博士課程修了の学生、4割に借入金、大半が300万円超

 昨日奨学金の返済に追われる九州の若者の記事を取り上げましたが、今日(28日)も関連する記事がありましたので取り上げます。
 大学院の博士課程を修了した学生の4割が、奨学金などの返済を抱えていることが文部科学省の調査で分かりました。2015年度に全国の大学院の博士課程を修了した15,500人を対象にアンケートを実施し、約五千人から回答を得ています。
 それによりますと、全体の4割が学費のための借入金があったのですが、社会人と留学生は8割以上の学生が学費の借り入れがなかったのに一般学生の6割以上に借入金があったというのです。成績優秀者や生活費に困窮している学生には大学ごとに学費の減免制度がありますが、半数以上は利用していなかったといいます。

 私は40年ほど前に大学を卒業した人間ですので、当時と状況は変化しているかもしれませんが、学部生の時、学科内におじさんのような方が何人もいたので、「大学の講師の先生かな?」と思って先輩に聞いたら、「あの人はオーバードクター(正規の博士課程を終えた大学院生)で、授業料を払っている身分だよ。」と教えられびっくりしたことがありました。その時に、大学院(特に理学部のような研究部門)に進む場合、経済的なバックアップがないと続けられないことを知りました。
 大学院生は、順調にいっても修士課程2年、博士課程3年の授業料が必要ですし、卒業時にうまく大学等に講師などの身分で就職できるとはかぎらず、声がかからなければ就職浪人のようにオーバードクターとして大学に残ってチャンスを待っている人が意外に多いのです。もちろん専門分野の力(研究・論文発表など)が大事ですが、その人の研究分野によっては大学職員の空きがなく、能力があっても運悪くなかなか決まらないこともあるのです。私の学科でも30代前半でオーバードクターの方が複数いました。
 ある大学の先生が最先端の研究などで世間の注目を集めた時、その裏には教授を支え、実質的な研究・実験を取り仕切ってきた優秀な大学院生がいるのは常識といわれます。もちろん大学で研究を希望する大学院生をすべて優遇しろとは言いませんが、せっかく将来ノーベル賞候補になるかもしれない優秀な学生が、就職に恵まれず、借入金が膨れ上がって研究者の道を断念するような事態は、日本の学界の将来の発展のためにも何とか防いでほしいと思います。

返済総額1100万円、奨学金などの延滞で自己破産した若者

 27日、ビジネスインサイダージャパンの記事によりますと、九州に住む27歳の若者(畠山さん)が、昨年5月下旬の早朝に、軽自動車を運転中居眠り運転でガードレールに激突し、車が大破する事故を起こしたそうです。幸いケガはなかったそうですが、正業とコールセンターのアルバイト、実家の農業の掛け持ちで疲労困憊だったということです。
 居眠りするほど忙しかった理由は借金が雪だるま式に増え、少しでも収入を増やさなければ借金が返済できなくなるからなのです。
 彼は3人兄弟の長男で、畠山さんが中学生の時、父親が離婚して出ていき、その後は祖母の農業と母親のパート収入だけで生活していたようです。そのため高校だけでなく、大学でも奨学金を借りて学生生活をおくることとなり、就職後返済していく計画だったようです。ところが最初に努めた中小の証券会社を1年で辞めることになり、その後なかなか安定した収入が得られないのです。しばらくの非正規労働後、現在の教育ベンチャー会社に正社員として雇ってもらいましたが、手取りは15万円程度で、自力で生活しながら借金を返済できる金額ではないようです。そのためアルバイトを掛け持ちして疲労困憊となり、冒頭のような事故を起こしたのです。

 私は以前大学で学ぶことの意義を書いたことがあったかもしれません。大学に行かせてもらった人間が批判するのは自分勝手かもしれませんが、今の日本の大学のしくみは問題が多すぎます。ちょっと羅列してみますと、
① 入学金や授業料が高すぎる(国公立大学ですら、高度経済成長期の数十倍にもなっている)
② 高校卒業者数、大学入学者数は年々減っているのに、全大学の総募集定員は減っていない(一部では定員増加している)
③ ①により、奨学金利用者が増えているが、成績優秀者でなければ有利子の奨学金を借りるしかない
④ ②により大学全体の競争率が下がり、特にフリーパス状態の下位層の大学生の学力低下がひどくなる
⑤ 大学生の就職希望者数が増える反面、正規雇用は減っており、大学生も非正規雇用の職に就く者が増えている
⑥ ①や③により学生生活を続けるために、アルバイトを掛け持ちして本業がおろそかになる学生も増える

 どこか1つを直せば大学が正常に機能するようになるという話ではなく、文科省と大学の癒着(天下りや補助金制度)、マスコミと大学の癒着(天下り等)、教授陣の高額な給料など、大学側の人件費等の支出は膨大な額になるはずです。
 一部だとは思いたいですが、長年の既得権益を放置し、学生と保護者にそれらの負担を押し付けている今の大学制度にメスを入れることこそ、政府や与党がすべきことではないでしょうか。もちろんこの制度改革と同時に、真面目に学ぼうとしない学生には単位の履修・修得を認めず、何年でもやり直して学んでもらうような厳しさが、大学には求められていると思います。
 私は究極的には、入学金や授業料を無料にすることと引き換えに、進級・単位修得を厳しくすべきであり、その代わり何度でもやり直しがきくようにし、企業の方は新卒一括採用にこだわらない再チャレンジ社会の構築に努力すべきではないかと思います。
 

京都大学で入試中にミス発見、化学の小問2問「解答不要」通知

 毎日新聞によりますと、26日に実施した京都大学2次試験の化学で、職員が試験途中に小問2問が不適切と気づき、会場で「解答しないでください」と通知したそうです。ほかにも問題文や図の計4か所で誤りがあり、途中で気づいて順次板書で知らせたということです。
 京大入試企画課によれば「当日の試験問題チェック体制を強化したことにより、適切な内容へ修正することができた」といい、受験生に不利・不公平になるような事態には至らなかったということです。
 
 昨年の入試問題の反省を生かし、今年は事前点検を物理は3回から5回に、化学も3回から4日に増やしたにもかかわらず、またミスがあったわけです。
 私より京大の先生方の頭脳はずっと明晰でしょうから、問題作成能力がないはずはありません。
 ではどうしてミスが繰り返されるのでしょうか? 私の推測ではありますが、入試問題作成委員の選抜方法など編成や組織運営上の問題、作成者と点検者の連携のまずさ、問題自体の特殊性などがあるのではないかと思います。
 まず、京大だけでなく全国の先生方、いや他の職種の皆さんすべてに言えることだと思いますが、自分の作った問題(民間なら企画書等)を自身が点検しても間違い・ミスを発見しにくいことがあります。特に能力が高く自信のある方ほど「自分の問題(企画書)が間違っているはずはない!」という自信・思い込みが潜在意識としてあるため、見逃しやすいのです。ましてや京大のように難解な問題が出題され、他の入試委員にはその入試問題に明るい方がほとんどいなければ、チェックも形だけになってしまうでしょう。
 2日前のブログにも書きましたが、記述・論述問題は、人間が直接採点する以上、採点基準のブレや採点そのものの間違い、、集計ミスをゼロにすることは極めて難しい状況である上に、このような出題時のリスクも抱えていますから、この先も大学入試でのミスが根絶される見通しは立たないと思われます。
 それでもどこか改善できないかといえば、私見ですが、高校学習指導要領の枠を逸脱するような難解な問題を出題しないこと、入試委員は他学部間・年代間でクロスチェックをして、できるだけ出題者とつながりのない多くの職員がかかわること、出題の誤字脱字・文言のチェックはその道のプロ(事務方や出版編集経験者)に任せること、点数集計にも事務・経理関係など計算のプロを加えること、そして全体的に若い職員を多く入試委員に入れること(計算力、記憶力、創造力などが年配者より優れている)、などが思いつくところです。
 以前の繰り返しになりますが、もうさすがに合否の公平性を担保できないような旧態依然とした日本の大学入試制度から脱却し、もっと効率的な勉強で、公平に受験生が大学に入学できるような思い切った制度改革が必要ではないかと思います。

中国共産党、国家主席の任期撤廃の憲法改正案を提出

 今日は生真面目に政治の話を1つ。
 朝日新聞デジタルの記事によりますと、中国共産党中央委員会が25日、国家主席の任期を「2期10年まで」とする憲法条文を削除する改正案を発表しました。現憲法では習近平国家主席の任期は2023年までですが、さらなる長期政権が可能になると予想されます。
 欧米や日本のような民主主義国家の実質的最高指導者が大統領や首相であるのと異なり、中国の最高指導者は実質的に一党支配する共産党のトップである「総書記」ですが、現在では国を代表する元首である「国家主席」を兼ねるため、習近平に権力が集中することになります(人民解放軍の最高責任者である中央軍事委員会主席も兼ねる)。この三権が集中する現状で、さらに国家主席の任期が無期限になれば、習近平体制が相当長期にわたって続く可能性があり、時代に逆行するような中央集権独裁体制が強固になっていくことになります。
 ただ、新聞や雑誌、ネット記事などを見ますと、この動きは習近平体制の基盤が脆弱であることの裏返しだ、という説もあり、習氏には気兼ねなく相談できる親友・仲間がほとんどいないという情報も伝わってきます。それがもし本当ならば、いつ自分の地位が脅かされるかわからないため、強硬策を講じているとも考えられます。
 それにしても中国の要人には同情したくもなりますね。とにかく少しでも上を目指して財を築き権力を持たなければ、いつその地位や財産を奪われるかわからない食うか食われるかの世界だからです。ただ、日本など他国にとって危惧するのは、中国の経済成長が止まり、国民の所得が増えず失業率が高まるような社会不安が大きくなれば、政府への批判も大きくなりますから、国内(国民)の不満をそらすため、中国政府は意図的に外に敵を作り、対外的に強硬な路線をとらざるを得なくなることです。ということは、領土問題・貿易問題などでより強硬な外交政策をとってきた場合、その対応に神経を使うことにはなりますが、反面国内では時限爆弾にもなりうる大きな問題を抱えているとも考えられるのです。
 いずれにしましても、日本など民主国家からすれば、一人の人物に長期間権力が集中することや、共産党中央政治局常務委員会の七名だけで国のあり方(政治)をほとんど決めてしまうことなど、到底受け入れがたいことですし、ましてや憲法改正が多数の国民を度外視して、共産党幹部だけで決めてしまうことも全く考えられないことですね。

大学入試問題の出題形式について

 今年の大学入試センター試験の地理Bで、ムーミンの舞台の国を問う設問があり、その客観的根拠など物議をかもしましたが、「正解が1つとは限らない問題は問題提起力、創造力を高めるうえで重要である。」と述べた記事が新聞に掲載されました。

 暗記力に偏らず、問題提起能力、自主性、創造性を育成する「アクティブラーニング」といった教育方法の重要性が叫ばれる昨今、大学入試センター試験のようなマークシート方式ではなく、記述式問題の出題意義はもちろんあります。しかし、入学者を選抜する側(学校関係者)から見れば、世間にはあまり認識されていないのですが、記述問題出題にはある種のリスクがあるのです。
 記述問題はマークシートのようにコンピューターが計算集計するわけにはいかず、どうしても人間が直接採点し、点数を入力しなければなりません。部外者の方は意外に思うかもしれませんが、ある1つの設問を一人の採点者だけが統一基準で採点したとしても、答案が数百~数千枚の膨大な数になれば、採点基準がぶれやすくなるのです。私も高校入試で経験がありますが、一定の字数で解答するような問題になると、あらかじめ模範解答を用意し、細かな配点基準を作っておいても、実際の解答は教員の予想を上回り何十~百通り以上もの答案が記載され、新たに加点・減点をどうするか、その場で判断しなければならない場面に遭遇するのです。言い訳になりますが人間の判断力は採点時間が長くなるにつれ、疲労感とともに揺らいでいき、最初と最後の採点基準がずれてしまうことが多々あるのです。もちろん公平さを欠かないように、複数の他者が見直し訂正をしますが、100%完璧というわけにはいきません。実際、東京都の高校入試でも毎年のように採点・集計ミスが見つかっています。
 仮に、全国統一の大学センター試験で論述問題を導入したなら、何十万という膨大な答案の採点基準が完璧に統一されることなど不可能でしょう。ですから、国公立大二次試験、私立大試験のように学校独自問題の場合も、採点ミス、基準のあいまいさ、集計ミスが絶対起こらないという保証はないのです。外部には明らかにならず、運よく合格できた学生、運悪く不合格となった学生が毎年ごく一握りはいると思った方がよいでしょう。「そんな不公平なことは絶対あってはならない!」と考えるなら、特に大学入試センター試験のような全国統一テストはマークシートで行うしかないと思います。
 

オリンピックとコマーシャリズムについて

 平昌オリンピックも残りあとわずか。冬季オリンピック史上最多のメダル獲得(11個)という日本選手の活躍で、お茶の間でも大いに盛り上がっていることではないかと思います。以前のブログ記事にも書きましたが、特に私は小平選手が無名の時代から応援してきたこともあり、彼女が金メダルを獲得したことだけでなく、その真摯な言動に大変感動しました。
 ただ、冬季だけでなく全体としてオリンピックのあり方をみた場合、将来的には危惧する点が多いことも事実です。平昌オリンピックで会場の空席が目立つことが結構ありましたが、チケットは93%売れているらしく、どうも転売業者が買い占めて高く売ろうとしたけれども、思ったほど売れなかったことに原因があるとのことです。
 いくら4年に一度のスポーツのビックイベントといっても、チケットが5万円も10万円もするのでは、特定のファンでない限り購入を躊躇するのは当然のことではないでしょうか。また、以前にも書いたと思いますが、何十億という莫大なテレビ放映料の影響で、開会式がアメリカの大スポンサーの要望を優先し、選手の体調面を考えない極寒の夜間に行われました。
 さらに、選手個々には小平選手に象徴されるように、国の代表として最高のパフォーマンスを発揮しようと一生懸命頑張っているわけで日本人として勇気をもらったことは事実ですが、世界全体を眺めてみれば、やはり先進国が圧倒的に有利だということです。パラリンピックも含め、特に機材・用具が必要な競技は、シビアな話、お金がなければなかなか勝てません。スキーだけを例にとっても、最もクオリティの高い板・ビンディング・ストック、最適のワックス、最高のスーツ・手袋の使用、選手を支える最高のメカニックチーム、最高のコーチ陣、栄養補給、活動資金、報奨金、競技に集中できる勤務先など多くの条件がそろわなければ、選手が最高のパフォーマンスを発揮するのは難しい時代なのです。発展途上国でいくら運動能力に優れた選手がいても特に器具・用具に依存する割合が高い競技であればあるほど、選手が頂点に立つのは難しいのです。
 グローバル化が進み、貧富の差が拡大する現象は、まさにスポーツ界にも当てはまるのだと思います。

東京23区、衝撃的「学区年収」格差と教育格差

 22日ビジネスジャーナルの記事によりますと、不動産コンサルタントの「マンションは学区で選びなさい」という著書の紹介記事が載っていました。この本では「人気学区」と「世帯収入」の相関関係を明らかにしているのですが、年収の高い地域の小学校は学力が高いことが裏付けられるというのです。
 ちなみに23区全体のトップは港区立南山小学校で平均世帯年収は1409万円にもなり、2位が千代田区立番町小学校(年収1151万円)だそうです。これまで多くの人が何となく抱いていた「お金持ちの多い地域=優秀な小学校の存在」というイメージが実証された形になったわけです。
 希望する公立小学校に通わせるために当該学区内に引っ越す世帯のことを「公立小移民」と呼ぶそうですが、都内では今や珍しいことではなく、なんと年間1~2万人いると推測されるということです。

 皆さんはこの話を聞いてどう思われますか? まず首都圏など大都会の方と、私のような地方に住んでいる人間とではかなり受け止め方が異なるでしょう。地方では幼稚園や小学校の受験競争が過熱することはほとんどなく、別世界のような気がするのですが、首都圏に住む知人の話を聞くと、確かに学力・進学率の高い有名幼稚園や小学校の受験倍率は高く、合格するためjに塾へ通わせたりしている話も聞きますから、「公立小移民」はある意味当たり前なのかもしれません。
 このように現実的に地域による教育環境差はあるにしても、「公立小移民」に関して、私は次の点で疑問が生じます。

① 年収が高く学力が高い学区の小学校に入学できたとしても、自分の家の年収が増えるわけではない(返って所得差を感じる)
② 学力が上がりやすい環境ではあっても相性の問題もあり、教師や児童との人間関係がうまくいくとは限らない
③ 移転費用(土地やマンション購入、高い家賃)等の金銭的負担と住環境変化(特に小さい子供)のリスクを負うことになる

 そして、日本は超高齢社会による急激な人口減少により、将来的には4割もの大学が倒産の危機に見舞われるともいわれ、大学入学はフリーパス状態となります。有名難関大学であっても学力低下は避けられず、もはや「大学卒」の学歴だけでは当たり前すぎて、企業(就職)にとって大したメリットはないという予測も出ています。こうして学歴社会や新卒一括採用が崩壊する社会環境にでもなれば、やたら無理して我が子にお金をかけ、できるだけ良い学校に入学させたとしても、その投資効果がほとんど見られないかもしれないのです。
 一番大事なことは、学校を選ぶにしても子供の能力・適性を踏まえたうえで、進路をできるだけ自分で考えさせ、子供が生きる道を能動的に選択し自立して生きていけるように、親はアシスト役に徹することだと思うのですが。

スピードスケート女子団体パシュートで金メダル!

 つい先ほどですが、平昌オリンピックスピードスケート女子団体パシュートで日本が金メダルを獲得しました。この種目では日本チームはここまで世界記録を3回連続で更新しており、大会前には断トツの優勝候補でした。ところが準々決勝でオランダチームが日本の記録を上回って予選1位で勝ち上がってきたため、楽勝ムードが一変しました。
 心配した決勝では、日本チームは途中オランダにリードを許したものの、終盤スピードが落ちずに逆転し、見事に金メダルを獲得したのです。
 陸上のリレー競技にもいえることですが、日本選手は個人の記録では突出した選手がいなくても、団体ではチームワークで記録を伸ばすことにたけています。この団体パシュートは3人一緒に滑り、3人目のタイムで勝敗を競うわけなので、上位2名が早くても1名が取り残されてしまえば勝てません。3人の力関係・スタミナを考え、どのタイミングで先頭交代し誰が何周引っ張るのか、また風の抵抗を少なくするため、いかに足の踏み出しをそろえ3人の間隔を狭めるかが勝つための大きなポイントとなります。
 日本人は集団の和を大切にする民族ですから、外国選手に比べ3人がリズムをあわせることにたけていると思います。ただそうはいっても、相当の練習を重ねなければ息はぴったり合わないでしょう。決勝のレースを見て3人が一糸乱れず滑っている様子はまさに芸術品でした。猛練習が実りましたね。本当におめでとうございました。
 この団体競技での活躍は、私達凡人の日常生活にも大いに力を与えてくれるはずです。日本人の生まれ持った特質である協力・連携・和を生かして、仕事に趣味に頑張っていきたいものですね。

道路交通法改正による「高齢ドライバーの認知機能検査」急増で、自動車学校がパンク寸前

 近年、高齢者の運転ミスなどによる交通事故の報道頻度が増えていますが、事故の増加を受けて道路交通法が改正され、信号無視など特定の違反をした75歳以上の運転者への臨時の認知機能検査が義務付けられました。このため、検査受験者が急増し、タイトルにあるように自動車学校によっては半年先まで予約で一杯になるところまで出てきているようです。

 今後予想される高齢者の急増を考えれば、認知機能受験者はうなぎ上りに増えていくことでしょう。そこで以前にも述べたことがある私のアイディアを提示します。
 平均的な高齢者の方は、運転免許以外には資格を持っていないことが多く、免許を取り上げられることは自分の存在を否定されることだ、と受け止めるのもやむを得ないところです。もちろん危険性のある高齢者に運転をさせてはならないでしょうし、もしも運転して大きな人身事故でも起こそうものなら、保険の適用範囲を超えたり、莫大な慰謝料・看護費用が生じたりして、家族にまで重い負担がのしかかってくるかもしれません。
 ただ、先ほどの高齢者の生きがいや存在感を考えれば、
①免許を返納しても、以前と比べて全く不自由なく、無料又は格安で公共交通機関やタクシーが利用できるようにする 
②ここ10年くらいはすべての後期高齢者ドライバ―の車には無償で自動ブレーキを装着してあげる
 
 を実施し、それと並行して免許の自主返納を働きかけていけば、交通違反や事故をおこしたために臨時認知機能検査を受験する高齢者もかなり減るのではないでしょうか。
 税金の使い道として、後期高齢ドライバー一人当たりに年間10万円かけたとしても、該当する後期高齢者が一千万人だとして、一兆円ですみます。老人の生きがいをなくさず、かつ交通事故やその犠牲者を減らすためにも、国にはぜひ検討してほしいと思います。
 

平昌オリンピックで日本金メダルラッシュ!

 一昨日の男子フィギアの羽生選手に続き、昨日はスピードスケート女子500mで小平選手が念願の金メダルを獲得しました。
 羽生選手のすごさについては私が改めて説明するまでもありませんが、彼のずば抜けた心の強さ・集中力を再認識することとなりました。スポーツなどで好成績を残すには、よく「心技体」がそろっていることだといわれますが、今回の羽生選手は「技」当然抜群ですが、けがの影響もあって「体」についてはスタミナ面で少し不安がありました。その「体」を補ったのか「心」です。彼の強さは大きな大会になればなるほど自分の持っている力をほぼ100%発揮できることです。「普段の力を出せ!」というのは簡単です。私などは大会のスタートラインに立っただけで心臓がパクパクしてしまいますが、世の中緊張して普段の力を発揮できない人の方が多いのではないかと思います。おそらく羽生選手も小平選手も、練習時から最大限の緊張感をもって自分を追い込む練習ができているのだと思います。そしてその練習の自信を裏付けに、本番でのイメージトレーニング、セルフコントロールがしっかりでき、落ち着いて試合に臨めるのではないでしょうか。
 特に小平選手の研究熱心さは有名です。私たちは同じオンピックの舞台に立てるわけではありませんが、彼らが普段通りの力を発揮できるようなメンタル面の鍛錬は、私たちの日常生活(勉強、仕事、恋愛、趣味等)においても、大いに参考になるのではないでしょうか。

 ところで昨日小平選手が金メダル決定後、ライバルであり友人でもある韓国のイ・サンファ選手(銀メダル)に近寄り、肩を抱き合いながらお互いの健闘を祝福する姿が映像で流れました。二人には真のライバルとは、お互いに相手を認め合うことで成長できるものだということを教えてもらいました。
 また、社会科教師として付け加えますと、この二人の友情が外交面でギクシャクする日韓関係に、スポーツによって友好ムードをもたらすきっかけにもなってくれればと願います。その証拠に韓国の新聞は、ほとんどが宿敵である小平選手の健闘と友情をたたえる論調だったということです。
プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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