真上まで歩いていける(数百メートル)ようになっているのですが、船ほど間近ではないものの渦潮の光景はなかなかの迫力でした。
 
 有馬温泉は私は2回目でしたが、今回は自前の温泉がでるホテルでして、あの鉄分を含んだ赤茶けた温泉のインパクトはなかなかであり3種類の湯を楽しみました。ただ夕食はバイキング形式のため、特に若者やファミリーに喜ばれると思います。

 六甲山は平日ということもあり閑散としていましたが、とにかく道が狭くカーブが多いので運転に自信のない方はやめた方がいいと思います。今朝神戸は曇り空でしたので六甲ガーデンテラスからの絶景もほとんど見られず残念でした。

 宇治平等院は私は2回目でしたが、前回(12,3年前)より外観がきれいに整えられていました。ただ個人的には以前の地味ながら歴史の重みのある作りが好きでしたが…。それでも宝物殿の国宝級の展示物はさすがに見ごたえがありました。
 また余談ですが、一級の観光地には本当に中国人観光客が多いです。あちらこちらから中国語がよく聞こえました。

 信楽はタヌキの陶芸で有名ですが今日(平日)は閑散としていました。やはり窯元の見学・体験実習をあらかじめ計画してから訪れた方がよさそうです。実はある販売店で器を買おうとしたところ、広い店内従業員が誰一人いないのです。しかも数か所の入り口は開けっ放し状態なのです。決めつけてはいけませんが、信楽にはまだ某国観光客がほとんど進出していないことを思わせるようなのどかさでした。
 直接信楽焼とは関係ないことでは、昼食をとったお店のうどんがおいしくボリュームもあったことに感激したのですが、二人とも先に写真を撮らなかったことを後悔しました。

 上野城は規模は小さいのですが、天守閣から四方を見下ろせる絶景と高石垣が売りです。今回残念だったのは事故防止のためか改修工事のためかわかりませんが、崖縁から一定の距離まで立ち入り禁止となっており、名物の高石垣の全景を妻に見せられなかったことが残念です。

 以上簡単な感想を書かせてもらいましたが、妻とは年に2回ほど旅行に出かけています。私から提案することもありますが、できるだけ妻の要望を聞きながら計画を立てるようにしています。

 これまで特に公立高校時代、妻には本当に数えきれないほどの心配・迷惑をかけてきました。私が我が道を突き進み退職まで教師人生を過ごせたのは間違いなく妻あってのことなのです。
 超教育困難校時代をはじめ、身の危険を感じたり職を賭したりするようなことも何度かありましたが、妻から仕事上の愚痴や不満はこれまで一度も聞いたことがないのです。

 妻の協力・理解がなければ、私は間違いなく思いを成し遂げることも心身健康で過ごすこともできなかったと思います。
 そんなわけですから、私は残りの人生妻に恩返しをしていく思いが強いのです。

 ちょっとかっこいいような話になってしまいましたが、最近妻にも面と向かって話していますし100%正直な気持ちです。皆さんも人生の良きパートナーに恵まれるとよいですね。
 
 

「教員働き方改革」シリーズ3

 前回は著書「残業学」の感想を交え、「教員働き方改革」がなぜ民間企業より難しいのかについて述べました。
 その中で特に給特法が大きな阻害要因になっていることにも触れました。
 今一度給特法の問題点を整理しますと、
1.もともと教師の仕事は明確な終わりがなく、サービス残業が常態化しやすい。
2.給特法で残業手当を支給しないのをよいことに、文科省も教育委員会も教師のサービス残業に目をつむりがちである
3.1..2の結果と学校への要求のエスカレートで、できる責任感の強い教師に過度に仕事が集中している
4.3の一方で、+4%をもらいながら大した仕事をしない教師が一部存在するが、民間のような減給・降格・左遷はできない
5.部活指導が正式な業務か否かあいまいのまま、半ばボランティア化している
6.上記2~5を文科省等は長年放置してきたため、残業を認めた場合膨大な残業時間に見合う手当分の財源が確保できない
 などとなるでしょう。

 今回教員の仕事の明確化(逆に言えばしていけない仕事の明確化)案提示は次回以降とさせていただき、給特法にどうメスを入れたらよいか? に絞らせていただきます。

 上記の弊害からもわかりますように、私は給特法を廃止すべきと考えますが、それに伴う様々な問題が生じることも事実です。
今回たたき台として一例を提示しますので、特に同業者の方、教育界に関わり合いのある方は一緒に考えていただければありがたいです。
[和田の考え方]
ア.給特法を廃止すれば残業代を支給しなければならないため、無駄な残業のチェックが厳しくなり退勤時間が徹底される
 (*ただし教員の業務の明確化・精選が先に行われていなければ、反動で自宅持帰りの仕事が増える危険性あり)
イ.給特法を廃止する代わりに「職務給(加点方式)」を導入する
 理由:これまでの罰や制約などの「減点方式」では特にまじめな教員のモチベーション・仕事効率が低下するため
 具体例:基本給の実質ベースダウン(給特法の4%分マイナス)分を、各職務(担任、部活制顧問、主任、各委員長等)ごとに職務給を支給する(例えば1人3つまで)。また上記アのように残業はできるだけ減らしたうえで残業代の財源も確保する。そして部活動については勤務日振替えを基本とする(詳細は後日)。

※ 金銭目当てで職務を引き受けようとするマイナス面よりも、同じ給料の下で楽をしていた教員と精力的に働いていた教員の仕事(量)の偏りが、明確な職務の割り振りで是正されるプラス面の方が大きいはずです。
 
 それでも平日の残業代や部活動の振替休日完全実施のための教員確保にかかる人件費の増加は避けられませんが、教員の給与ベースが下がることで世間の抵抗は少ないのではないでしょうか?

 まだまだ越えなければならない関門はたくさんあります。給特法の廃止と並行して教員の正式業務(仕事の範囲)そのものも減らしていかなければ、勤務実態は改善されません。
 いずれにしても多くの方が前向きなアイデアを出し合う形で「働き方改革」に粘り強く取り組んでいきたいところです。





「教員働き方改革」シリーズ2

 前回に引き続き「教員働き方改革」シリーズです。
 今回は前回ちょっと紹介した、中原淳+パーソル総合研究所著の「残業学」(光文社新書)を読み終えましたので、特に「教員働き方改革」に関係するような点をピックアップして紹介したいと思います。

 全体的にはデータ・エビデンスをもとに説明しているので客観的で説得力もあり、なかなか読みごたえがありました。
 また、私が思っていた以上に教員の職場環境・勤務状況は、日本社会全体の典型的な労働環境と類似していることがわかりました。その例の主なものを挙げてみますと、

1.欧米のジョブ型(まず仕事ありきで人がつく)と違い、日本はメンバーシップ型(先に採用した人に仕事を割り振る)である
2.残業は仕事ができる人に集中する(短期的成果を求めるため、上司は優秀な部下に優先して仕事を割り振る
3.施策の形骸化(ゾンビ化)(あれこれ新しい改革を実施するが、効果がない施策も廃止されないで残る)
4.経営陣(文科省と置き換えてみる)の中央集権的一方的な告知のみで改革や人事・異動が行われる
5.長時間労働により「越境学習=職場外での学び」の機会が喪失する
6.日本型職能給は業務の範囲が不明確→他人の仕事・作られる仕事をこなすなどいつまでも終わらない
7.長い残業時間は職場の雰囲気や人間関係の要因も大きいため、個人の努力での短縮は難しい

などが書かれていました。
 どうですか? 特に下線部など、まさに学校現場にぴったり当てはまりませんか?
 つまり職務内容はともかく、教員の職場環境は民間企業とほとんど変わりがない日本社会では極めてスタンダードなものだということです。
 では民間企業とどこが違うのでしょうか? 教員の平均的な勤務状況(残業時間等)よりもっと過酷な労働条件に置かれている業種もあるでしょうが、一般的にみて教員の「働き方改革」が民間より難しい要因を3つほど上げることができます。

1.給特法により残業手当が一切支給されないこと→サービス残業の肥大化(部活動指導や平日超過勤務等)、できる教員への過度な仕事の集中
2.特に公立学校は文科省頂点の中央集権教育行政(上意下達)により、学校独自の自由な改革が難しい
3.「子供のために」が足かせとなり、教員側の都合で働き方改革(業務の精選・範囲の明確化等)を行いにくい

 この中でも制度改革で特に重要なのが給特法です。民間の働き方改革なら今まで支給していた残業代を減らすわけですからその財源を賃金アップ等に振り向けることが可能ですが、教員の場合これまで残業手当がもともと一切なかった(祝休日もわずかな特殊勤務手当のみ)わけですから、給特法を廃止した場合たとえ残業時間をかなり制限したとしても、部活動を含めかなりの残業代の財源確保をしなくてはなりません。
 さて、この難題をどう克服したらよいか…。パーフェクトな案などありませんが、次回はこの給特法関連にスポットを当て、私案も含めて述べたいと思います。
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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