「掛川教育フェス2019」の紹介

 今日は趣向を変えて、教員仲間の活動の宣伝をさせていただきます。
 私は六十代という年齢で間もなく「老年人口」の仲間入りをする人間です。年とともに物忘れが多くなりまして、知人・有名人の名前が思い出せない、授業で教えている生徒の名前をなかなか覚えられないなど苦しんでいます。本当に年は取りたくないものですね。
 記憶力、計算力、体力などが落ちてくるのは、おそらく誰もが経験する年相応の現象でしょうから、失敗やミスを恐れがちになり、なかなか新しいことに挑戦できなくなるかもしれません。
 しかし、人間というものは老衰等で死に直面するような状況でもない限り、限界の見えない底知れぬ能力や適応力を発揮できる生き物かもしれないのです。
 
 それは口幅ったいようですが、私自身が現在実感していることだからでもあるのです。すでに公立高校を退職した身であり、「これからはのんびり余生を!」とも思いたくなるのですが、たまたまの偶然もあって私は退職後新しい分野に挑戦しています。
 1つは退職後初めて中学生の部活指導をしていることです。高校生と違ってまだまだ個が確立できない年齢であり、繰り返す粘り強い指導の必要性を教えてみて実感したのでした。
 2つ目は、皆さんご存じの通り執筆・講演活動を始めたことです。まったく経験・実績がなく業界に知り合いもいない中で、一人で無鉄砲に挑戦したにもかかわらず、夢・願いをよくここまで実現できたものだと自分でも信じられない思いです。
 3つ目は新たな技術の習得です。といってもこれは若い方から見ればすぐにできてしまうことですが、授業で初めてipadを活用した授業に取り組んだことや、ブログやホームページを開設したことです。私のような年配者は技術・知識がないので、マスターするのに時間がかかってしまうため、途中であきらめてしまう人も多いのではないでしょうか。
 私はどちらかといえば大雑把な性格なのですが、目標が定まるとがぜんやる気を出し突き進むタイプのようです。HP についても業者に頼むのは簡単でしたが、何十万もの費用をかけるのは抵抗がありましたし、全部人任せでは自分の思い入れも足りないでしょう。
 そこで既成のテンプレートを選んで自分で文字を打ち込み編集も自分でできるタイプHPを探しまくり、ついに見つけたのです。実は値段もびっくりするような格安(開設制作費用が5万円以下で、年間の維持費もわずか5千円)です。もし私のホームページ(5ページ分)をご覧になって、それなら自分も作りたいという方がいたらお教えします。

 話が自分のことばかりになってしまいました。
 実は私の勤務校で昨年まで講師をされていた若い先生が、新規採用で掛川西高校に赴任したのですが、そこで熱心にIT 教育に取り組まれているK先生が中心となってタイトルの「掛川教育フェスタ2019」を企画されているのです。
 ちょうどこの掛川フェスに興味を持たれている先生のブログを発見したので、今回はそれを転用紹介させていただきます。

再び掛川へ……


 大変熱心な先生とお聞きしたのですが、私はフェイスブックでつながりを持つことができました。まだお会いしたことはなかったのですが、8月末の懇談会で顔を合わせることとなり、大変楽しみにしております。
 若い方はもちろん参考になると思いますが、年配の方でもフェスタに行ったことで新しいことに興味がわき、私のようにチャレンジ精神が掻き立てられるかもしれませんよ。
 ぜひ足を運べられる方は参加してみてください。

学校(教員)のブラック化を防ぐためには

 伸ばし伸ばしになってしまいましたが、学校の勤務条件を改善する(ブラック化を防ぐ)ためには、どこをどうしたらよいか、和田の私案を述べていきたいと思います。
 以前取り上げた記事では、授業のコマ数を減らすこと≒教員数を増やすこと、給料を上げることなどが書かれていました。
 しかしながら省庁の中でもさほどランクの高くない文科省は、財務省から予算をたくさんとる力はありませんので、短期間で給料が一気に上がることは期待できないと考えます。
 
 ですから以前にも書きましたように、私はまず1つ目に教員の正式な職務の明確化と、合わせて教員がしてはいけない仕事の世間への周知を徹底すべきだと考えます。
 極端に言えば、「学校外で児童生徒に関わる仕事(例えば万引きなどの引き取り、補導巡回指導、近隣の苦情対応、交通指導、高校のアルバイト指導など)や、校内でも直接児童生徒に関係のない仕事(文科省や教委の調査、学校訪問対応、単純な事務処理等)はしなくてもよい! 」くらいに徹底しない限り、しばらくすれば仕事の範囲があいまいになり、特に責任感の強い教師がまた奉仕的に抱えてしまうのは目に見えているからです。
 すでに時間外(例えば午後5時以降)の電話取次を廃止した地区も各地で増えてきていますが、これも全国に浸透させたいところです。
 一言で言うなら、教員の仕事を学校内(校外引率時も含む)で子供のために直接行う仕事(授業、HR活動、生活指導、授業研究・教材準備、教育相談等)に限定しようということです。

 2つ目に加点方式で給与・手当の体系を作ってはどうかということです。
 これまで教員は不祥事等何かあるごとに批判され、勤務条件や罰則が厳しくなる流れになっています。しかし締め付けが厳しくなれば真面目な教員ほど委縮してモチベーションも下がったり、仕事配分のアンバランスも生まれたりしやすくなります。
 そこで、基本給は抑え気味(場合によってはベースダウン)になってもやむを得ないから、役職、職務を引き受けるごとにある程度(1万単位か?)手当をつけていくのです。例えば担任、運動部正顧問、、教科主任、IT研究委員長などそれぞれにある程度の手当をつけるのです。
 もちろん金目当てで仕事をする教員が多くなるとか、能力がないのに仕事を引き受けたため子供や学校にマイナスになることもあるでしょう。しかし明確に手当を出しているわけですから、それに見合った仕事ができなければ翌年解任すればいいですし、たとえお金のために頑張る教員が何割かいても、その意欲が多少は子供や学校のためになるプラス面と、給料が同じであるため、ずるく楽をする教員が増え、責任感のあるまじめな教員が疲弊し体を壊し、学校や子供に悪影響を及ぼすマイナス面を天秤にかければ、まだまだ細部で改良の余地はあるにせよ、「給与・手当加点方式」を導入する価値はあると思うのです。
 しかも、授業以外ほとんど職務のない教員の給与ベースが下がれば、プラスマイナスで人件費総額を極端に増やさなくても実現できる可能性があります。

 そして3点目は、できる限り祝休日の勤務日振り替えを行えるように教員数を確保することです。ストレートに給与を上げるのは、財務省だけでなく、今のご時世国民の厳しい目もありなかなか難しいものがあります。
 しかし、現在注目されている部活指導の問題が、喫緊の課題であることは多くの国民も理解するようになっています。大きなネックは部活を正式な職務とした場合、膨大な残業時間に見合う賃金を到底国・自治体が払えないという実態です。
 そこで部活顧問の処遇改善は、手当ではなく勤務日の振り替えによって残業時間を減らすことで行おうというものです。これなら文科省も国民も表立って批判できないでしょう。
 上記2つ目のように、給与ベースは多少下げてもやむを得ないから、勤務日振替完全達成に向け教員数を確保するために人件費をつぎ込んでほしいといえば、実現の可能性は出てくるのではないでしょうか?
 そして各学校の教員数が増えれば、運動部顧問が平日に休むことが可能になるばかりでなく、前の記事にあった一人当たりの授業のコマ数を減らすことにもつながると思います。

 あくまで私の思い付きのような案ですので、「そんなに簡単にいくものではない! 」「給与を減らすなど妥協するとは何事か! 」とかいう批判のある方もいるでしょうが、少しでも教員の勤務条件改善のための参考になれば幸いです。

大船渡高校 佐々木投手の起用法に賛否両論!

 最初にお詫びです。
昨日のブログで、本日は「教員の過酷な勤務の改善策・アイディア」について書くといいましたが、今朝の新聞で今話題になっている岩手県大船渡高校佐々木投手の起用法についての記事が載っていただけでなく、各情報番組でもコメンテーターがそれぞれ持論を述べるなど、高校野球のあり方にまで及ぶ事態となっていたのです。
 私は二流選手二流監督でしたが、実は自身の監督時代、投手の起用法で苦しんだ経験があります。そこでタイミング的にもタイムリーな話題でもありますので、急遽変更してとり上げることにしたのです。
 今朝記事を見て思いついたことで申し訳ありませんが、私の発言撤回についてご容赦いただければ幸いです。

 さて、佐々木投手の起用法については、各人の経験や立場(選手、監督、保護者、市民)によって、賛否両論様々な意見があることは当然だと思います。
 ですから、身分を明らかにして人権侵害や名誉棄損に当たらない形で発言するのは問題ないでしょうが、学校や県高野連に抗議の電話をかけたりFAXを送りつけたりする行為をするのはどうかと思います。

 私自身の感想としては、大船渡高校監督の選手をつぶさない起用法についてはおおむね同意できますし、間違いなく世間の大きな批判を覚悟したうえでの起用法だったと思いますので、選手・コーチ以外がとやかく言うことではないでしょう。
 確かに決勝までの登板スケジュールや打者としての起用法について、もう少し工夫できる余地はなかったのか、という感想はありますが、いずれにしても結果論・感情論で語ることではないと思います。

 ここで私の実体験を2つお話しします。
 1つ目は30代で高校軟式野球の監督をしていた時のことです。高校軟式野球は参加校が少なく、当時東海4県で1校しか全国大会に出場できませんでした。静岡県は参加校が少ないこともあり、当時勤務校は毎年のように東海大会に出場していました。
 監督3年目、チームのエースは2年生の左投手でした。東海大会1回戦ではエースの好投もあり、岐阜県第一代表校を接戦の末破り準決勝に進出できたのです。
 ところがその夜、宿舎でエースから「左ひじが痛くて上がらない」と打ち明けられたのです。彼は寡黙で真面目、めったに弱音を吐かないタイプでしたので相当ひどい状態と直感しました。
 私はこの年全国大会出場をかけていましたが、もちろん選手たちも同じ気持ちだったと思います。しかし当時の高校軟式野球は過酷な日程で、なんと準決勝と決勝を1日でやらなければならなかったのです。
 私はしばらく考えました。エースに無理をさせたとえ準決勝に勝ったとしても、直後の決勝は絶対に投げられません。また準決勝投げさせることで肘が悪化し、彼の投手生命を奪ってしまうかもしれなかったのです。
 結局私は「全国大会出場が目標なのだから、準決で負けても決勝で負けても同じだ!」と考え、準決勝を3年生の控え投手(といっても元エース)に託したのです。そして肘の状態を見たうえではありますが、決勝をエースに託そうと考えたのです。
 エースはまだ前途ある2年生であり、ここでつぶしてしまいたくなかったのです。
 結果は1-2で負けでしたが、元エースの3年生が頑張り好試合を演出してくれたのには救われました。
 ただ、もしあの時勝っていたら、私は全国大会を優先し、決勝はエースを無理しても投げさせたのではないかと思っています。
 
 その後新チームでも彼はエースとして静岡県大会優勝に貢献しましたが、その年度末(3月)私は転勤となってしまいました。
 翌年度の夏、私と元キャプテンは全国大会をかけた東海大会準決勝の応援に行きました。試合は息詰まる投手戦となりましたが、外野手のほんのわずかなミスで1点を取られ、その年全国優勝した岐阜の中京商(現中京高校)に0-1で惜しくも敗れました。
 ただ、そのとき相手投手と堂々と投げ合うエースの姿を見て、「1年前彼に無理をさせなくてよかったのだ!」と自分に言い聞かせたような気がします。

 さてもう1つは管理職(教頭)時代、ひょんなことから定時制通信制軟式高校野球の監督になった時のことです。管理職の仕事もあり、長い時間練習の面倒は見れませんでしたが、私にとって恵まれていたのは前年全国優勝したメンバーが数名残っていたことです。
 エースは球威のある左腕投手でスタミナもあり、順当に県大会を勝ち抜き全国大会出場を決めることができました。
 ところが定時制チームの悲しさで、部員は全部で11名。しかも2名が全くの素人のため、勝負のかかった場面では使えません。結局全試合先発9名で交代なしに戦うことになりました。
 優勝までには5試合ありますので、私は点差が開いたらエースを少しでも休ませたいと思っていたのですが、筋書き通りにいかないのが野球です。
 1回戦は2-0、2回戦は一時7点つけたもののリリーフした投手が大量失点したためまた彼を戻す羽目になり、結局1イニングしか休ませられませんでした(確か11-9)。
 そしてなんと準々決勝と準決勝は1日で行う強行スケジュールだったのです。この準々決勝が0-0の投手戦となり、確か延長17回に1点取って勝ったと記憶しています。エースは200球以上を投げていましたが、この時は私に選択肢はありませんでした。ほかに投手がいないのです。彼がどう見ても投げられない状態でない限りエースに託すしかなかったのです。
 結局準決勝は打線がつながり強豪チームを7-3で振り切り決勝に進出できました。
 決勝も迷うことエースを先発。選手全員頑張りましたが延長3-4で力尽きました。
 目の前で胴上げを見させられる悔しさはありましたが、わずか11名(実質9名)で全国準優勝した選手たち(特に560球以上を投げ込んだエース)の頑張りは見事でした。
 結局この大会では、ほかに選択肢がなかったこと、失礼ながら選手の今後の野球人生をそれほど気遣う状況になかったことから、結果的にエースを5試合560球酷使させてしまいました。よく肩やひじを痛めなかったものだと思います。

 さて、私の2つの経験を述べましたが、皆さんはどのように感じられたでしょうか? 私自身、当時とった決断・采配が最善のものだったかどうかはわかりません。それほど監督の采配は正解のない中で暗中模索をしているのではないでしょうか?

今回は、高校野球だけでなく中体連・高体連の中高校生スポーツ大会の在り方そのものにまではとても踏み込めませんが、少なくとも生徒たちの健康や将来を考えるルールや大会運営を考えていく必要はあるでしょう。

時期外れの台風で予定が狂いました

 昨日はサイクリング大会参加のため長野県に出かけました。
 というのは簡単ですが、皆さんもご存じのとおり、まさかこの時に台風が南から中部地方を直撃してくるとは…。
 午後からの部活動を午後二時半で切り上げ、長野県茅野のホテルに向かったのですが、今回はシマノの大きな大会のため、中止等の情報も26日の午後3時にはWEBサイトに載せるということでした。
 私は台風の進路から見ても中止の公算が高いのではと思ったのですが、午後3時過ぎにサイトにアクセスしたところ、まだ情報が更新されていないので、しかたなく車で目的地に向かい始めました。途中3回ほど停車してWEB情報を確認したのですが、なかなか情報が更新されません。行程の半分くらい過ぎたところでやっと(午後4時半ころ)に、現時点で開催予定だということがわかりました。
 ところが私の参加するツーリング部門は、最終判断が当日(27日)の午前6時だというのです。あまり気のりはしませんでしたが、途中まで来てしまっていること、参加料は台風などの天災で中止になっても返却されないこと、宿泊のホテルに当日直前のキャンセルは迷惑をかけてしまうこと、などの理由でそのまま現地に向かったのです。
 午後6時20分頃ホテルに到着した時にはまだ雨が降っていなかったので、私はシャワーを浴びるやすぐに街に出て一杯飲みながら夕食をとりました。その後何度も天気予報を確認したのですが、時間経過とともに悪くなることは避けられない状況でした。
 
 そして27日6時前に起床したのですが、またしても6時になってもWEB情報は更新されません。
 開催場所はホテルから13キロほどのところでしたので、私はとりあえず会場に向かいました。ただその間にも雨が降りだしはじめ、私のモチベーションは限りなく低くなりました。
 そして私は会場到着前、車中で大会不参加を決めました。その理由は、
① 開始前からすでに雨が降っており、台風の影響でこの先悪くなることはあっても良くなることはないと判断できたこと。
② 順位を競うレースではなくサイクリングであり、雨霧のためコースでおすすめの絶景ももまず見られないこと

 なのですが、実はもう1つ、直接ではない不参加理由があったのです。
 ちょうど同時期に私は新しいタブレットパソコンをネットで注文しており、それが26日中には届くことになっていました。
 購入資金の限られる中、数日間コスパが高く(まずまずの性能)、軽くて携帯しやすいタブレットパソコンを探していたのですが、展示品でいいものを見つけ見事落札できたのです。しかも出品者が良い方で、すぐに発送してくださり26日中には届くという連絡が入ったのです。
 高価な商品であり自分自身で動作確認等してから商品受け取り連絡と評価をしなければならず、あまり待たせるのもよくないのではと気にかけながら出発したわけです。いや、本音を言いますと早くパソコンを見たい欲望の方が強かったといえます。
 そんなわけで現地の天候の状況から、景色も楽しめず事故や風邪をひくリスクもある雨中のサイクリングに参加するよりは、参加記念品だけもらい早く帰ってパソコンを見ることを優先したということです。
 
 そして今まさにブログを新しいタブレットパソコンで打っています。3年前の型ですが、国内メーカー、Windows10でオフィスH&B+365つき、キーボードを加えても800グラムを切る軽量で、1年近くの保証も残っています。この商品を発売当時の定価の約3分の1で購入できたのは大変ラッキーだと思うのです(すみませんがさすがに購入金額は明かせません)。
 これなら無線ランを使える環境さえあれば、旅先で原稿やブログ制作も容易になります。なんとか数年間は大事に使いたいと思っています。

※ 前回の教員の残業時間等の問題改善策について、すぐ書けずに申し訳ありませんが、明日のブログで取り上げますのでご容赦ください。

「ブラック職場としての学校」の記事を読んで

 すでに私はブログで何度か「教員の働き方改革」について書いていますが、本日のヤフーニュースに、教員が過労死ラインを上回る残業をしてしまう理由について取り上げた記事がありましたので、まずはその記事をご覧ください。

“どこにでもいる普通の先生”が過労死ラインを突破する根本原因とは 現役教師が語る「ブラック職場としての学校」


授業時間のコマ数について、おそらくほとんどの教師の方はうなずいたことでしょう。私は高校しか経験がなく、最初は中学の状況を知らなかったのですが、高校の週授業時間の15~18コマくらい(県によって多少差はあると思います)を当たり前だと思っていました。ところがある時生徒指導の関係で中学校の先生と話をしたら、週24、25コマもあるということを聞き、びっくりしたことを覚えています。
 しかも公立の小中学校は給食指導が入りますから昼休みは実質使えません。他にも中学校は生活指導・生徒指導にも手がかかりますし、放課後は部活指導が入りますから、部活が終わるまで授業研究や予習をする時間はほとんどないでしょう。
 一方高校は物理的な空き時間では確かに小中学校より恵まれていますが、地区や学校間の環境差が大きく、転勤するたびに未経験なことを0から始めなければならない仕事も結構あるのです。

 具体的に私の勤務した学校で説明しますと、実業高校勤務の時は仕事のかなりの部分を部活指導の時間に割いていて、土日も休まず、テスト前も練習し、平日は練習後8時過ぎに学校に戻って(校外で練習していたため)、翌日の授業の予習をするということもちょくちょくありました。
 次の進学校では補習、模擬テスト、添削、受験問題解き、進路指導に割く時間が多くを占め、採点マシンと化した自分がいました。
 ところがその次は超教育困難校となり、「センター試験て何? 」というような環境に激変し、毎日生徒指導に追われ、空き時間は事情聴取、謹慎指導、生徒課会議、警察周りに費やされることになりました。
 このように高校は高校でそれぞれ独自の問題を抱えているのです。

 確かに記事にあるように、教員の数を増やすこと、給料を上げることが大切なのは言うまでもありません。
 しかし記事に書かれていないこととして、特に高校では職場の教員の仕事量の偏りも大きな問題なのです。
 AさんはHR担任、運動部正顧問、生徒課(生徒会担当)、教科主任、進学補習担当、IT研究委員で毎日午後9時過ぎまで残業せざるを得ないのに、Bさんは学級副担任、文化部副顧問、校内で最も楽といわれる分掌(具体的に決めつけるのはまずいので)の仕事だけで、毎日のように定時(例えば午後4時50分)退室をしているという光景は、実は現実に結構あることなのです。
 外部の方から見れば「そんなにサボるやつはやめさせるか、減給にでもしろ!」と思うかもしれませんが、特に公立校は校長に人事権があるわけではありません。また「教員評価」を厳密にするといっても、人を教える仕事の評価は単純にはできません。まさか国立大に一人入れたら10点とか、生徒トラブルを1件解決したら5点とかするわけにもいきません。
 ですからいくら仕事に後ろ向きで最低限の仕事しかしない教員がいても、不法行為をしたり、具体的な行為で保護者から厳しく糾弾されたりでもしない限り、懲戒、左遷等はまず行えないのです。
 そんな中管理職からすると、進路や部活で学校実績を上げ、保護者の信頼を高め、学校内外の生徒指導・トラブルに対処するためには、信頼でき仕事のできる教師に頼むのが一番安心だし無難なのです。ですから真面目なやる気のある先生が仕事をいくつも掛け持ちするようになり、限界を超えるとバーンアウトしてしまうことになるのです。

外部の方は、このような学校の状況がわかっていただけたら、学校・教師の不祥事やいじめの問題、事故等が起こるたびに、学校・教師の責任を追及することで教師の勤務条件が厳しくなればなるほど、益々教員間格差が進み、やる気のある教員を追い込んでしまうことがお分かりいただけるのではないでしょうか。

 今回だいぶ長くなってしまいましたので、「じゃあ、どうすればよいのか? 」という対処法・改善策については、次回以降私案を述べさせていただきたいと思います。

環境省「土用のウナギ…」ツイート炎上に見る4つの疑問

 民放情報番組でも取り上げていたため、私は環境庁のツイート炎上を知ったのですが、この問題に限らずちょくちょくツイート炎上が話題になりますね。
 今回私は環境庁のツイート内容への賛否ではなく、「ツイート炎上」そのものの構造的な問題として記事を取り上げました。
 まずはブロゴスに掲載された記事を見てください。

環境省「土用のウナギはご予約を」ツイートに批判殺到、深刻な“食品ロス”伝わらず


 ここから先は私の個人的な感想・意見ですが、率直に言って環境庁のツイートが社会的に糾弾されるほどの内容とは思えません。
 今回の「炎上」について、私は大きく4つの疑問を抱きます。
 
① 国の公共機関(環境庁)が、閲覧者が簡単に投稿(批判)できるSNSであるツイッターを利用して公式発表していること
② 事件性がなく考え方が相違するような問題を、特に安全地帯(匿名等)にいる一般市民が個人的不満・批判を簡単に公的機関につぶやいたり、批判コメントをリツイートすること
③ ツイートが炎上する事態となると、この環境省のようにツイートを削除し、謝罪・釈明のコメントを掲載(発表)すること
④ 公的機関や社会的存在感のある組織(人物)のツイートが炎上すると、大手マスコミまでが「ツイート炎上」の事実をネット記事等に掲載すること

 補足しますと、
①なぜ格好の批判ターゲットとなりやすい公共機関が安易につぶやくのか
②なぜネット以外では批判されない立ち位置(匿名)にいながら、個人的な被害(財産や人権等)が生じていないのに公共機関を個人的見解で一方的に批判できるのか
③記事の内容自体には事実誤認や大きなミスがなく、実質的な損害も与えていないのに、ツイートが炎上した(多くの人間が批判した)ことによって、自分たちの非を認めるように一方的な削除をしてしまうのか。さらに言えば、「全閲覧数に対し何%(何件の絶対数)の批判ツイートがあったなら削除・釈明をする」など、客観的な判断基準を決めていないのか。
④私はこの環境省のツイート炎上をテレビを見るまで知らなかったが、マスコミは「ツイート炎上」を興味本位で取り上げてはいないか?  本当に国民の多くが批判しており特定の人間に実質的被害を与えているのか?  全国的ニュース等で取り上げるツイートなのか?  私のように国民の多くは大した問題ではないと思っていないか?

 ツイッターの構造的な問題も大きいとは思うのですが、さて皆さんはどのように考えますか?

講演用のレジュメ、パワーポイントが完成!

 昨日はブログを更新できませんでしたが、実は8月に講演するレジュメ・パワーポイントの作成に追われていたのです。
 久しぶりに睡眠3時間を経験しましたが、60代での睡眠不足は結構きついですね。夕食前、約束期限内に講演レジュメ等を添付ファイルで何とか送信できたのですが、食事後強烈な睡魔が襲い先ほどまで仮眠をとっていました。
 
 それでも私はこの歳になっても、新しいことへ挑戦する「フロンティア精神」をまだ持ち合わせているようです。
 昨年の夏までは、講演で内容を印刷したレジュメは配布していましたが、パワーポイントを使ったことはなかったのです。しかし、その前年の講演で、
「内容は非常に参考になったが、もう少し視覚に訴えるなど工夫してもらえるとなお良かった」
という感想が寄せられ、私の講演は昔ながらの時代遅れなやり方であるということが気になってはいたのです。
 そんなこともあり、ちょうど1年前に思い切ってパワーポイントを使ってみようと考えました。
 偶然なのですが、幸いにも私のパソコンはオフィスが搭載されており、パワーポイントも使えることに気づいたのです。
 
 しかし「パワーポイント」を触ったことすらなかった私は、最初は何から手を付けていいのかわかりませんでした。
 それでもあれこれ試行錯誤しているうちに、何とか文字を打ち込み一応作り上げることができました。

 ただ、まったくの自己流ですから、勤務校のパソコンに強い先生に文字の大きさ、配列、つなげ方などを修正してもらい、やっと体裁が整ったのです。
 そして昨年8月以降はすべてパワーポイントを使用して講演ができるようになりました。
 しかし、回数を重ね見慣れてきますと、自分の技術水準の低さが冷静に判断できるようになりました。

 欠点:① 1枚の文字数が多すぎるため、字が小さくなり見にくい
     ② 色文字、太文字、字体のアクセントが少なく、インパクトに欠ける
     ③ アニメーション機能(例えば一行ずつ出てくるなど)がなく、一枚一斉に文字が投影されるため画面に注目しにくい

 そこで新たにアニメーション機能を採り入れることにしたのです。幸い今年度職員室の隣と向かいの席が大学時代にアニメーション技術をマスターしている20代の若い講師の先生でしたので、早速指南を受けました。
 教えられるたびに「こんなことができるのか! 」と、まるで小学生のような新たな感動を覚えました。
 そして、先月(6月)に、アニメーション機能が加わりバージョンアップした和田の「講演用パワーポイント」が完成したのです。

 しかしながら、講演テーマは常に同じではありませんし、また新たに話してほしい要望等があったりしますので、その都度パワーポイントを作り直す必要が出てきます。
 今回は昨年度のテーマとほぼ同様でしたが、上記の欠点を補うため1枚1枚アレンジしていく必要があり、今日の午前3時半までかかってしまったのです。
 もちろん一番大事なことは、視聴者の方が講演を聞いてよかったと思えることですから、テクニックにこだわり過ぎて自己満足に陥ってしまわないように気をつけなくてはなりませんね。

 それにしましても、この歳になって新たなことに挑戦し新しい技術をマスターできたことはこの上ない喜びです。
 やはり若い人には同じ目線に立って新しい技術を謙虚に教えてもらうことですね。逆に私たちのような年配が実践経験を伝授するギブ&テイクの関係を作っていけば、職場も楽しいものになるのではないでしょうか。


東京都の高尾山に登ってきました

 昨日から妻と二人1泊で長男が住んでいる東京へ行ってきました。昨晩に息子のアパートまで自転車を送り届け、夜は宿泊したホテル近くの料理屋で久しぶりに3人で歓談しながら飲食することができました。
 今回は自転車を運ばなければならずホテルの距離を優先したため、宿泊したホテルのレビューが低いのはわかっていながらネット予約したのですが、実際設備的にちょっと?? という感じである意味評価通りでした(笑)。

 本日は、私がまだ訪れたことのなかった高尾山に登ることになり、3人で私の車に乗り8時ころホテルを後にしました。
 息子はすでにゴールデンウィークに登っていたので、多少ガイドをしてもらえる安心感もありました。
 現地には午前9時過ぎには着いたにもかかわらず、すでに安い駐車場は満車で案内されるままに高い駐車場に入るしかありませんでした。なんと1500円です。確かに半日がかりなので高めなのはわかりますが、地方ではありえない金額です。
 まあそれだけ、東京でも有数の観光地だということですね。
 それから、本格的な登山スタイルの人たちの多いこと、Tシャツ、ジーパンに運動靴というスタイルの私たちは圧倒されました。

 さて、どう登るかということになりましたが、息子のアドバイスもあり、中間地点まではケーブルカーで登ることにしました。私は最初から歩いてもよいかと思いましたが、妻もいましたしかなり急こう配の箇所があるということなので、素直に従いました。
 実は結果的にそれが良かったのです。ケーブルカーの終点からの道でもそれほど傾斜はありませんでしたが、途中階段が何か所か出現し、距離もそこそこありました(休みながら45分ほど)ので、結構歩きがいがあったのです。
山頂の写真を掲載しますね。
高尾山頂
高尾山町の自動販売機
1枚目は私の写真です。
2枚目は好奇心旺盛な地理の教師にありがちな行動ですが、山頂の飲み物の値段がいくらか知りたかったのです。見にくいかもしれませんが、山頂のペットボトル(500ml)の値段は210円、ケーブルカー終点(中間点)で180円、ふもとの登山口で160円でした。
 その昔、富士山8合目の山小屋での飲み物の値段が定価の5倍だったことを考えれば、599mくらいではこの程度の値上がりということでしょうか。

 もう1枚下りは別のコースを降り途中通ったつり橋の写真です。何の変哲もありませんが、行きと違う登山道らしい土の小道でした。

高尾山のつり橋

 そしてケーブルカー終着駅のところからは、メインの1号道(舗装又は石畳)が歩きやすいと判断し降りたのですが、結構な急傾斜が何回もあり、ひざが笑いそうになりました。
 最初の話がここでつながるわけで、いくら舗装されているといってもこの傾斜道を2.5キロ登るのはかなり厳しいと実感しました。
 つまり、行きにケーブルカーを利用しなければ、3人そろってはとても山頂までは登れなかったのだろうということです。

 山を下り切ったところの食堂で食べたそばのおいしかったこと。
 かなり疲れましたが、わずか600mの山を、なぜ登山の服装をして登る人が多いのかがよくわかりました。

 ※最後にお詫びですが、私の技術がないせいで、今回写真の回転が何度やってもできませんでした。かなり見にくくなり申しわけ ありませんでした。



人との偶然な出会いを大切にしたい!

 昨夜は友人二人との飲み会でした。二人をAさん、Bさんとします。
 Aさんは私が15年ほど前勤務した高校のPTA会長さんです。
 縁とは不思議なもので、最初の出会いはまさに偶然のなせる業でした。PTA東海大会に出席する予定だった副校長が急に行けなくなったため、教頭の私が代わりにPTA会長さんに同行することになったのです。
 駅で待っている時、「いったいどんな方だろうか?」とあれこれ想像していましたが、実際に顔を合わせてみると穏やかで気さくな良い方でした。行き帰りの列車内でも野球の話で盛り上がり、地元駅に戻ってきたときにはすっかり打ち解けていました。
 その時、どちらからともなく「飲みに行きますか? 」と自然に意気投合したのです。
 その日は3次会? 4次会? まで楽しくはしごし、帰宅は午前様でした。
 それまでさすがに初対面の方と飲みに行き、午前様になったことはありませんでした。
 
 それからAさんとの関係は今に至るまで十数年ずっと続いています。Aさんと一緒に仕事をしたのは、おそらく年数回だけのわずかな時間であり、Aさんの仕事も自営業で教育関係ではありませんから、まさにプライベートで気が合った友人関係といえます。
 もし15年前副校長の代わりに東海大会に同行することがなかったら、学校で仕事の打ち合わせでの初顔合わせとなり、打ち解けた話もできず、このような関係は築けなかったかもしれないのです。

 もう1人のBさんは教員ですが、実は一度も同じ職場(学校)で働いたことがないのです。
 20年ほど前、私の勤務校で仲良くなった若手のC先生と飲みに行ったとき、紹介されたのがBさんとDさん(Bさんの同僚)でした。
それから時々4人で飲むようになったのですが、甲子園ツアーなどを企画してくれたCさんは3~4年後、結婚して恐妻家? となってしまい、全く遊びに参加できなくなりました。
 ところが直接の知合いであるCさんが抜けた後も、私とBさん、Dさんとの付き合いは続いているのです。

 これも不思議な縁ですよね。お互いの仕事ぶりは直接知らないのに、生徒指導等に関する考え方など妙に気が合うのです。
 そんなわけで、Cさんの企画で始まった甲子園ツアーもこれまでずっと続いています。
 今年もBさん、Dさんと1泊2日で出かけますが、Cさんをもう一度復活させたいと思う今日この頃です。
 
 今回はプライベートな話になってしまいましたが、私の座右の銘の1つでもある「人生とは人との偶然な出会いである」を象徴したエピソードを書かせていただきました。

参議院議員選挙投票日迫る!

 本題に入る前に、本日京都で何とも凄惨な放火事件が起こってしまいました。亡くなられた方が30名をこえ、事件の核心もわからないまま軽はずみに記事にするような状況ではありませんので、現時点でコメントは控えさせていただきます。
 不幸にして犠牲になられた方のご冥福をお祈りいたします。

 さて、タイトルの参議院議員選挙ですが、皆さん(18歳以上の方)は投票先を決められたでしょうか? 
 投票日に私は妻と一緒に東京の息子のところへ行くため、本日期日前投票を済ませてきました。
 正直どの政党に入れるべきか迷いました。ただ、私は一応教師ですので、公に特定政党の名前をあげて支持を表明するのは控えるべきだと思いますので、ここで政党の賛否は書きませんことをご理解ください。
 昨日1年生の現代社会の授業があり、彼らはまだ選挙権はないものの、この選挙のタイミングに合わせて「投票することの必要性」を短時間ですが話しました。

 今の国会での様子や議員の発言を聞いていると、どの政党・議員に限らず、正直政治を任せるのが心もとないばかりか、憤りを感じるケースすらあります。
 ですから「どうせ誰に入れても同じだ! 」「自分が投票してもしなくても政治や社会が変わるわけではない! 」という考えは、正直かなり当たっているでしょう。
 高校生を含む若者の投票率が低い理由は、上記のほかに「まだ社会に出ていないか出たばかりの半人前の人間が、国を動かす議員を選ぶことへのプレッシャーや恐れ」であったり、「社会常識がないのに誰をどの政党を選んでよいのかわからない」ことであったりするかもしれません。
 でも私は生徒達にはっきり言いました。
 「大人でも、真剣に誰(どの政党)を選ぶか、きちんと情報収集していない人は多く、意外と感覚的だったり人の影響を受けたりで投票する。また会社や団体に所属しているため否応なしに組織票で投票先が決まることも多々ある。」と。
 ですから若い人には「間違った人を選んだらどうしよう」というプレッシャーを感じることはなく、気楽に投票してほしいと思います。
 また、投票すること自体に意味があるのは、例えば自分の選んだ候補者が全く駄目議員だったらどうでしょう? おそらく「裏切られた! 」と怒りを感じると思います。その失敗が次の選挙で候補者を選ぶ目を養うのです。一方選んだ人が当選して活躍したら、それはそれで自分の1票の価値を感じることでしょう。
 逆に投票しなかった人は、政治・政治家に文句を言う資格がないのです。自分が権利を放棄しておいて、政治がひどくなったら文句を言っても信用されません。わからないなりに自分で考え権利を行使することが大事なのです。
 この政治参加が少しずつ政治意識を高め、ダメ政治・ダメ議員に任せるだけでは我慢できなくなり、草の根市民運動などで政治を変えていこうとするエネルギーにつながっていくのではないでしょうか。
 
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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