和歌山(3月)と宇都宮(4月)のサイクリングの写真をやっと掲載!

 少し前にサイクリング大会の写真を掲載すると言っておきながら、写真の容量が大きすぎて掲載できませんでした。
 実は10連休で長男が帰省したので、指南を受け写真の容量を下げて掲載することができるようになりました。

和歌山サイクリング3.23の2
和歌山サイクリング3.23の1

上の2枚の写真は3月23日、和歌山のサイクルフェスタに参加した時のものです。上の写真で私(左)と並んで写っているのがブログで紹介したサイクリング初参加の方です。
見てください。この太いタイヤのクロスバイク、運動靴、ビンディングなしのペダルで約100キロを完走したのです。坂でも最後の激坂までは私の後ろに遅れずついて走ったのです。
絶対に自転車の素質があると思いそんな話をしたところ、ついにロードバイクを購入したとのことです。
今度走るときは私が負けてしまうかもしれません(笑)。
次に関西方面のサイクリングで一緒に走るのが楽しみです。

宇都宮サイクリング4.14

この写真は4月14日に宇都宮のサイクルピクニック最長の100キロコースに参加した時の写真です。
実はこの撮影場所は、サイクルファンならだれもが知る、日本で毎年10月に行われる最高峰の自転車レース「ジャパンカップ」の公認コースの激坂を登り切った頂上なのです。写真ではわかりにくいかもしれませんが、バス停のような丸い掲示板に「ジャパンカップ頂上」との記載があります。
今のトレーニング不足の私は、一番軽いギアでやっと上ることができたのですが、この坂をツールドフランスの有名選手が、そして日本を代表する新城選手や別府選手が駆け上がったんだ、と想像するだけでうれしくなりました。
登り切った頂上で係員からもらった乾燥レモンのおいしかったこと。これだからサイクリングはやめられんません。

5月のグランフォントはさらにハードなコースになります。途中棄権しないようにある程度走り込みをして臨むつもりです。

最後にあとわずかで「平成」ともお別れですね。新しい「令和」の時代が、皆さんにとっても日本にとってもよい時代となりますように!

インドネシアが首都の移転を閣議決定!

 新聞各紙によりますと、インドネシア政府は29日、首都をジャカルタからジャワ島外に移転すると閣議決定したということです。

ジャカルタの交通渋滞による巨額の経済損失(2013年には約4400億円に達した)や、洪水被害を受けやすい点を問題視したようで、移転候補地はカリマンタン島が有力ということです。

新首都には国会や裁判所などの政治機能を移転し、ジャカルタにはインドネシア銀行をはじめ経済の中心地としての機能を維持する方針です。

確かにインドネシアは自然災害のリスクが大きい地域です。国土を火山帯・地震帯が通っており、スマトラ地震に代表される津波の被害も心配です。

従って沿岸部のジャカルタに国の中枢機能がほとんど集中しているのは、あまりにも災害発生時の被害リスクが大きいのです。

また交通渋滞による非効率化も長い目で見たら確かに経済的損失が大きくなりますし、環境汚染も心配です。
そんなことから一時的に莫大な移転費用が掛かるとしても、長い目で見たら国家・国民にとってはメリットが大きいのではないでしょうか。

さて、それではわが日本はどうでしょう? 東京はインドネシアのジャカルタと状況がかなり似ていませんか?
沖縄県と一部の政令指定都市を除き全国的に人口は減少しているのに、、東京を含む首都圏は増加を続けています。
いくら日本の建築技術・防災対策が進んでいるとはいえ、阪神淡路大震災級の東京直下型地震が発生した場合、東京の地形(湾奥に位置する低地)や、建物の密集度、人の混雑度から考えれば、津波・高潮による沿岸部の被害、地震による何割かの建物の崩壊や火災の発生、ライフラインの寸断による一部市民の孤立・難民化は避けられず、、政治機能、経済・交通機能がマヒしてしまう可能性があります。

やはりインドネシアと同様、日本も首都移転又は首都機能の分散を早急に進める必要があります。特に政府、国会、官庁、警察などは大災害発生時陣頭指揮をとらなければなりませんから、せめてまず政治機能だけでも内陸の安全でアクセスが良い場所に移転するべきではないでしょうか。
ただ、機能の分散は首都移転に限ったことではありません。長期的にはある程度人口分散を図りながらも、食料基地、製造工場地区、ハイテク研究開発区、文教地区、レジャー地区、資源・遺産保存地区などを、国土全体の中で計画的に配置・ゾーニングしていく必要があると私は考えます。

アゴラ  ―言論プラットフォーム― に記事が掲載されました

 本日(4月28日)、

アゴラ  ―言論プラットフォーム―

 に私の投稿がゲストブロガーのネット記事として掲載されました。
今までのブログ記事(教員の働き方関係)の要点をピックアップし、教育現場の人間としてどうしても伝えたいことをコンパクトにまとめた記事です。
 そのままアゴラから転載しましたので、改めて読んでいただければ幸いです。
 そして、多くの方に教師の仕事の現状を知っていただくことで、国民が立場を越えて少しでも教育環境がよくなるように協力し合えればよいと思っています。


真の教員働き方改革実現に向けて --- 和田 慎市
2019年04月28日 06:00

残業時間の上限を原則「月45時間、年360時間」以内と定めた文科省指針の順守に向け、中教審が公立校教員の長時間労働を是正する働き方改革を文部科学省に答申しました。

教育行政には実効性のある取り組みを要請し、タイムカードで勤務時間を客観的に把握し、業務削減につなげるべきことや、部活動についてはガイドラインに沿い、休養日を週2日以上設け、1日の活動時間を平日2時間、休日3時間程度に抑えることとしています。
さて、これで本当に教員の働き方改革は進むのでしょうか?
実は教師の仕事はどこまでやっても明確な終わりがないのです。クラスの児童生徒のために学級新聞を作成したり、発達障碍児のために独自の指導法を考えたりと、頼まれなくても自主的に取り組む仕事が多いからです。
従って現状のままタイムカードを導入しても、チェック後も残業することになるでしょうし、残業手当が無支給のままでは管理職や教委が実退室時間をチェックするとは限りません。
常葉大の調査によれば、静岡県内公立中学校の教員は「勤務時間外の仕事」を平均1日4時間(過労死ラインの月80時間)以上行っており、改革案と現実とのギャップが大きいことがわかります。
これほど残業をしながらも「仕事にやりがいがある」と答えた教員が93%、「授業が楽しい」が92%と極めて高いことから、勤務時間の長さが根本の問題ではないはずです。
ではなにが疲弊を感じる仕事かといえば、8割以上が「教委の計画訪問に対する指導案作成」「文科省(教委)からの調査」「保護者対応」をあげています。
働き方改革は制度・法を中心にした外部からの改革と、学校や教師の取組を中心とした内部からの改革がありますが、内部から働き方改革しようとしても対象となる仕事の多くが直接児童生徒に関わるだけに、子供のために時間を割くことを惜しまない教師集団が仕事を精選することはかなり難しいのです。
しかし答申は労働時間短縮の数値目標だけ決めて、どれ(どこ)を精選すべきかほとんど現場に丸投げしており、本来行うべき改革を意識的に避けているかのようです。まず先に学校の外から制度改革を実行しない限り内部からの改革が進むことはありません。
つまり教員の真の働き方改革の具体的方法は、まず「直接児童生徒に関わらない仕事」や、「教員がしなくてよい仕事」を具体的に指定し職務外と定め、そのことを他の法改正とともに全関係者に遵守させることです。
その上で子供のために働きすぎてしまう教員対策として、学区で校舎施錠時間を統一(例えば午後7時)し、それ以降は警備会社に任せるなどすればよいと思います。
そして外部からの制度改革は、上記を含めた次の①~③が大きな柱となります。
① 教員の正式な職務の明確化・法制化と国民への周知徹底
② 教職員給与特別措置法の廃止と平日等の残業手当支給
③ 部活動の職務への位置づけ(正式な校務か否か、校務なら残業代支給か勤務日振替を徹底)
①について、教員の職務から外してよいものとして、ア.学校外での生徒指導(巡回等)、イ.登下校時の交通指導、交通事故対応、ウ.外部からの苦情・クレーム対応、エ.全国・全県一律の調査や直接児童生徒に関わらない調査、(*オ.校務に位置づけない場合の部活指導)などが考えられます。
なおウについては学校内で電話や来訪者への対応が必要ですから、校舎内外警備や苦情対策(電話・訪問応対等)として、危機管理専門員(警察OB、退職教員、民間クレーム対応員など)を各学校に常駐させます。また外部からの電話にガイダンス機能をつけ、苦情などの場合は危機管理員につながるようにすれば教員が一切かかわることはありません。
職務範囲を明確にしたなら罰則規定も含め法律・条例に明記します。法制化の後文科省はマスコミに協力を仰ぎ、テレビ・ネット等を駆使して国民に教師の職務範囲を周知徹底します。こうすることで教員の実勤務時間削減は進むはずです。
②について、給特法の+4%支給をなくす代わりに残業代を支給すれば、無駄な残業代がでないように管理職・教委の勤務時間チェックや退室指導は進むでしょう(ただ①が進まなければ逆効果となることに注意)。
③は日本の学校教育の永遠のテーマでしょう。
理想は部活動を職務に位置づけ、平日だけでなく土日も正式な残業としてカウントすることですが、国・自治体の財政状況では莫大な残業代の支給は厳しいものがあります。では勤務の振替えはどうかといえば、平日の代休が急増するため大幅な増員をしなければ授業を行う教員数が足りません。やはりかなり増員分の人件費を確保する必要があります。
逆に校務ではないとするなら、部活指導する教員の身分と補償、中体連・高体連の大会を含めた運営の在り方など、抜本的なシステム改編が必要になります。
このように部活指導は一筋縄ではいかない難しい問題を内包しているのです。
それでも早いうちに①~③の制度改革を実施しなければ、教員の実質的勤務時間は減らないまま疲労感が増して学校はブラック化し、教員志望者は減っていくでしょう。
すでに教師バッシング→罰則強化・勤務の制約増→教採試験倍率の低下→教師の質の低下→不祥事・事故の増加→再び教師バッシング のデススパイラルが起こりつつあり、このままでは学校教育は崩壊してしまいます。
教師・学校に一方的に仕事や責任を押し付ける世の中の流れが変わらなければ、教育崩壊が日本の混迷を招き、結局そのツケは国民自身が払うことになるのです。
そうならないため、今こそ全国民が力を合わせて教育環境の改善に取組むべきではないでしょうか。

和田 慎市(わだ しんいち)私立高校講師


※ 意見が単なる批判・愚痴や言い訳に終わらないように、これからも和田流に前向きな提言を行っていきたいと思います。

動画拡散したイエローハットの元従業員が逮捕される

 今回のイエローハットの事件は、誰がやったか特定しやすい状況でしたし、実は発表当時に犯人は特定されていたようでもあるのです。
 私の住む静岡県内で起きたことや、火事にもなりそうな危険な行為だったこともあり、印象の強い事件ではありますが、私はちょっと違った角度からこの事件を分析したいと思います。

 疑問その1 
 この事件は昨年4月に起きたことです。それがなぜ今頃ニュースとなったのかといえば、先日(25日)にイエローハット側からの相談を受けて警察に捜査に着手したからです。
 ではなぜ1年もたってから会社側は警察に相談したのでしょうか? 私はまだその確たる情報を得ていませんのであくまでも推測ですが、犯人の従業員は動画投稿後会社を辞めており、ニュースになるような大きな被害には至らなかったため、会社は内々に済まそうと思ったのかもしれません。
 ところがその後も各地で次々とアルバイト従業員による職場での不適切行為動画が拡散され、「バイトテロ」ともいわれる一連の行為が多くの国民の関心を集める事態となりました。
 おそらくイエローハットの動画もネット民の間ではある程度知られていたはずで、市民や内外の関係者から会社に通告や突き上げがあったのではないでしょうか。
 結局会社としても動かなければならない状況に追い込まれ、警察に相談したのではないかと勘繰ってしまいます。

 疑問2
 今回のイエローハットの事件は、会社が一般市民に対して謝罪するような内容なのでしょうか? 買い物客は直接被害を受けていませんし、不潔に扱われた食材が食事として出される不安を客に与えたわけでもありません。せいぜい常連客が「そんな質の悪い店員を雇うな! 」というくらいでしょう。
 むしろ店舗が損害を被り、社会的信用失墜→顧客・売り上げの減少を招く被害を受けた会社側は、犯人に対して謝罪と賠償を公然と要求するのが筋ではないでしょうか。市民には常連客を中心にチラシやメールで誠意を示せば十分ではないかと思うのです。

 私なりに勘ぐれば、疑問1のように大事にしないため世間に公表を控えていた会社側の負い目があり、犯人に対しても今更思い出したように強い態度を表明できず、今回の謝罪につながったのではないかと思われます。

 犯人の行為はもちろん許されるものではありませんが、今回会社の対応のちぐはぐさと、連鎖反応を起こさせるようなマスコミの過熱報道についても問題があるのではないでしょうか。

今後新たな事実が出てくるのかどうかわかりませんが、推論を立てた以上動向には注意していたいと思います。

いよいよ10連休ですが…

 いよいよ史上初めての10連休が始まります。10連休のデメリットについてはすでに書きましたので、今回は連休の実際の過ごし方について思うままに書いてみます。

 当然年齢、職業、家族関係、友人関係、懐具合などによって、行動パターンは様々だと思います。
 一言でいえば国民の連休の過ごし方は、昔に比べ格段に選択肢が増えたと思います。

 たっぷり海外旅行に出かけられる方は、安全面だけは気を付け十分に楽しんできてください。また、国内旅行に出かける方は混雑・渋滞で心身の疲労をため込み過ぎないように、余裕をもった日程で帰宅されるとよいでしょう。

 個人営業やサービス業の方は休みがほとんどなく大変でしょうが、職場で協力しながら少しでも休みが均等にとれるようになるとよいと思います。
 中高校生はほとんど毎日部活の人も多いでしょうね。練習や試合の時間も増えますから体力の消耗は激くなります。当たり前のことですが食事と睡眠は必ずしっかりとってください。

 ちなみに私も連休中は遠出することがなく、7割がた部活動です。

 さて、それでは連休中特に予定がない人はどう過ごしたらよいのでしょうか?
 これまでお金がない一人暮らしの方は、スーパーマーケットでカップラーメンなどを買いだめし、テレビを見るぐらいしか過ごしようがなかったでしょう。

 しかし今なら、パソコンでユーチューブや映画を見たり、電子書籍を読んだり、ゲームをしたりして十分楽しむことができますし、SNS等で多方面の多くの人間とのやり取りや情報収集に精を出す人もいるでしょう。

 食べ物もネット注文で様々な食品の宅配が可能ですし、現金がなくてもカード払いで済ますことができます。
 近くの公園やスポーツ施設等、リーズナブルに遊べる場所も増えていますから、健康増進や家族サービスにもなるでしょう。

 つまり、病気や障害を抱えた独居老人や、テレビ・パソコン、預金・現金がほとんどない生活困窮者以外は、どうとでも過ごし方は見つかるものなのです。

 私が一番注意したいのは生活のリズム・習慣の乱れです。人間はそれぞれ自分の生活リズムを持っており、それを繰り返すことが心身の健康にもつながっています。連休中夜更かし・寝坊を繰り返していれば、連休明けすぐには自分のリズムが戻らず、長く体調不良が続くことにもなります。10日間ずっと乱れた生活を続けてしまうと、元に戻すのに1カ月以上かかってしまうかもしれません。

 ですから、学生も社会人も無理のない範囲で起床・就寝時間をほぼ一定に守り、三食きちんととる生活を続けることでしょう。

 勤務校の生徒達も、5月7日にはぜひ全員元気な姿を見せてほしいと思います。

「サリン」と書かれた段ボールが住宅街に放置

とんでもなく人騒がせな事件が宮崎市で起こりました。あの「オウム真理教地下鉄サリン事件」を連想させる事件です。
まずは朝日新聞の記事をそのまま掲載させていただきます。

「サリン」紙片貼られた段ボール、市道で回収 宮崎県警
2019年4月25日18時18分

 25日午前9時半ごろ、宮崎市花山手西1丁目の市道に不審な段ボールがあると、付近の住民から交番に通報があった。宮崎県警の機動隊が道路脇にあった段ボール1個(縦30センチ、横40センチ、高さ20センチ)の上部に「サリン」と書いた紙片が貼られているのを確認。午前11時半ごろ、回収した。安全な場所に運んで中身を確認すると、1枚の袋に透明で無臭の液体が入っていた。
 現場は住宅街で、回収までの約1時間半、住民には外出制限が呼びかけられた。宮崎南署によると、体調不良を訴える付近の住民はいないという。


(ここから和田の文)
 今のところ液体の成分が何かは調査中ではっきりしませんが、おそらく状況からして愉快犯ではないかと思われます。
 なぜなら実際に危害を加えるためなら、国民もよく知る危険物名の「サリン」をわざわざわかるように書かないでしょうし、住宅街の市道に「発見してください」とばかりに放置しないでしょう。
 あくまで予想ではありますが、平成史をテレビ等でみた犯人が「地下鉄サリン事件」を思い出し、世間の注目を集め警察や住民の驚く姿を見ようと仕組んだ可能性があるかもしれません。

 私はこの手の愉快犯には強い憤りを感じます。実は公立高校勤務時、私の勤務校のエリアではありませんでしたが、卒業式に襲撃する旨の脅迫メールを東部地区一帯に流すといういたずらがありました。

 学校がこういう脅しに弱いのは、「99,9%いたずらだろう」と思っても、何も対策をとらないでいてもし万が一本当に事が起こった時は、被害を防げなかったことで校長いや県教委は大バッシングを受け厳罰を受けることになるからです。
 ですから校舎に爆弾を仕掛けたといえば、授業は中止し生徒は直ちに帰宅させざるを得ませんし、この脅迫メールでも同時に何十か所も襲えるはずはないとわかっていても、万が一を考え結局卒業式の実施時間を急遽午後に繰り下げた学校が多かったのです。

 犯人はちょっとしたいたずらのつもりだったかもしれませんが、この脅迫メールにより、何十校もの生徒・保護者が精神的圧迫・恐怖を受けたこと、保護者の何割もが勤務先の休みを取り直したり、あるいは休みをとれずに卒業式に行けなかったりしたこと、学校は来賓者への連絡・対応に右往左往したことなど、被害は甚大だったのです。

今回の「サリン事件」でも、住民の受けた恐怖等の精神的被害、外出制限による仕事や会合等への影響、警察捜査員や薬物班の大量動員など、金額で計算するのは難しいですが、被害を受けた人数からして、犯人は億単位の賠償金支払いに相当するのではないでしょうか。
 ネット・SNS犯罪も悪質なものが多いですが、今回の事件はかつて全国民を恐怖の渦に巻き込んだ「サリン」を再び思いださせるという大きな精神的被害を与えました。しかるにこの犯人は早く逮捕され、その重い責任を取るべきでしょう。

※ 一応愉快犯の前提で書きましたが、もし万が一段ボールの中身が本当にサリンだった場合には、お詫びも含めて新たにコメントを書きたいと思います。

小出義雄監督(マラソン指導者)が逝去!

 本日ヤフーニュースの速報で、小出義雄監督の訃報が届きました。
 マラソンファンの私にとって小出監督は忘れることのできない方です。私があらためて説明するまでもなくオリンピックで連続メダルをとった有森選手、オリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子選手を育てた名将です。
 小出監督の指導を受ける前は無名に近い両選手が、世界的な大選手に成長したわけですから、その手腕は高く評価されるべきでしょう。
 今後様々なエピソードが語られるでしょうが、小出監督はその独特の個性・手法により、特に女子選手の素質を見抜き、モチベーションを高め、一流選手に育てることにたけていたのではないでしょうか。
 
 これまでの指導を見ていますと、小出氏は長らく企業・クラブチームの監督でありながら、テニスの契約個人コーチのような立ち位置で、企業チームの既成概念を打ち破るような手法で選手を伸ばしていった方のように思います。
 またマスコミを上手に利用する独特な対応もマラソン人気に一役買ったのではないでしょうか。
 改めてご冥福をお祈りしたいと思います。


 実はまったく別の話なのですが、独自の練習という点では共通点のある男子マラソンで日本記録を持つ大迫選手が、ほぼ時を同じくして、陸上日本選手権の推薦枠出場が認められなかったことに対し、日本陸連に苦言を呈するコメントを発表しました。

 大迫選手は日本の実業団を辞め、現在アメリカを本拠地に個人的に活動していますが、それは日本の企業チームの実態とも関連があると思います。
 日本は世界では類を見ない独特な「駅伝」という長距離リレー種目に相当力を入れています。箱根駅伝・実業団ニューイヤー駅伝をはじめ、駅伝への国民の注目度は極めて高く、テレビ視聴率も稼げることもあり、大学や実業団チームの取組にも大きな影響を与えているのです。

 このような状況から、結局チームが大学や企業に貢献するためには「駅伝」中心の練習にならざるを得ず、それがマラソン主体の選手の練習を制約することにつながりやすいのです。

 市民から見れば「長距離走でほとんど同じなのではないか」と思われがちですが、私レベルの人間から見ても距離の違いだけでなく、スピードの切り替え、相手チームとの駆け引き、チームの目標と選手個人の役割など、マラソンとはかなり異なります。
 極端に言えば、駅伝は個人を犠牲にしてもチームプレーで貢献しなければならず、自分のコンディションは二の次でオーバーペース→故障につながる危険も増します。
 大迫選手は自分というものを確立している選手であり、このような実態からマラソンをするためには日本の実業団から離れる必要性を感じたのだと思います。
 集団の和・協力を尊ぶ日本人から見れば一見勝手・わがままにも見える彼の言動ですが、実際の内容(文章)を見ても私個人としては彼のコメントを理解したいと思うのです。
 
 実は今回の陸連だけではなく、ボクシング、レスリング、アメフト、体操、相撲などなど、日本スポーツ界では特定のカリスマ的指導者や協会が絶大な権限を握り、その恩恵にあずかろうとする競技関係者・役員が周りを取り巻き、既得権益にあずかろうとする構図が目に浮かんでしまうのは私だけでしょうか。

スリランカの爆弾テロ事件に見る恐ろしさ!

 スリランカで300名以上の方が犠牲になる大惨事(爆弾テロ)が起こり、残念ながら日本人も犠牲になってしまいました。
 首謀者や動機などが少しずつ明らかになりつつありますが、まだまだ謎が多い事件です。

 スリランカは約10年前まで、長年国内で民族紛争が頻繁に起こっていました。しかし、それは国民の過半数を占めているシンハラ人(仏教徒)とインド半島から渡ってきたタミール人(ヒンドゥー教徒)との争いでした。
  十年ほど前に両者の和解が進み表面上は紛争が沈静化したため、地理(授業)でも「スリランカ民族紛争」について、教科書や資料集への記載はあまり見られなくなっています。

 民族構成からみても1位が仏教徒、2位がヒンドゥー教徒であり、過去多数派の仏教徒がムスリム(イスラム教徒)を弾圧したことはありましたから、今回の首謀者が情報通りイスラム過激派だとすれば、仏教徒をターゲットにすることは合点がいきますが、同じ少数派のキリスト教徒を標的にするのは国内事情からいえば考えにくいことです。

 そんなこともあって私は今回のテロ事件が、ニュージーランドで白人至上主義者が起こしたムスリムの虐殺事件の仕返しかもしれないという不安を抱きました。

 すると本日、スリランカの閣僚が「今回の事件はイスラム過激派によるニュージーランド事件の仕返しとみられる」というコメントを発表したのです。

 ただ仕返しが目的なら、アジア系でキリスト教徒が少数であるスリランカより、犯人の出身地のオーストラリアやキリスト教社会の本丸である訪米諸国を狙うのが普通だと思います。
 このあたりがまだ謎なのですが、今回の首謀者とみられるスリランカ地元のイスラム過激派は国際規模の組織ではないらしく、大組織と連携して国外で活動することができなかったのかもしれませんし、教会だけでなく高級ホテルを狙ったのは、白人が滞在している可能性が高いと踏んだからかもしれません。

 いずれにしましても私たちが誤解してはならないのは、世界で17億人ともいわれるムスリムの大半は、穏健な争いを好まない人たちだということです。また、どの宗教・民族もそうですが、過激なテロリストとなっているのはごく一握りの人間であり、宗教・民族で単純に色分けしてはならないということです。

 ただ、イスラームで問題とされるのは、他教徒との戦いを「聖戦(ジハード)」と位置づけ、戦いで命を失うことは「名誉ある死」であり、残された遺族は尊敬の対象となることです。ですから日本と違い、死を恐れるどころか自らの意思で進んで「自爆テロ」を実行する人間が後を絶たないのです。
 
 今回もホテルの朝食時に多くの宿泊客が集まったレストランに犯人は入り込み自爆しました。
 映画などでは主人公がアジトに侵入し敵をやっつけ、必死に脱出するシーンがよく見られますが、自分が逃げ延びる方法を考えた場合、実行後敵地の真っただ中からの脱出は困難を極めますから、侵入場所や標的はかなり限定されるはずです。

 ところが自分が一緒に死ぬつもりなら、極端に言えばどんな場所にも潜入が可能になります。トラックで突っ込む方法もありますし、かつてインドの首相が演説会後、大観衆の中から握手を求めてきた女性の自爆テロの犠牲になったこともありました。
 ムスリムの大半の方々に罪はありませんが、このジハードや死んで英雄になる教えは、他教徒にとって恐怖であることは事実です。
 以前にも書きましたが、東京オリンピックにおいても「備えあれば患いなし」です。闇雲に疑うというのではなく、ボランティアの基準・審査や入国管理の徹底をしっかり行うとともに、入国後の追跡調査も欠かさなず行うことでしょう。そして、特に輸送業務(運転手等)の採用については厳密な審査が必要だと思います。

「観光亡国論」(アレックス・カー著)を読んで

 以前ブログで取り上げた「観光亡国論」を読み終えましたので、その概要と感想を書きたいと思います。

 まず、この著書で指摘された問題点ですが、

ア.世界を覆う「オーバーツーリズム(観光過剰)」と「ツーリズモフォビア(観光恐怖症)」の問題
イ.中国人観光客の激増と観光公害の広がり
ウ.エアービーアンドピー≒民泊の乱立と、不動産の買い占めによる地価の高騰
エ.富士山にみる入場者制限・入山料徴収の不徹底さ
オ.地元に経済効果がもたらされないアクセスルートや駐車場の建設
カ.公共工事という観光公害
キ.看板公害(土足厳禁、撮影禁止など)の一般化
ク.「ゆるキャラ」などに見られる文化の稚拙化
ケ.観光業で汚染された場所=ユネスコサイドの世界的な増加
コ.クルーズ船寄港など大型観光≒ゼロドルツアーの弊害
サ.オーバー報道、オーバーキャパシティの問題

 などがあげられます。
 そして著者は解決策として以下のことを述べています。

① 適切なマネージメントとコントロール(適切な管理と制限)を実施する
② イタリアの都市を例とした農村で休暇・余暇を過ごす「アグリツーリズム」の普及
③ 法律(条例)を使い分け、規制強化と規制緩和のバランスをとった施策を実施
④ 価値に見合った拝観料・見学料の徴収と、入場者制限や予約制の実施
⑤ 外国人観光客に対する事前のマナー講座(バス内など)の実施
⑥ クオンティティ・ツーリズム(量の観光)からクオリティ・ツーリズム(質の観光)への転換
⑦ ゾーニング(どこに何を作るか作らせないかなどの国家によるグランドデザイン)の実行
⑧ 旅行会社依存からの脱却

 さて、私は量から質へという観光の在り方やゾーニング、また、ある程度国家(政府)が観光行政に介入することについて異論はありません。ただ、「年間訪日外国人観光客数4000万人!」など、具体的な数値目標を掲げることには抵抗があります。

 今後日本はどうあがいても大幅な人口減少は免れません。国全体としては経済的にしばらくマイナス成長が続く可能性は高くなりますが、ある意味人口数が減っているわけですから当然です。ですから総量(GDPなど)にこだわるより、いかに日本国民一人一人の生活の質を高めていくかが重要ではないでしょうか。
 国全体の経済成長にこだわる必要がなければ、外国人観光客の全体数は増えなくても、実質的に日本の良さを理解し、日本を愛し、日本に帰化する人を地道に増やしていくことの方が、日本の国際的な評価も高まるとともに暮らしやすい日本社会が実現できるのではないでしょうか。

旧態依然としたマスコミ(新聞)の実態

 19日午後、東京池袋の繁華街で車が暴走し、母子二人が死亡するという痛ましい事故がありました。
 車を運転していたのは87歳の老人で、今のところ原因はブレーキとアクセルを踏み間違えたのではないかということです。

 さて、今回私がこの事故を取り上げたのは、悲惨な事故を起こした運転者を糾弾したいからでも、繰り返される老人の運転事故の問題点を指摘したいからでもありません。
 事故を伝える記事を見て、いつまでも変わらないマスコミの報道姿勢を再認識したからなのです。

 実は新聞記事には運転手の本名とともに、過去の勤務先まで掲載されていたのです。「旧通産省工業技術院 元院長」と。
 87歳の運転手が一体いつまで勤めていたのかといえば、「1989年に退職」との記載がありました。なんと30年も前のことです。
 常識的に考えて、一体30年も前の勤務先を書く必要があるのでしょうか? しかも汚職などのように仕事との関係が疑われることは全くない自動車事故なのです。

 なぜこのようなことが起こるのかといえば、これまで長い間マスコミは、社会的地位の高い職業・役職(医者、社長など)や、公的な信用の高い職業(教員、警察官、役人など)の人物が退職後何らかの罪を犯した場合、たとえ何歳になっていようとも過去をさかのぼって職業・地位・勤務先を明らかにしつづけてきたからなのです。

 同様の問題をもう1つあげさせてもらえば、凶悪な事件が起こるたび、容疑者や死亡した被害者の写真が必ずといってよいほど新聞やテレビに掲載されるのをご存知かと思います。ただ、最近の写真がないのか関係者から手に入らないため、当事者は中年(例えば40代)なのに、はるか昔の高校時代の写真が使われることも時々目にするのではないでしょうか。

 いったい遠い昔の写真を手に入れてまで掲載することにどんな意味があるのでしょうか? 

 実は容疑者の場合まだ有罪が確定していませんから、犯人と決めつけて顔写真を公開するのは問題があるはずですし、被害者の場合も、遺族が掲載を了承しなかったため高校の同級生の卒業アルバムを拝借し、写真を掲載したのではないかとの疑いもあります。

 今一度言いますが、報道関係者の方は容疑者の過去の職業、写真掲載について、その必要性・理由を考えたことがあるのでしょうか? 私には過去何十年も続けてきた慣例を、何も考えずに思考停止状態で踏襲しているとしか思えません。

 このことに限らず、本来人権に敏感で民主的改革の先頭に立たなければならないマスコミが、実は過去の慣習にとらわれ、最も旧態依然とした既得権益団体となっていることが日本社会の大きな問題であると私は思います。
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
リンク