いじめへの対処方法

 前回はいじめを法律で規定し、いじめの認定を目指すことが逆に問題をこじらせる可能性が高まる旨を書きました。
 当然のことながら前回の問題の指摘だけで終われば、「じゃあ、どうすればいいんだ?」ということになります。そこで今回は私の長年の体験をもとに「いじめへの対処法」について提示したいと思います。

 まず私達が共通認識しておかなければならないことは、いじめは絶対になくならないということです。全国で年間41万件も報告される多さ(潜在的にはその数倍あるともいわれる)もさることながら、いじめがある意味人間の本質に基づく行為であることからも根絶は不可能です。ですから、いじめは必ず発生すると心得たうえで、いじめを克服する方法として次の3点をお勧めします。

1.いじめが起こりにくい学校や地域の環境づくりを積極的に進める
2.特に教師や保護者が情報収集力を高め、いじめの早期発見、迅速な対処・解決を果たす
3.子供たちは、いつか自分がいじめを受けることを想定し、自らの言動でいじめを克服できる力、いじめをやめさせる力を身に着ける
 
 1では例えば、子供たちの適度な距離感、授業・クラス集団の柔軟な編成、教師の的確な指導力などにより、子供たちがフラストレーションをためず、かつ一定のルールのもとで積極的に物事に取り組めるようなソフト・ハード両面の環境整備を積極的に行うということです。
 2は、今までも健全な学校では行われていたことですが、いじめは早期発見・早期対処ができれば、重篤な被害(犯罪等)に至るケースはかなり少なくなるはずです。
 3は、最も大事なことです。いくら「いじめをしてはいけません!」といっても、特に低学年では、からかいや冷やかしレベルは無意識に起こりえますから、「いじめをしない」ことよりも、いかに受けたいじめを克服する(立ち向かう、無視する、大人を利用する等)自分なりの方法を確立する方が大事です。また第三者的立場の時、いじめやめさせる言動をとれる子供たちが増えれば、いじめっ子も動きがとれなくなりますから、いじめで大きな被害・ダメージを受ける可能性はかなり少なくなるはずです。
 つまり、子供の逞しさや自立心を地道に育てていくことが、結局いじめの減少・拡大防止につながると思うのです。

さて、もうひとこと言わせていただきます。私はマスコミの今の「子供の自殺報道」はあまりにも罪深いと思うのです。皆さんは2000年にWHO(世界保健機関)が勧告した「自殺報道ガイドライン」をご存知でしょうか?

(報道が)
1 やるべきこと
 ・自殺に代わる手段を強調する
 ・ヘルプラインや地域の支援機関を紹介する
 ・自殺が未遂に終わった場合の身体的ダメージ(脳障害、麻痺等)について記述する
2 避けるべきこと
 ・写真や遺書を公開しない
 ・使用された自殺手段の詳細を報道しない
 ・自殺の理由を単純化して報道しない
 ・自殺の美化やセンセーショナルな報道を避ける
 ・宗教的、文化的固定観念を用いて報道しない

 いかがですか。私たちがこれまで見聞きしてきた日本の自殺報道と照合すれば、とくに「避けるべきこと」について、ガイドラインを守っていないというようなレベルではなく、ほとんど無視しているといえる状況ではないでしょうか。
 実はこのガイドラインの根拠の1つに、「ウェルテル効果」があります。それは、あまりにも執拗に自殺報道を繰り返すと、その自殺者に同情したり自分を同一視したりして、同じ方法で後追い自殺をする者が増えてしまう効果のことで、いくつかの国でデータ的にも実証されているようです。
 さらにマスコミがいじめの加害者と思われる子供や教師を「悪」として徹底的にたたく「善悪二元論」を展開するため、今まさにいじめにもがき苦しんでいる全国の子供たちの仕返し手段として、自殺が利用されてしまうことも危惧されるのです。
 ですからマスコミにぜひ願いしたいことは、
① WHOの自殺報道ガイドラインを遵守すること
➁ 遺族の強い要望があった場合以外は原則子供の自殺は報道しないこと
 (もし犯罪に当たる重いいじめなら、報道せずとも警察が刑事事件として取り上げ加害者は厳罰に処されるはず)
③ どうしても報道せざるを得ない時は、事実が明らかになってから客観的に報道すること
 (仮に事実に反した報道が流れた場合、その後に起こるであろうSNSをはじめとする世間の執拗なバッシングにより、加害者とされてしまった子供が自殺でもしたらマスコミはどう責任をとるつもりだろうか? すでに子供の自殺が起こるたびに「原因はいじめで、いじめたやつと学校が死に追いやった!」というストーリーができつつあるので、多くの市民もそのような目で見るようになっている)

 ぜひマスコミには子供の自殺を本当に防ぐためにはどうしたらよいのか、今一度冷静に考えていただきたく思います。
 もし私の意見に賛同してくれださる方は、少しでも多くの方に広がるようにご協力いただければ幸いです。

いじめ認定の難しさ

 26日のヤフーニュースによりますと、2017年4月に長崎市の私立高校2年の男子生徒が自殺した問題で、原因調査のため学校側が設けた第三者委員会が「自殺は同級生のいじめが主原因」とする報告書をまとめましたが、学校側はいじめの認定を不服として報告書を受け入れない考えだということです。
 文科省によりますと、第三者委員会の調査結果に対し、いじめの存在自体を学校側が否定した例はこれまでにないとのことです。

 さて、教員など学校関係者以外の多くの市民の方からすれば、この記事を読めば「学校はとんでもない! 隠ぺいせずに事実を明らかにせよ」「自殺を防げなかった責任を負え!」という学校批判のボルテージが上がるのではないでしょうか。
 このケースに限らずいじめの問題について、現場に居合わせていない人間が、真実を正しく把握することは不可能であり、個別の問題について、私は「どちらが正しい」とか、「真実はこうではないか」という持論(推論)は、あまりにも無責任ですので一切控えます。
 今回私はいじめについて、あえて一般論として問題提起をします。なぜかといいますと、特にいじめの認定・裁定について、日本社会が拙著「いじめの正体」で危惧した通りの泥沼にはまりつつあるからです。
 最初に断っておきますが、私は、高校在籍中ひどいいじめを受け自主退学し、その後数十年間統合失調症に苦しみ、自立生活もままならず現在生きている身内(兄弟)を抱えています。ですから人一倍いじめを許さない正義感が強い人間なのですが、そんな私が「いじめ防止対策推進法」のような法律ではいじめをなくすことはできないどころか、いじめ認定を巡る争いが増えてしまうと主張している点に耳を傾けていただきたいのです。
 ただ、私は教師であり、どうしても教員(学校)を擁護していると受け取られがちですので、できるだけ一般論として客観的な形で問題提起することにしたのです。以下いじめ認定が現実的にいかに難しいか説明します。

1.子供の自殺→いじめが原因→加害生徒・学校が自殺に追いやった(殺した) という流れは100%当てはまるのか?
 問題点として、①全国調査結果からも子供の自殺の主要因にいじめの占める割合はそれほど高くないこと、➁数年間で9割近くの子供がいじめの被害・加害の両方を経験している調査結果からすれば、自殺した子供も何らか(軽度なもの、1回だけのものを含む)のいじめを受けていた確率はそれほど低くはないと予測できること、③いじめを受けた子供が自殺に至ってしまう確率は統計から概算すると何千分の1以下であること
 つまり、①➁③から自殺した子供は誰かから何らかのいじめを受けていた確率は高いが、それが自殺に直結するケースは極めて少ないから、いじめの内容(その重さ、頻度、ダメージ)の精査が極めて重要となります。
2.根本的な問題として自殺者が出たら、いじめに限らず加害者・死に追いやった責任を負う者が必ず存在するのか?
 その論理なら、全国で年間約2万人いる自殺者について、特にマスコミはすべて加害者・責任を負うべき者を追求しなくては整合性がないと思います。
3.もし2の論理を推し進めれば、自殺すればかならず相手に間接的にも仕返しができることになり、かえって自殺が増える危険が高まります。また相手からすれば、自殺されては困るからちょっとした叱責、指図、指導も怖くて行えなくなり、おそらく上司を引き受けたがらない等、会社等の組織も崩壊していくと思われます(だから一般人に対しては自殺の加害者? をあまり追求しないのでしょう→子供と大人のダブルスタンダード)。
4.いじめ防止対策推進法(法律)で、「本人が心身に苦痛を感じたならいじめである」と定義したため、この先もいじめの認定自体は際限なくおこりうるでしょう。しかし、いじめは心の内面・精神的なケースも多く、処罰がからんだり民事・刑事訴訟ともなれば具体的な証拠を上げることが難しいケースが多々あり、加害側・被害側・学校側で見解の相違が生まれやすく、「重大事態」などでは実利が絡むため紛糾しやすくなるでしょう。
5.あくまで一般論としてですが、自殺とは本人自身によって行われたもの(大津中やサラ金の保険金などの自殺教唆等特殊ケースは除いて)なので、行為の本人がいない以上自殺の原因を正確につかむことは極めて難しくなります(文科省統計でも子供の自殺の約50%が原因不明です)。つまり刑事訴訟等で罪に問えるのは、明らかに自殺しか選択肢がないまで繰返し追い込む自殺教唆・自殺ほう助・監禁等具体的な証拠がはっきりある場合でしょう。
 残念ながら私たちの周りには人間関係とかではなく、世の中・人生・自分自身に絶望するなど、いつも死に直面している人が一定割合います。もちろんいじめやパワハラが自殺の主要因になるケースもあるでしょうが、子供の自殺が起これば判で押したように「いじめが原因だ! 」と疑い、とにかく相手を探し出し法律で裁こうとするのはあまりにも無謀なのではないでしょうか?

 私はいつも言っていますが、人間同士が直接関わり合う問題は常にケースバイケースであり、100人いれば100通りの原因・事情・加害被害関係があると思わねばならないのです。ですからいじめの問題を単純に「善悪二元論」で対処するのは危険であり、法律の力で無理やり解決できるものではないと思うのですが、皆さんはどのようにお考えですか?

「シバガス」輸入容疑で学生逮捕!

 今日はちょっと毛色の違ったニュースの話題をお伝えします。
 25日のヤフーニュースによりますと、指定薬物の一酸化二窒素を輸入したとして、神奈川県警と山手署は医薬品医療機器法違反(指定薬物の輸入)の疑いで、東京都町田市の大学生(22歳)を逮捕しました。
 横浜税関は一酸化二窒素が入った金属製ボンベ(1本10グラム)408本を押収しましたが、一度の押収量としては国内最多ということです。
 容疑者は2017年12月に一酸化二窒素が入った金属ボンベをオランダから国際郵便で輸入したといい、「中国で吸引して楽しかったので日本でも吸いたいと思い、インターネットで購入した」と供述しているといいます。容疑者が中国から帰国した今日25日に逮捕となったわけです。
 一酸化二窒素は「シバガス」とも呼ばれ、医療機関で麻酔薬などに使用されていますが、吸引すると陶酔・覚醒作用があり、厚生労働省が16年2月に指定薬物に追加し輸入などが禁止されています。

 私も少しネット検索したところ14、15年頃国内でも一部で流行したようで、なんと10本1万円程度という格安で購入されていたようです。当時は「自転車タイヤ用のガス」として転売されていたようで、サイクリストである私としては何とも迷惑な話です。
 このシバガスのように麻薬等と異なり法律で禁止されていない新しい薬物が次々と現れ流行し、その後国が指定薬物として取り締まるという、売人と警察とのイタチごっこの流れはおそらくこの先も続くでしょう。
 今や海外旅行が当たり前となっただけでなく、今回のようにネット通販で簡単に購入できてしまうため、一般市民も知らないうちに薬物犯罪に巻き込まれる危険が高まっています。今更ですが、国内で販売していないやばそうな商品については、問合せをしたりしっかり調べたりしてから購入しないと、ちょっとした出来心から犯罪者となり将来を棒に振ってしまうかもしれませんよ。
 それから、新婚旅行のカップルや学術団体などは税関のチェックが甘くなりやすいということも聞いたことがあります。実際、私の教え子が海外で見知らぬ日本人から「成田の空港で友人に渡してほしい」とある物(薬物かどうかは不明)を頼まれそうになったということですが、すんでのところで断ったそうです。
 このように知らないうちに麻薬等の運び屋に利用されるケースもありますので、特に若いカップルや家族で海外旅行した時、初対面なのにあまりにもなれなれしく向こうから近寄って来る日本人(日本語のできる外国人も含む)にはくれぐれも注意し、絶対に物を受け取らないようにしましょう。
 

学校へのスマホ持ち込みで想定されること

 昨夜は宴会のため、久しぶりにブログを1日空けてしまいました。
 数日ほど前、大阪府教育庁が災害など緊急時の連絡手段として、公立小中学校で児童生徒のスマートフォンや携帯電話の持ち込みを認めるガイドラインの素案を各市町村教育委員会に示したということです。スマホの持ち込みを認める方針は都道府県・政令市レベルでは初めてということであり、文科省でも「他地域への広がり次第では、小中学校への持ち込み原則禁止としている通知の見直しも検討したい」ということです。

 さて、スマホ持ち込みの問題は、子供、保護者、学校(教員)の立場だけでもかなり相違があると思われますが、年齢、地域、学校環境、家庭環境や指導方針によっても賛否両論様々でしょう。
 どうしても私達教員(学校)は、世間から見れば「持ち込み禁止・反対派」ととらえられることが多いと思いますが、それはただ「教育上よくない」ということではなく、持ち込みを許可した場合、想定される多くの様々なトラブルがあり、その対策に相当の労力がいるからなのです。
 それではまずトラブルが発生しやすい場面を大分類してみましょう。

1.学校内でのスマホの紛失、盗難、他人による破損
2.授業中や休み時間中の使用
3.2にも関係するが、使用規則違反をした場合のルール・対応
4.登下校時の事故
5、教員の仕事の増加

 1については、5~10万円もする高価な持ち物を、子供が小中学校に持ってくること自体問題があると思いますが、学校内で紛失した場合自己責任で済ませられるのでしょうか? ましてや新型機種を盗む子供も出るかもしれませんし、遊びまわている最中に衝撃で破損するかもしれません。学校で盗難のような犯罪が増えれば教師の負担は一気に増します。
 「登校した時全員のスマホを集めればいい」という意見もありますが、一人10万円として500人のスマホを預かれば5千万円です。その管理責任は相当重くなりますが、だれがどの場所で四六時中管理するのでしょうか? また放課後は児童生徒の帰宅はてんでバラバラですので返却の手間も大変です。そして中学生ともなれば意図的に預けず教室に持ち込む子供も出てくるはずです(2・3につながる)。鍵付き個人ロッカーを与え自己管理させる方法も面倒くさい生徒は鍵をかけませんし、そもそも小学生に自己管理はかなり難しいでしょう。
 つぎに2ですが、いくら「緊急時に使用できるだけ」といったところで学校に持ち込めば使いたくなるのが子供の心情です。1の1案である「登校時強制的に全員預けさせる」ことが可能でない限り、先生の目を盗んで授業中や休み時間にゲームを行う、教師や同級生を盗撮する、休み時間にいじめやふざけの動画を撮影する、SNS投稿するなどの行為は次々に発生するでしょう。
 3ですが、2などのように校内で使用するという規則違反をおかしても、例えば授業中にスマホの音が鳴った場合「切り忘れた」「親からの緊急メールがあったので見た」「災害情報が着信した」とか言ってその場をごまかし、スマホの教員預かりを拒むケースも考えられます(高校ではよくあること)。
 それでも「規則だから」と強制的に預かれば、保護者が納得しなかったり、保管した日数の代金を請求されたりすることもすでに実際起こっています。このような校則違反の本人・保護者指導だけでも教員の時間的・精神的負担は相当なものでしょう。
 4は当然のことながら、「ながらスマホ」がふえ、自転車運転中や駅構内での事故の増加が懸念されます。
 5については1から4のすべてのトラブルがほとんど教員にのしかかってくることからお分かりだと思います。

 ベストの案などありませんが、どうしても学校(特に小中学校)へのスマホの持ち込みを許可する場合には、上記(1~5)のことから、
ア.校内での盗難・紛失・破損発生時の対応ルールをきちんと決め、保護者に徹底する
イ.校内で手に持っていたら(使っていなくても、電源を入れていなくても)規則違反として直ちに教師が預かる等の徹底をする
ウ、登下校その他想定される事故・トラブル対策を子供・保護者に周知徹底する
エ.さらに具体的な約束事を入学式・PTA総会等で説明し、保護者に約束事項を文書で渡し同意書を提出させる。

 緊急連絡は保護者へのメール配信や、学校に何十台かレンタル携帯電話を設置することでかなり対応出来ると思いますし、学校では上記のような様々なトラブルが想定されれため、「原則持ち込まない方がよい」指導を行い、どうしても持ち込ませたい保護者には上記ア~エの約束事をさせるのがよいと思うのですが、いかがでしょうか?

「いじめ」を見過ごした教員の処罰??

 前々回に続きいじめ問題に関する疑問点を綴ります。
 以前国会等において、学校現場でいじめを見過ごしたり隠ぺいしたりした教師に対する処罰を規定する動きがあるということを書きました。はたしてこのような法律は現実的なのでしょうか?
 もちろん私は教師ですので教師側からの見方になるとは思いますが、以下の疑問・懸念について皆さんもぜひ冷静に考えていただきたいと思います。
疑問点
1.教師が隠ぺいした、見過ごしたという事実(施行後は触法行為)を誰がどのような方法で調査・認定するのか?
2.そもそも児童生徒のいじめを教師はすべて発見できるのか?
3.教師が明らかにいじめを見過ごしていながら、いじめを受けた者に全くダメージがなくいじめが解消した場合と、教師がたまたま気づけなかったのに、被害者が自殺又は重篤なダメージを受けた場合の処罰の折り合いをどう付けるのか?
4.教師はいじめを知ってそれなりに対処していたが、力量不足で子供に重篤な被害が生じた場合はどうするのか?

 1について、判断材料として①被害者自身 ②同級生など児童生徒 ③保護者 ④教職員 などからの証言・証拠が考えられるが、①~④の当事者・利害関係者が平等・公平な裁定を行うことは難しいため、第三者委員会等がイニシアチブをとらざるを得ないだろうが、特に心理的精神的要素の大きい事案については、いじめをどこまで教師が知っていたかを現場に立ち会っていない外部の人間が判定するのは極めて難しい。
2について、私の長年の現場経験から言えば、子供も特に高学年ともなれば教師に気付かれずにいじめを行うことが多く、保護者や市民は「毎日接している教師が気付かないはずはない!」と思えても、教師の経験・力量・観察時間・数的不利の問題もあり、いじめは一定割合発見できない(気付けない)のが現実である。
3について、理性よりも情緒が優先される日本社会では結果論的なところがあり、自殺等重大な被害が生じた時には世論の処罰感情の高まりなどによって、より厳しい裁定になるが、何も被害がなければ教師によるみ過ごしが明確でも、裁定どころかほとんど追及されない可能性が高い。
4.教育現場も現実には力関係であり、いじめっ子・問題児を抑えられない教師も一部にはいる。それでも本人なりに一生懸命努力しても結果が最悪だったらそれは結果論で処罰するのか? 逆にいじめに全く気付かず「見過ごす、隠ぺいする」証拠がなかったら、在籍児童生徒がいじめで自殺しても、指導力・判断・連携不足であった教師の個人的責任は問わないということか?

 いかがですか、このように実際の判断・裁定に苦慮する場面は相当出てくると思われます。私が心配するのは情緒的日本社会では、大事件が発生するとマスコミが善悪二元論で誰が悪いか追及する論調の過熱報道になり、それに扇動された市民が元々の事実より結果を見て処罰感情を高め、それが公正な判断・裁定をゆがめてしまうのではないかということです。
 もちろん教師の中には、一部に責任感のない、ヤル気のないダメ教師がいることは事実です。しかし世の中の裁判と同じで立憲国家では「疑わしきは罰せず」であり、間違っても結果論感情論で人を裁いてはなりません。もし国会議員の「正義の暴走」が法制化されてしまえば、特に生徒指導の最前線に立つ教師のダメージ・プレッシャーは計り知れないでしょう。

市立船橋高校が合格通知と不合格通知を逆に送付し、謝罪

 まさにこの時期は受験真っ盛りですが、21日のヤフーニュースによりますと、船橋市立船橋高校が、全日制・体育科の入試結果の発送業務で、合格者に不合格通知を、合格者に不合格通知を行ってしまったということです。

 入試は子供たちの将来を左右するような重大な進路選択ですので、合否のミスは絶対に防がなくてはなりません。それでもこのようなミスが起こったということは、学校側の作業・点検方法に何か問題があったのではないかと疑わざるを得ません。
 一方で同情するわけではありませんが、教育界に限らずどの世界でも人間のやることに100%はありません。ですから学校現場では、何らかのミス・過失が一定割合で起こりうるという想定で、準備や対策を立てておく必要があるでしょう。
 実は私も長い高校勤務の中で入試のミスを経験しています。ある公立高校では、入試の合格通知を受け取りに来た各中学校の先生方に手渡したわけですが、何時間かした後にある中学校から「日付が違っている!」という指摘があったのです。確認したところ、ある選抜段階の合格者全員について、合格通知の日付が昨年のままになっていたのです。
 中学校によっては氏名・受験番号に間違いはないため、新たな対応まで要求しないところもあったのですが、やはり受験生や保護者からすれば、一生に一度の大事な軌跡となる合格通知です。その日付が1年も前であれば不満を募らせる家庭が出てくるのも当然です。
 そこで、学校は中学校からの訂正要求の有無にかかわらず、該当するすべての中学校に日付けを訂正した新しい合格通知を1,2日中に届ける約束をしたのです。幸い私はほとんどの中学校の場所を知っていましたので、車を飛ばして2日間で約40もの中学校へ合格通知を届けに回ったのです。

 これまでも述べていますように人間の行為にパーフェクトはありませんから、こういった事件のミスを防ぐためには、
1.惰性にならないように校内の係分担を定期的(3~4年程度をめど)に入れ替える
2.必ず異なる人間がクロスして点検・チェックを行う。
3.一番最後の工程(袋詰め等)のチェックを最も厳重にする。

 といったことが必要だと思います。 それでもミスが発生した時のために、あらかじめ「不祥事対処法」を事前にしっかり準備しておくべきです。例えば、
 ア.中学校からの情報収集などによるミスのいち早い確認
 イ.予め一定程度のミスを想定し、謝罪・訂正・修復の手順を詳細にマニュアル化しておく
 ウ.人間の作業上のミスは完全には防げないため、例えば中学校との専用オンラインを利用し、合格者名簿と合格通知をネット上に掲載したものを中学校側が直接印刷し、本人に渡す方法も考る必要がある

 今回のトラブルと直接関係はありませんが、記述問題が含まれる入試問題については明確な採点基準が定めにくいため、今後高まる情報開示に備え、できるだけ客観的な判断・加点がしやすい問題を作成する必要があるように思います。
 突き詰めれば入試の公平性確保やミスをなくすためには、センター試験のようにすべて機械で採点処理できるような方法を考えるしかないと思います。ただそうなると入試が個性や創造性を問えない味気ないものになりますから、今後入試の公平性と独自性について徹底的な本音の議論が必要かもしれません。

なぜ「いじめ防止対策推進法」(法制化)は機能しないのか?

 昨日は、子供たちが犠牲になる大事件が発生すると、国会が騒ぎ文科省が法制化・厳罰化を実行する流れとなるが、防止や解決の効果は上げにくい理由等を書かせていただきました。
 ただ、昨日の話だけでは、特に部外者の方はまだ分かりにくい点もあろうかと思いますので、もう少し整理して説明したいと思います。
 触法行為(法律違反)として認定しようとした場合、「体罰」「虐待」はまだある程度具体的な行為を証拠としてつかみやすいと思いますが、特に「いじめ」は精神的・心情的な面も大きく、認定判断が非常に難しいのです。

 それでは、法律でいじめの定義を決め、いじめ認定基準を明示してもなぜうまくいかないのでしょうか? 以下わかりやすくなるように箇条書きでまとめてみます。

1.いじめをしてはいけないという人がほとんどでありながら、生まれてこの方いじめをしたことのない人はごく少数である。つまりいじめは人間の本能・本質にかかわる情緒的なものであり、日常的に無意識に起こりうる行為である。
2.1に関連し、調査結果に表れた数字だけでも年間全国で41万件も発生するいじめは日常化しておりまず根絶不可能である。
3.総務省の統計によれば小学校4年生~中学3年生までの間に、9割近くの子供がいじめの被害も加害も経験している。つまり「絶対的いじめ被害者」は少数であり、「善悪二元論」が通用しにくい。
4.精神面が大きいいじめの判断基準は難しく、2,3年前の沖縄県は基準を厳しくしただけで被害報告件数が13倍にもなった。
5.4にも関連するが、都道府県間で基準があいまいで、いじめ認知率は最大約30倍もの開きがある。
6.ここ2年でいじめ報告件数は約10万件ずつ増加しているが、4・5からも実質的にいじめが増加したかどうかはわからない。
7.法制化してまでいじめ防止に取組みながら、逆に増加・深刻化しているのだから効果がないと判断されても仕方がない。
8.いじめの定義では「児童生徒が心身の苦痛を感じたらいじめになる」のだが、本人はそう感じても被害(傷害・恐喝等)はおろか、「たたかれた」「悪口をSNSで拡散された」といった明白な言動がみられず、「にらまれたような気がする」「陰口をたたかれたような気がする」といった心理状態のケースについて、加害側が認めない時にどうやって認定できるのか難しい。
9.いじめを防止する(なくす)という法律を作り明文化してしまったために、いつまでたっても根絶できないことで教育委員会や学校への風当たりが強くなり(指導・ノルマが厳しくなり)、調査・会議・報告等の増加で教育現場はますます忙しくなり疲弊する。
10.文科省へ報告されたいじめのうち、90数%以上は校内と関連機関で解決できた事案である(調査結果分析より)から、逐一文科省に報告する必要はないし、報告しても何もしてくれるわけではなく現場は余分な時間をとられるだけである。
11.9の状況により教師は子供たちと関わり観察する時間を奪われ、逆にいじめが発生しやすくなる。
12.第28条で「重大事態」の定義と発生時の対応を細かく杓子定規的に明文化したため、当然被害者側は「重大事態」に認定してもらおうと必死になるが、3・8からもわかるように、特に内面・精神面の問題は加害者(と思われる)側との認識の相違が生まれやすい(現に全国で被害者・学校・加害者が対立する事案が増えている)。


 言いたいことをズバズバ書いてしまいましたが、私は長く学校現場でいじめを含む生徒指導の解決に奔走してきた人間ですので人一倍正義感が強く、いじめのような卑劣な行為を許さないで厳しい指導を行ってきた人間です。その人間が述べていることをご理解ください。
 最後に一言、「いじめ」は大人・第三者の論理と法律で押さえつけられるものではなく、教員・児童生徒など当事者が現場のトラブルをいち早く処理し、人間関係を回復し被害者を立ち直らせ、子供たちが精神的にたくましい自立した大人に育つことに注力できる環境を作ることが大事なのではないでしょうか。この本道からどんどんそれていってしまう現状を何とかしたいと私は考えているのです。

国会・文科省の「いじめ対策」が逆にいじめ問題をこじらせる

 本日「いじめ防止対策推進法」制定のきっかけとなった「大津の中学生いじめ自殺訴訟」の判決が大津地裁でありました。結果として裁判官は、元同級生の加害行為と生徒の自殺の因果関係を認め、元同級生2人に計3,750万円の支払いを命じました。
 これまではいじめ自殺の民事訴訟の場合、個別行為が与えた精神的苦痛などの賠償のみを命じ、自殺との因果関係を認めないケースが主だったようです。ただ、不処分となった元同級生1人と保護者への賠償は認めませんでした。

 まず、この大津中学生いじめ自殺訴訟について、事件に直接関わっていない私が真実を正確に把握することほ到底できませんが、これまでの情報を総合すればある程度妥当な判決かもしれません。
 ただ問題は、この事件の判決結果で「いじめ」をひとくくりにしてはならないのであって、大津事件は実質的に傷害・恐喝・暴力・人権侵害、さらに自殺教唆ともいえる「重大犯罪」だということです。
 ですから大津事件はいじめとしてはかなり特殊な事件であり、世の中すべてのいじめ(特に軽度なからかい、仲間外れ、陰口など)が「犯罪」というわけではないのです。しかしセンセーショナルな子供の命が奪われる事件が発生すると、国会(議員)が厳罰化や新たな法制定に奔走し、文科省が実行するという流れに陥りやすいのです。「いじめ防止対策推進法」もそのような流れでできたのですが、今回の判決や千葉県の女児虐待死により、やはりいじめ防止対策推進法の改正や体罰禁止・虐待禁止の法制化の動きが見られます。
 いじめについては、学校でいじめを見過ごしたり、隠ぺいしたりした教師への処罰を明文化する動きもあるとか…。
 確かに故意に犯罪的行為をしたなら処罰されるべきだというのは当然の市民感情だと思いますが、非常に心配な点が多いのです。特に教員ではない部外者・市民の方には、生徒指導の最前線で様々な問題行動・事件の解決に実際に当たってきた私の見解を冷静に聞いていただきたいと思います。
 結論から言いますと、「いじめ」「体罰」「虐待」防止の法制化は失敗に終わる可能性が高いでしょう。
 その理由ですが、まず個々の言動が法律違反に該当するのかしないのか、客観的な判断が難しいことです。暴力・傷害なら外見や具体的行為にはっきり現れますし、恐喝はお金が絡むので判断しやすいですが、いじめの場合心理的精神的な面も大きく、いくら被害者がそう思っても、加害者だけでなく第三者がそう思わなければ、つまり客観的な証言・証拠がなければ、法的な判断は難しくなります。同様に体罰も暴力だけではなく、長時間の拘束や居残り課題など様々な形態があり、虐待も物理的な証拠(ケガ・アザなど)、外部の複数証言がなければ、自宅の密室下で起こったことをどうやって証明するのか、またしつけと虐待のグレーゾーンをどうやって見分けるのか、難しい判断を迫られます。
 すると今の「いじめ」が典型的ですが、民事訴訟・刑事訴訟で勝つために、「いじめ」「体罰」「虐待」であるのかどうかという認定作業に時間を費やされます。ところが先ほどのように、特に外見に証拠が残らない言動については、加害者側が事実を認めずなかなか決着しないケースが一定割合想定されるのです。そもそも法律(文章)で定義すること自体難しい行為だといえます。
 すると本来、被害者の保護、相手との関係修復、心のケア、今後の立ち直り・サポートを最優先しなければならないのに、触法行為の有無、加害者との勝負・法廷闘争、お金による解決という方向へどんどん流れてしまいがちです。
 もちろん冒頭の「大津いじめ自殺事件」のような凶悪事件は、直ちに警察が介入し、いじめとかではなく通常の傷害(場合によっては致死)事件として対応しなければなりません。
 もう一度言いますが、このごく特殊な事件の尺度で年間41万件も発生している「いじめ」や、数千~数万発生しているといわれる体罰まがい、虐待まがいの事案のすべてにおいて、一律に杓子定規に法律の適用を試みれば、事態をよりこじらせ泥沼にはまってしまうケースが増えていくのではないかと私は心配しているのです。

 最後ですが、特に学校外の方には、「いじめ防止対策推進法」がいかに多くの問題を含んでいるかを、拙著「いじめの正体」の中で客観的データを基に分析していますので、自己宣伝のようですみませんが半信半疑の方はぜひ読んでいただけると嬉しいです。

外国人労働者受け入れに関する多くの検討課題

 18日ヤフーニュース(朝日新聞デジタル)の記事によりますと、愛知県知立市立知立東小学校では、新年度の新入生49人中41人が外国籍になる見込みだということです。そのため市は同校で日本語指導などを担当するサポート教員を2名増やすことを決めました。
 東小区はブラジル人など外国人住民が知立団地内にあり、現在の在校生308人中212人(68.8%)が、日本語指導が必要な外国籍児童で、国籍は12か国に及ぶといいます。
 このこともあり、知立市ではサポート教員が小中全校に1人ずつ配置されており、12人分の人件費2,857万円を計上したということです。

 静岡県西部地方も外国籍児童生徒の多い地域ですが、さすがに日本人の方が少数派の学校を私は耳にしたことはありません。
 さて、政府の「外国人労働者受け入れ拡大」政策により、この知立市のような小中学校は増えていくと予想されますが、私がこの記事を取り上げたのは人数割合のことだけではなく、学校や地域社会で多くの課題が浮き彫りになるであろうということです。
 1つ1つ詳しく説明すると長くなってしまいますので、まずは私の思いつく課題を箇条書きにしてみます。

ア.学校に関すること
 ① 日本語指導教員の増員とその予算の増大
 ② 宗教習慣への対応
  a 特にイスラーム…服装(スカーフ、チャドル等)の扱い、1日5回の礼拝の扱いと遅刻等生活指導の問題
  b 給食(食事)の制約・配慮‥イスラームのハラーム(豚肉等)、ヒンドゥー教徒の牛肉、ユダヤ教の豚肉・エビ・タコなど
 ③ 政治・歴史問題で特に反日教育を受けてきた児童生徒への対応(社会科授業、LHRなどで)
 ④ 多数派となった外国籍児童生徒の校内コミュニティーの形成と日本文化・風習受け容れ拒絶の懸念
 ⑤ 学力・進学対策
イ.地域社会・生活に関すること
 ① 宗教習慣への対応…集団住宅等での礼拝場所による軋轢、服装・食事への配慮、生活のリズムの違い
 ② 住居確保、生活補助(日本語指導、仕事斡旋・受け入れ等)のための人と予算の確保
ウ.日本社会全体
 ① 労働条件(賃金や福利厚生面)を改善しないと将来的に外国人労働者は減る、改善すれば人件費は増加
 ② 社会(特に医療)保険の負担・適用基準(支払いと給付のアンバランス)…今のままでは赤字
 ③ 不況時の失業者増加→雇用保険・生活保護費の負担増大
 ④ 不法就労者、難民不認定者の国内長期滞在(現時点でも急増中)
 ⑤ 帰化(日本国籍取得)や永住基準
 ⑥ 自動化・AI化の進展による将来予想される労働力の余剰問題→③と同様
 ⑦ 政治的意図を持った入国者の増加による地域コミュニティー形成、選挙・政治への影響
 ⑧ 外国人による国土・家屋の爆買い

 ちょっと心配し過ぎと思われれ方もいるでしょうが、私には思いつくだけでもこれだけのことが浮かんできます。ただ、闇雲に「外国人労働者受け入れ拡大」に反対というのではありません。日本の将来を長期的ビジョン(少なくとも数十年先まで)に立って考え、予測できる問題点を洗い出し、今のうちから対策を立てルールを定めるべきだ、といいたいのです。
 少しだけ例をあげさせてもらえば、刹那的に外国人労働者を増やしたら、「国の財源が足りなくなった」「ますます労働者賃金が低くなり、外国人労働者からも不満が高まった」「自動化で人余り現象が起き、外国人労働者が大量に解雇され、生活保護費が増大、治安悪化にもつながった」
 などとなってはまずいでしょう。私から見ると、どうも日本の政策は財政をはじめその場しのぎに行っているようで、どうしても不安を感じるのです。
 

公立中学校教員の残業の多さ深刻!(静岡県内調査)

 昨日は文科省の全国調査・報告に疑問を呈する意見を書きましたが、そのことにも関係する記事が本日(17日)静岡新聞の1面に掲載されました。
 記事によりますと静岡県内公立中学校の教員が「勤務時間外の仕事」を平均1日4時間以上行っており、「過労死ライン」とされる「残業月80時間」を超えていることが常葉大が実施したアンケートで分かったということです。
 アンケートは昨年県教委などの協力を得て県内公立中148校の教員3729人を対象に実施され、2921人から回答を得たということですから、かなり大規模な調査です。
 このうち最も残業時間が長かったのが「主幹教諭」で6時間23分、次が「教頭」の5時間56分、全体の過半数を占める「教諭」でも5時間12分でした。

 6時間残業というのは、一例をあげれば勤務1時間前(7時15分)出勤、勤務時間終了(16時50分)後学校で21時まで残業、帰宅してからも持ち帰りの仕事を1時間近く行うということになります。
 ただ同じ教員として言いたいことは、残業時間の長さだけを問題にしてほしくないということです。このアンケート結果にもありますように、これほど多い残業をしながらも「仕事にやりがいがある」と答えた教員が93%、「授業が楽しい」が92%と極めて高い事にも注目してほしいのです。
 そこで、なにが疲弊を感じる仕事かといえば、回答者の8割以上が「教委の計画訪問に対する指導案作成」「教委からの調査」(文科省からの依頼調査もかなりある)「保護者対応」をあげているのです。
 外部の方にはわかりにくいのですが、教師の仕事はどこまでやっても明確な終わりがありません。目の前の児童生徒のために、自主的に学級新聞を作成したり、発達障碍児のために研究し独自の指導法を考えたりと、頼まれなくても自主的に取り組む仕事が多いのです。
 
 私のことで恐縮ですが、30代に実業高校に勤務していたある年度には、社会科の授業以外に3年生担任、軟式野球部監督、生徒指導課(主に生徒会と文化祭担当)し、物理的には一番忙しかったと思います。平日の帰宅も9時前後が多く、土日は部活動でほとんど費やし、夏休みも1,2日しかないこともありましたが、特に仕事に不満を感じたり、疲弊してモチベーションが下がるということもありませんでした。どうして頑張れたのかといえば、当時は携帯もネットもなく、保護者や外部の苦情もたいしてなかったことや、管理職ものんびりしており私達教諭等の仕事にほとんど干渉しなかったことも大きかったのです。そのため、私は自分の仕事に責任感を持ちながら、自由に取り組めることでやりがい・充実感を得ることができたのです。
 また、超教育困難校勤務の時は、野球部長をしながら生徒指導主事として年間百数十件もの問題行動に対処しましたが、一度も通勤拒否にならずやり遂げられたのは、常に信頼してくれた管理職と熱い思いを持って協力してくれた同僚がいたからです。

 つまり、教員の勤務条件の改善とは、ただ物理的に勤務時間を短縮することではなく、「直接児童生徒に関わらない業務」、つまり事務的な調査や報告、外向けの指導案作成や訪問への準備などの仕事をできるだけなくし、「教員がしなくてよい仕事」(登下校指導、外部からの苦情受付・対応、校外での問題行動への対処など)を明確に規定・徹底遵守することです。その上で、子供のためにいつまでも働きすぎてしまう教員のために、 例えば午後7時完全退室などの徹底をしていけばいいのではないでしょうか?
 部活動の問題はデメリットばかりではありませんので、また別の観点からの改善が必要ですので別の機会に考えたいと思います。
 
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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