2018年を振り返って

 いよいよ大晦日、2018年も最後ですね。そこで私としての今年の総括をしたいと思います。
 まず仕事関係では本職の教員としての勤務ですが、今年度高校の授業を週16時間担当してきました。その半分は3年生の授業を担当しているため、この冬休み明けが受験に向けた最後の追い込みとなります。これまで私なりに精一杯受験指導をしてきたつもりですが、生徒たちの進路希望が達成できるように、センター試験に向けてもうひと頑張り全力でサポートをしたいと思います。
 もう1つの校務である中学校野球部の副顧問は4年目になりますが、今年は3年生が最後の大会で頑張ってくれたのですが、彼らの引退後1,2年生は全部で8名しかおらず、公式戦は他の部活から一人借りて参加せざるを得なかったのです。こんな状況でも生徒たちは野球をうまくなろうと頑張っていますので、最後の中体連では100%力を出し切り達成感を得て終われるように監督を少しでもサポートできればと思っています。
 サブ的な対外活動ですが、おかげさまで今年は講演会・研修会の依頼も増え、地元も含め7回講演に出かけました。特に10月には佐賀県教育委員会生徒指導協議会様からお声をかけていただき、九州まで出かけてきました。講演をして実感したことは、やはり現場の先生方は学校現場ですぐに実践できるヒントを欲しているということです。教育評論家や大学の先生方では網羅できない部分を、自分のような学校現場の人間が埋めていく役割がよく理解できましたので、これからも必要とされる限り全国どこへでも足を運ぼうと思いました。
 
 2つ目に家庭・親族関係ですが、今年はなかなか大変な年でした。詳しくは話せませんが親族に障害者がいまして、今年は地域の方々、民生委員、市職員、相談員、介護職員、主治医、妻など様々な方々の助けがあって何とか年を越せるめどがつきました。本当に感謝しております。
 ただ、私達夫婦はおかげさまで仲良く健康に過ごすことができましたし、長男も大きな壁を突破し新たな人生を歩み始めることができました。トータルで見れば運に恵まれた年だったと思います。

 そして3つ目のプライベートですが、まず2つ目とも関係して苦労した妻が望むことをできるだけ叶えてあげるように心掛けましたが、年に数回程度は旅行や食事に連れて行くこともでき、ある程度は実行できたのではないかと思っています。
 そして私自身は公立高校時代と比べ飲んだり歌ったりする回数は減りましたが、全国のサイクリング大会(今年は四国~新潟・栃木の範囲)には月1回程度のペースで参加する計画をたて、ほぼ計画通り参加することができ、十分に異郷の地を満喫することができました。

 総括すれば自分にとっても家族にとっても良い年だったと思います。周りの人たちや運の良さに感謝する気持ちを忘れず、来年も精進していきたいと思います。
 また、私のつたないブログを読んでくださった読者の皆様にも改めてお礼申し上げます。懲りずに来年もまたお付き合いのほどよろしくお願いします。それではよいお年をお迎えください。

「大学入試に異変! 早慶など私立難関の志望者大幅減」の記事を読んで

 30日の産経ニュースによりますと、来年の大学入試で、早慶など私立難関大の志望者数が大幅に減少し、例年に比べ受験傾向が一変する見通しであることが、大手予備校の河合塾がまとめた入試動向で分かったということです。
 関西でも同志社や関西学院などの志望者数が減少しており、背景には私学助成金をめぐる文科省の厳格化政策があり、各大学が合格者数を絞り込んだため、受験生の間に安全志向が高まっているようです。
 河合塾が10月下旬実施の約31万人が参加した全統マーク模試の結果を分析したところ、志望者数は前年比で早稲田13%減、慶応7%減、上智やMARCHの各大学も軒並み15~9%減となっており、関西の同志社も12%減、関西学院10%減、立命館9%減と私立難関校がいずれも志望者減となっています。
 この減少の最大の要因は私学助成金の不交付基準が厳格化されたことだと見られています。かつて入学者数が定員の1.2倍以上になると文科省から助成金が全額交付されない基準が、H28年度1.17倍、H29年度1.14倍、H30年度1.1倍と段階的に厳しくなりました。このため助成金がもらえなくなることを恐れた各大学が合格者を絞り込んだため、これらの難関大学で受験倍率・難易度が一気に上がることにつながったと見られます。
 こうした現状に受験生が反応し、合格しやすい大学を選ぶ安全志向が高まっているのではないかということです。

 さて、長々と記事の要約を書きましたが、最終的に受験校を選ぶのは受験生自身ですから、私が選択の仕方をどうこう言うことはできません。ただ、こうした受験生の動向を大きく左右したおおもとの原因についてしっかり把握する必要があると思うのです。
 私は受験生を動揺させたその諸悪の根源が文科省だと考えます。以前にブログで私は「文科省不要論」を何度か述べていますが、教育行政の中央官庁(国)一元化は世界でも極めて特異なシステムです。そして文科省の強力な権限とは、まさにカネの力で大学をコントロールしていることなのです。具体的にはこの私学助成金と研究のための補助金の配分権です。大学はこの助成金や補助金をできるだけ多くもらえるように、基本的に文科省に従わざるを得ない状況なのです。文科省関係者の大学への天下りが多いのもこのカネの見返りとも考えられます。
 初等・中等教育の問題ももちろんありますが、大学だけみても今の教育財源の文科省依存体質を改めなければ、日本の教育は良くならないでしょう。文科省は人口動態(大学受験者数の減少)を無視して、大学新設学部学科新設を安易に認め、現在主に地方の大学の定員割れ増加を招いています。産業などの東京一極集中に何ら国が対策を施さないまま、大学についてだけ受験生に希望を押さえつけるように行政の力で首都圏に集中する合格者を制限し、地方に学生を振り向けようとするのは本末転倒です。そんなことをしても地方の大学自体に魅力(カリキュラムや教授陣、進路実績)がなく、地元に魅力的な就職先がない限り地方大学の受験者数は思ったほど伸びないでしょう。
 やはり、私は大学が財政面で中央(文科省)に頼らない新たなシステムが必要と考えます。その具体的な案はまた後程提示したいと思います。

教師が児童生徒に身に着けさせたいこと

 前回は素直な子、真面目な子が生きづらくなった日本社会の話をしましたが、そんな時代であってもやはり「素直」「真面目」は人として身に着けたい要素であり、教師も親もそれを子供に求めること自体は間違いではないでしょう。しかし、多種多様な情報が錯綜する現代社会では、それだけでは足りないということなのです。
 残念ながら現代は、ただ真面目に人のいうことを聞いて生活するには、SNS、ネット、職場、学校などあらゆる場面で誘惑・扇動・詐欺・いじめなど、足を引っ張られるマイナス要因があまりにも多すぎます。
 私も含めて教師は、子供たちを将来真に自立し前向きに生きて行けるような大人にするために、どんな資質を身に着けさせたらよいのか、今一度問い直す必要があるのではないでしょうか。
 今回私なりに必要と思われる要素をいくつか提示しますと、
1.情報(メディア)リテラシー
2.適度ないい加減さ・ずるさ
3.自分オリジナルのいじめやパワハラの解消法・克服法の確立
4.自分だけのストレス解消・発散法の確立(3とも関連あり)
5.自己決定力・実践力の向上
6.自分のライフスタイルの確立

などがあげられます。
 1つ1つ説明すると長くなってしまいますが、現代の情報化社会では1の情報リテラシーは絶対に欠かせない要素です。洪水のように押し寄せる真偽入り混じった情報を、自分自身でしっかり分析・判断・取捨選択し、各自が正しい判断・行動ができるようにならなければ、人に利用されたり騙されたり被害を受けるリスクは一気に高まります。
 ですから時には真面目に考えすぎず、はぐらかしたり回避したりすること(2番)も必要ですし、自分だけの解消・克服法(3・4番)を身に着け、自分自身の力で決断・実行し(5番)、自分の生き方を確立していく(6番)必要があると思うのです。
 つまり、 「自分の身は自分自身が守る」意識を強く持ちながら、信頼できる人や組織から正しい情報を入手して自ら行動に移していくことではないでしょうか。
 ただこれはあくまでも私の考え方ですので、参考にしたうえで皆さんもそれぞれ独自に必要要素を考えていただけるとありがたいです。

 

素直な子(人)、真面目な子(人)が生きづらい社会

 長らく学校教育現場に携わってきて、最近特に感じることがあります。それは教師や親が高く評価する素直な子、真面目な子が大人社会(世の中)では生きづらい時代になったということです。ただこれには多くの要素が絡み合っていて、今日1回ではとても書ききれませんので、何回かに分けて説明することにします。
 今回は素直な子・真面目な子の学校と職場の立ち位置について述べたいと思います。私達教師は指示をきちんと守って真面目に努力する子供を高く評価しがちです。教師はそんなタイプの子供を信用して、学級委員長、部長といった役職だけでなく、クラスの問題児・障害を持つ児童生徒・不登校児童生徒のサポート役・仲介役など、様々な多くの役割を任せたりします。
 すると子供たちは先生の依頼にこたえようと、一生懸命相手をサポートしようと努力します。ところが青春ドラマと違って、誠心誠意世話をしてもなかなか受け容れてくれない相手もおり、場合によっては逆に恨まれたりいじめられたりすることも考えられます。もし、うまくいかなかった場合、先生と世話をすべき対象児童生徒との板挟みになり、自分自身がストレスをため込んだり、ひどくなれば不登校や精神障害に陥るリスクもあるのです。 
 この世話役のように、学校では役割分担、集団の和、思いやり、気遣い、奉仕(ボランティア)、公共心、公正さなどを教えますが、一方で自由主義・資本主義が進んだ日本社会では、個人の尊重、各人権の尊重、個人の利益の追求もはかられることになります。
 これを学校現場に当てはめますと、大半の子供たちは自分の個性を大事にしながらも集団の和・協力を図ろうとしますが、「自分の権利・利益」を最優先する子供たちは、他の子供たちへの協力や奉仕活動は二の次となります。
 結局、同級生やクラスのために奉仕的精神で頑張った子供は疲弊し、相手への気遣いなどほとんどない自己中心主義の子供は自分のペースを押し通し利益を得ることになります。
 また学校を卒業して会社に就職すれば、企業は利潤(売り上げ)を増やすことが最も重要ですから、職場は「助け合い・協力・奉仕」より、「個人業績・会社貢献度・給与賞与」を意識せざるを得なくなります。つまり現代の高度化した資本主義社会は相手や集団との調和より、会社・個人の利益を優先して考え行動していかなければ生きていけない時代なのかもしれません。
 学校や家庭で道徳・倫理を教え、テレビ等の報道が美談を紹介することで、素直な真面目な子供たちはそれを実践しようと努力するでしょうが、先ほど述べたように現実の高度資本主義社会システムではなかなかうまくいかず、結局自己主張が強い自己中心的人間が仕事で成功を収めるようになってしまうと思えてならないのです。
 

1泊2日の小旅行に行ってきました

 昨日は妻と二人で三重県にある湯の山温泉に宿泊しました。そして今日は帰路の途中名古屋に寄り、豊田産業記念館と熱田神宮に行ってきました。
 ここ2,3年は年末に妻と一緒に1泊2日の小旅行を楽しんでいますが、一泊ではあまり遠くには行けませんので近場の温泉や民宿を選ぶことになります。ところが本物の温泉が出る場所は、マグマだまりが影響する火山の分布との関連が強い範囲に集中する傾向があるのです。そして火山は海洋プレートが大陸プレートにぶつかり沈み込む(海洋プレートの方が密度が高く重いため)プレート境界から、一定以上の距離のあるところにしか見られません。このプレート境界から一番近い火山列を日本全土にわたって結んだ線を「火山フロント」といい、見事にプレート境界線にほぼ平行に同じ距離を保って通っているのです。
 このことからプレート境界に近い太平洋岸地域には、北海道南、箱根伊豆を除いて火山は見られず、関連して温泉もこの2地域の他は紀伊半島南部に見られるだけなのです。このため私の郷土浜松の近く(100キロ以内)には全く温泉はなく、一番近いところは東は箱根・伊豆の温泉、北は長野県の昼神温泉、岐阜県の下呂温泉、西は三重県の湯の山温泉となります。
 ここ2,3年で箱根、伊豆、昼神温泉、下呂温泉は訪れており、近場で残っていたのは湯の山温泉だけでしたので今年の目的地としてすんなり決まりました。
 湯の山温泉は車のアクセスも良く、東名阪自動車道四日市インターからほぼ一直線10キロ余りで行けます。真冬の積雪さえなければ浜松からわずか2時間弱です。
 ホテルの風呂(露天あり)、料理も満足できるレベルでしたし、この地に自生する「まこも」という植物がそばやお菓子などに使用されていること、菰野町(まこのちょう)の地名の由来がこの「まこも」からきているらしきことも知ることができました。
 帰路では名古屋駅のすぐ北にあるトヨタ産業記念館を訪れましたが、さすが天下のトヨタです。織物館と自動車館のエリアに分かれていますが、特に理系の児童生徒学生が学べる内容がぎっしり詰まっており、熟年の私達でも見学に2時間近くかかりました。これで500円ですからさすがグローバル企業ですね。
 というわけで夕方に帰ってきましたが、今年も妻と充実した小旅行を楽しむことができました。


韓国軍駆逐艦による火器管制レーダー照射問題に見る日本のマスコミ対応

 このところ韓国海軍駆逐艦による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題がよく取り上げられていますね。今のところ両政府の見解は大きく異なっており、まだ事実として確定できる状況ではありません。
 したがって、私レベルの人間がすぐに真相を暴くことは難しいと思いますが、次のことから韓国軍のレーダー照射は事実である可能性は高いのではないでしょうか。
① 対外問題では、いつもは発言に慎重な日本政府・自衛隊が、韓国の見解に対して何度も真向反論を展開している
➁ 韓国の説明が途中で変わっている(「北朝鮮の漁船をレーダーで探してた→火器管制レーダーは使用していない)
③ ②についてそもそも、漁船を探すのに空にレーダーを向ける必要がない
④ 韓国側は哨戒機が低空で接近してきたというが、日本側はその事実はないと真っ向から否定しているし、そもそも日本の排他的経済水域内なのであるから、資源保護等のため怪しい動きがあらば接近監視しても何ら問題はないはず
⑤ 日本側は具体的な証拠を持っている(自衛隊機が撮影した写真に、駆逐艦のレーダーが飛行機の方を向いているのが映っていた、また具体的な照射レーダーの分析データ、回数・時間を把握している模様)

 ただ、今日は事実の証拠を語りたくて書いているのではありません。今回の事件に限ったことではありませんが、日本のマスコミの外交・対外問題に対する報道姿勢のありかたを問題視したいのです。特に中国や韓国に対する報道姿勢は、今回の「日韓の主張が対立!」という見出しのように、第三者的な立ち位置からの中立的報道・表現に終始します。確かにインタビューでは元自衛隊幹部の主張に沿ったコメントなどを流したりしていますが、それを受けてキャスターが不快感をあらわにし、「韓国には憤りを感じます!」などと、国内の凶悪事件発生時に犯人を批判する時のような感情移入・フォローはまずみられません。
 社会正義の役割を担うはずの大手マスコミは、国内問題(消費税増税、外国人枠拡大など)であるならば国民の利益を考え、時には政府や官庁の政策を批判する論調で報道するのは正しいことです。しかし、世界の多くの国のマスコミは国外問題ともなれば、特に国防・安全保障問題においては、愛国的な論調で自国の政府とその外交政策を基本的に支援し、敵対する国があれば場合によっては相手を厳しく批判するのがスタンダードなスタンスです。
 一方、日本のマスコミがはっきりと他国政府を批判する報道を見聞きしたことがあるでしょうか? 事実を隠蔽したり捻じ曲げたりしてはいけませんが、本音を隠した駆け引きが多く、何が事実かつかみにくい外交分野などでは、自国民の一員として多少は他国への批判・反論をしてもおかしくないはずです。
 戦後73年、GHQの洗脳による自虐史観がまだまだ日本人を精神的に支配していると思えてしまうのですが、将来にわたって国民が幸せに暮らし続けられる日本社会を構築していくためにも、時には他国に対していうべきことをはっきり言う姿勢が必要だと思います。そうした日本の外交姿勢が隣国などを真剣に向き合わせることになり、正常な対等の外交関係が築けるようになるのではないでしょうか。マスコミにはぜひその一翼を担ってほしいものですが…。

インドネシアで津波により200名以上が死亡

 産経新聞ユースによりますと、インドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にあるスンダ海峡で22日午後9時半ごろ津波が発生し、23日には222人の死亡を確認したといいます。行方不明者は28人、負傷者が843人という報告がありますが、詳細がつかめない地区もあり、今後被害が拡大する可能性があるということです。
 被害地域はジャワ島西端バンデン州とスマトラ島南端ランプン州の沿岸部で、観光地のため多数のホテルや住宅が被災しましたが、特にアンニャール海岸では津波の高さが9mにもなり、海岸から約1キロ先まで被害が及んだということです。

 さて注目すべきは、津波の発生原因が地震ではなさそうだということです。一般的には海底のプレート境界付近で、海洋プレートに巻き込まれた大陸プレートが急激に反発することにより巨大地震が起こり、海水が強く揺さぶられることで津波が発生するのですが、今回のインドネシアでは地震など起こらなかったというのです。
 そこで地震の発生原因を調べたところ、スンダ海峡上にあるクラカタウ山の火山爆発ではないかというのです。確かに辞書等を調べると、海岸付近の火山爆発による大量土砂の海岸への崩落、海底火山の爆発による海底での地滑りでも津波は発生すると記されています。しかし津波を起こすような大きなうねりが発生するためには、相当な量の土砂の崩落(地滑り)がなくては大量の海水を動かす力にはなりえません。言い換えれば、めったに起こりえない大規模の火山噴火と土砂の流入があったということです。
 これをわが日本の国土に置き換えますと、例えば伊豆大島の三原山が大噴火を起こし、大量の土砂・火砕流が一気に海に流れ込んだなら、このスンダ海峡のような津波が起こりうるということです。桜島や雲仙岳も海が湾構造で狭いため、対岸に津波が瞬時に押し寄せる危険があるかもしれません。
 このインドネシアで起こった地震以外の要因による津波の発生のメカニズムについて、日本でも詳細に分析する必要があります。なぜなら、私たち日本人は「地震が起こらなければ津波は発生しないはずだ」という固定観念があり、避難行動が遅れる可能性が高いからです。この事故を教訓として、ぜひ今後の防災対策につなげてほしいと思います。

昨夜は高校の同級生の忘年会でした

 昨日書けなかったブログを珍しく午前中に書いています。
 昨夜は高校の同級生男6人の忘年会でした。高校の同級生といってもすでに60代の初老のオジサンたちです(笑)。私的な話題ですみませんが少しお付き合いください。
 6人とも高校3年時の同級生で、進学校でもあり皆大学進学しましたが、文系理系・学部も様々で、居住地も東京、仙台、静岡、関西などと異なりました。その後の就職はオイルショック不況数年後だったこともあるのか、6人中5人が堅実な公務員(4人が教員、一人が県庁)で民間企業は1人という状況でした。
 私は宮城県公立高校の教員を5年間勤め、その後静岡県教員試験を受け直し採用されて郷里に戻ってきたのですが、4人は県や市の公務員ですからすでに静岡県内で生活していましたし、民間企業の友人も静岡県内で勤務していましたので、私が戻ったことで何と6人全員が再び地元に集まることになったのです。大卒の6人全員が同じ地域というのは大変珍しいことではないでしょうか。
 それから一応私が中心となり、定期的に飲食会やバーベキュー・スキーを企画して、奥さん・子供を含め6家族が年1回程度定期的に集まったのです。その後お子さんも中学生くらいになると部活動や自分の時間が中心になりますので、徐々にまた男だけの会になっていきましたが、年末の忘年会は毎年欠かさず実施し、数年に1度は温泉など泊りの旅行を楽しんでいます。
 この会を始めて30年以上になりますが、仕事・職場の違いだけでなく、思想信条の違い(特に私たちの年代の政治に対する考え方は様々)もあり、若い頃(といっても40代ですが)には、相手と意見が合わず激論を交わしたことも何度かありました。しかし、そんな言い争いも酒の席の無礼講としてその場で納め、決して日常生活にまで尾を引くことはありませんでした。
 最近は皆年を取ったこともあってか丸くなり、お互い相手の考え方生き方を尊重し受け入れられるようになってきました。私自身仕事・家庭で様々な体験をしたこともあってか、自分と生き方考え方が違うからといって相手を非難してはいけないと考えられるようになり、50歳くらいの時から「人の生き方考え方はそれぞれ違ってよい!」と心底思えるようになりました。
 大事なことは他人や社会に迷惑をかけず、信念をもって前向きに生きていくことではないかと私は思います。

山形の60代女性、架空請求詐欺で1億円被害!

 特殊詐欺被害の記事を何度か取り上げたことがあったと思いますが、ついに個人で1億円の被害が出てしまいました。
 産経新聞の記事によりますと、山形市内の60代の女性が、11月中旬に「訴訟最終通告のお知らせ」と書かれたはがきを受け取り、記載された電話問合せ先に連絡したところ、弁護士を名乗る男の連絡先を紹介されといいます。男から「弁済共済金500万円を支払えば金は戻って来る」などと、繰返し送金を指示され、女性は定期預金や生命保険を解約するなどしてATMや宅急便で計13回にわたり約1億円を送金したということです。

 今回はどうしてだまし取られてしまったのか? という分析ではなく、視点を変えて高齢者のお金の使い道という観点から考えてみたいと思います。
 私は1億円も預金があったこと自体が驚きなのですが、高齢者に限らず日本人は堅実で貯金好きですから、全国には数千万円~億単位のお金をためている高齢者の方は一定数いると予想されます。
 個人・各家庭のお金の使い道について、私がとやかく言える筋合いのものではないのですが、高齢者の貯蓄を日本経済全体の問題として考えてみますと検討の余地があると思えるのです。現在日本に限らず先進国は人口停滞(減少)・高齢社会ということもあって経済が停滞気味であり、消費(需要)がなかなか増えないため企業の利潤(売り上げ)も増えず、それが低賃金にもつながっています(外国人労働者の増加による平均賃金の減少もありますが)。個人・各家庭の収入が増えないことが今度は消費の減退につながるという、デフレの悪循環に陥っているわけです。
 このような状況下で個人として一番貯蓄しているのが年金暮らしの高齢者層だといわれています。もし高齢者の富裕層全体が必要最低資金(葬儀代、老人ホームなどの施設・居住費など)だけ残して直接消費に回したとしたら、例えば比較的富裕な老人が1千万人いるとして、年間100万円の消費で何と1年で10兆円の購買力となり、かなりの日本経済活性化になるのではないでしょうか。そこで、高齢者の方には気分を害する点もあるでしょうが、発想の転換という意味でお金の使い道について具体案を提示してみたいと思います。
① 元気なうちにできるだけ子供や若い家族・親族に定期的に一定割合を贈与していく。
➁ 元気なうちに個人(夫婦)で思い残すことがないような感動を味わったり(海外旅行、芸術鑑賞、グルメ等)、高級消費財等を購入する(死亡後は子供等へ)
③ 子供や親族へ財産を渡したくない場合や、すでに縁を切って独居生活をしている場合は、判断力があるうちに自治体や慈善団体等に寄付する
④ それでも死ぬまである程度は貯蓄しておきたいならば、遺言書を作り財産がどのくらいどこに置いてあるのか、それを誰に渡すのか明記しておき、死後子供・親族や自治体にスムーズに金融財産が渡るようにする

 特に①・②が継続的に消費(需要)を増やすという意味では、日本経済の活性化に有効だと思いますが、最低限、死亡時に金融資産のありかを誰も知らず、家屋とともにうずもれてしまうことだけは避けたいところです。
 私も高齢者の仲間入り手前となり、もしも時のためにお金をためておく意識は確かにありますが、記事のように特殊詐欺に引っかかって大金を失ってしまえばすべてが水の泡です。大金をためすぎるよりは自分や家族のために積極的にお金を使う方が、社会全体にもプラスになるということを意識して考えた方が皆の利益になると思うのですが。


自転車事故で女性死亡し、男性に重過失致死容疑!

 産経ニュースの記事によりますと、警視庁下谷署は21日、女性が死亡する自転車同士の衝突事故で相手を救護せずに逃げたとして、重過失致死などの疑いで東京都足立区のギタリストの男性を書類送検したということです。
 事故当時男性はイヤホンを耳に入れた状態で、右手はアタッシュケースを持ち、左手だけで運転していたといい、歩道を走行中ぶつかってけがをさせた女性を救護せずに「急いでいる」と言って立ち去ったといいます。女性は病院に搬送されましたが約4時間半後に外因性腹腔内出血で死亡したということです。

 以前にも自転車運転の危険性について、女子大生の事故などを記事で取上げたと思いますが、今回はその場を立ち去るという「ひき逃げ」であり、重過失致死という大変重い罪になります。このギタリスト男性が批難されるのは当然ですが、身近な市民の日常の自転車マナー・運転を見ても、この男性と同様の大事故に遭遇する可能性は結構高いと思わざるを得ません。
 一旦停止無視、片手(傘さし)運転、スマホ・(音楽)イヤフォンなどのながら運転は、おそらく何割という確率で行われていると思います。道路交通法の罰則を厳しくし取り締まりを強化することも必要かもしれませんが、あまりにも件数が多すぎておそらく警察・交通巡視員の手が回らないのではないでしょうか。
 そこで現実的な対策として、自転車専用道路を作ることですが一気には無理でしょうからまずは自転車専用レーンを早急に整備すべきです。自転車しか通れないレーンができれば、自動車も侵入しないように気を付けますし、交差点などを除けば歩行者との事故の大半は防げます。
 道路の路肩に自転車通行帯を作ることで車の渋滞が多少増えるかもしれませんが、本来通行で最も守られるのが歩行者、次が自転車のはずです。日本社会は自転車の保護があまり図られていませんが、ヨーロッパでは自転車文化の歴史が長く、近年の環境対策もあり、自転車専用道路の整備が進んでいます。
 やはり、歩行者と自転車が同じ狭い歩道を通行するのは危険が多すぎます。以前話しましたが、私は東京郊外の駅近くの歩道を歩いていた時に、猛スピードで前から後ろから近づく自転車に恐怖を覚えたことは1度や2度ではありません。いくら「歩道は歩行者優先で、自転車の通行が認められた歩道では歩行速度に近いスピードで走行すること」というルールがあっても、きちんと取り締まれなくては意味がありません。
 まずは自転車が安全に走行できるハード面を整えることが先であり、それが結果的に歩行者の安全を守り、違反の厳罰化にもつなげられるのではないかと思います。
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
リンク