「東京五輪」中止宣言が飛び出す?

 新型コロナ感染収束の見通しが立たないまま、時間の経過とともに国民には「東京五輪」開催に悲観的否定的な見方が増えてきているようです。
 しかし、いまだにIOCやJOC・組織委員会・東京都は開催ありきの言動に終始しているように見えます。
 もしオリンピックが開催できなかったなら、ダメージを受けるであろう代表的人物は、菅首相であり小池都知事ではないかと思われます。
 菅首相は秋に衆議院総選挙が控えており、「五輪中止」ともなれば政権の支持率は急落し、首相続投が難しくなるばかりか、自民党が大敗し野党に下野する恐れさえ出てきますから、何が何でもオリンピックを開催したいはずです。
 一方、小池都知事も都議選を7月に控えており、やはり中止となれば「都民ファースト」が大きく議席を失う可能性がありますから、これまた何としてもオリンピックを開催したいはずです。

 ところが、私が時々紹介しているフリーライター窪田氏の興味深い記事が先日掲載されたのです。
 記事はコチラです☟

大逆風の東京五輪、「中止カード」を先に切るのは菅首相か小池都知事か



 ちょっと驚くようなタイトルなのですが、実際読んでみますと窪田氏の主張がまんざら絵空事ではないかも、と思えてきます。
 以下、窪田氏予測のポイントをまとめてみます。

① 圧倒的な「民意」が存在するなか、国民のフラストレーションが極限まで高まったタイミングで「五輪中止・再延期」のフラッグを掲げた政治家は、圧倒的な支持を得られるかもしれない
➁ 橋下氏の発言 「コロナの状況を見て、国民の不安感が頂点に達したところをとらえて、小池さんはいち早く無理だという発言をされるんじゃないか。そういうのは天才的能力があると思っている」
③ この五輪中止カードは、あくまで「政治利用」なので本当に「中止」をしなくてもいいという点。(例えば、「国民のために五輪は中止すべき」という公約を掲げて選挙に勝ったが、「いろいろ交渉をしましたがIOCとの契約もあるので無理でした」という筋書き)
④ IOCと「国民の不満が高まっているので一度、中止議論をするがちゃんと開催するから」とすれば、小池都知事にとっても、菅首相にとっても「五輪中止」は支持率爆上げの政治カードになり得る
⑤ 小池氏の国民の不満の方向性、ピークを捉える「選球眼」は、その辺の政治家は足元にも及ばない。例えば、菅政権がじっくり検討しているうちに、「本日、コロナ感染状況を踏まえて、東京都としては五輪を中止すべきだとバッハ会長に申し上げました」と不意打ちを喰らわせる可能性はゼロではない
⑥ 菅首相の打つ手…小池都知事よりも早く「五輪中止」のカードを切って、「国民の信を問う」と解散、都議選とのダブル選(「9月解散」では菅首相に未来はなく、じわじわと支持率を下げたまま衆院選に突入し、過半数は守れたとしても議席を大きく減らす可能性もある)

 和田が下線を引いた①は、確かに十分考えられることですし、③は「まさか」とも思いますが、これまでコロナ対策で政府や自治体が行ってきたことを考えると、可能性は0ではなさそうです。
 ⑤については、②の橋下氏のコメントも含め、これまでの小池氏の言動(都議会批判、豊洲問題、五輪施設問題、緑の党設立などなど)を分析すれば、何度もうなずいてしまいます。
 一方、後手に回りそうな菅首相の一発逆転は確かに⑥の策しかないかもしれません。

 ただ個人的な意見として、多くの国民が③・④のような、「一旦五輪中止を宣言して、やむなく開催する」ことを受け入れるかどうかは微妙だと思います。下手をすれば一貫して五輪開催をごり押しするより「裏切られた」という国民の怒りによる痛手は大きいかもしれないのです。
 スケジュール的に見ても、五輪開催最終判断(仮に6月中旬)の前に選挙を行っていなければ支持は得られませんから、時間的にはかなり難しいと思われます。まさか7月上旬まで引っ張った挙句「中止宣言を撤回して、開催」はさすがに大混乱を招くでしょう。
 いずれにしましても、こんな駆け引きをしていたら、オリンピックがアスリートや国民から遊離してしまうことは事実でしょう。
 記事の最後にある窪田氏の「もはや東京五輪は、アスリートのためでもなければ、国民のためにもなっていない。ましてや、「平和でより良い社会をつくることに貢献」なんて理念ともかけ離れてしまっている。」の言葉を、菅氏も小池氏も重く受け止める必要があるのではないでしょうか?

オリンピックを政治利用している場合なのだろうか?

 筆者が登録しているニュースサイトから毎日記事が配信されてくるのですが、今朝配信された記事が、まさしく前回(昨日)のブログに関連したものでしたので、今回続編として取り上げます。
 記事はコチラです☟

池江奇跡Vに大ハシャギの五輪関係者、2日後の奈落


 
 池江選手の復活劇は多くの日本国民に感動と勇気を与えましたが、まさに記事筆者が述べるように、池江選手を広告塔にして国民の世論を高め、何が何でもオリンピックに突き進もうとする大会関係者等は、見通しが甘すぎるとしか言いようがありません。
 まだ世界的にも感染が収まりつつあるとは言い難い中、日本は再びの感染増加(第4波)に右往左往し、再び感染拡大防止対策を強化しており、記事のように国際組織(スポーツ等)などが、日本を厳しく注視していることを忘れてはなりません。

 開催判断のリミットがすぐそこまで来ています。もう無観客開催しか選択肢は残っていないかもしれません。
 組織委員会・JOC・政府・東京都は、いかに選手たちが安心して大会に参加できるかに焦点を絞って、素早く手を打つ必要があります。
 実はオリンピック予選だけでなく、現在全国各地の市民スポーツ、部活動でも感染対策を施しながら練習や試合が行われており、これまで集団感染が発生した事例はほんの一部にすぎません。
 ですから一つの方策として、オリンピック各競技ごとに感染調査対象数チームを選び、無理なくできる通常の感染対策を行いながら、2~4週間程度、通常に近い練習や試合をさせ、その間毎日の全員の感染状況をチェックし、開始前と終了時の感染・発症状況を徹底的に検査・比較するのです。
 その結果特に感染者が急増しなければ、そのエビデンスを根拠にして、ワクチンがなくても東京オリンピックは十分安全に実施できることを、全世界にアピールできるのではないでしょうか?
 もちろん逆に感染が急増する結果となれば、それはそれであきらめもつきます。
 
 とにかく選手を鼓舞し、希望を持たせるだけ持たせておいて、直前になって「やっぱりできませんでした」では、猛練習を重ねてきたアスリートたちが浮かばれません。

記事中の、
「日本の大会関係者や組織委員会の面々は池江の優勝を“政治絡み”で必要以上に盛り上げようとしているが、大会開催の基盤となる肝心のコロナ対策は『第4波襲来』に備えたアップデートができておらず、これまで進められていたはずの具体性すら形がまるで見えてこないのが現状。これでは世界からバカにされるのも当たり前の話だ」
という事情通の言葉を肝に銘じて、早急に政府、有識者、医療・感染の専門家とひざを突き合わせて議論し、方策をたてるべきではないでしょうか(もう本当に最終判断まで時間がありません)。

国会の茶番は一体いつまで続くのか?

 国会では東北新社の総務省接待問題に端を発し、NTTがこれまで多くの政治家・官僚を接待していたことが明らかになりつつあります。
 しかし、国会での質疑応答の一部を見ただけでも、国民を馬鹿にしているのではないか、という茶番劇が展開されています。
 まずは、この惨状を批判している記事をリンクします。☟

社説】接待問題の国会質疑 「茶番」まだ続けるのか


 まさしくその通りだと思います。特に武田総務大臣は、
「国民から疑念を抱かれるような会食はしておりません!」(一字一句まで正確ではないかもしれません)
と答弁し、野党から、
「では、疑念を抱かれない会食はあったんですね?」
という質問に対し、壊れたテープレコーダーのように先ほどの、
「国民から疑念を抱かれるような会食はしておりません!」
のフレーズそのままの返答を数回繰り返しました。

 失礼ながらこの映像を見れば、「会食は一切していません!」と即答できないことで、「ああ、会食自体はしていたんだな」と、ほとんどの国民は気づくはずです。
 あまりにも姑息な答弁であり、国民を馬鹿にしているとすら感じました。
 すると予想した通り、今朝武田総務大臣はNTTと会食していた事実を認めたのです。
 記事はコチラです。☟

武田総務相、NTT社長との会食同席認める



 これは当たり前の流れなのですが、野党から質問された時に、
「会食自体はありましたが、仕事に関する情報交換は一切ありません!」(本当かどうかは別にして)
と即答していれば、その後の対応も多少はしやすかったでしょうが、その場をごまかそうとしたことで、かえって「国民が疑念を抱くような会食をしていた」ことを暗示する結果となってしまいました。
 元大阪府知事の橋下氏もこんなコメントをしています。
 記事はコチラです☟

橋下徹氏が苦言「最悪の国家の状態になってきた」…武田総務相がNTTとの会食を認めたことに私見


 
 さて、私はこの後の動きにも注目しています。野党は武田総務大臣がNTTとの会食を認めたことで勢いづくはずですし、先ほどの流れから偽証・隠蔽の可能性がでてきましたから、「与党の失言」などへのこれまでの野党の執拗な追及姿勢から見て、総務大臣への辞職要求が行われてもいいはずです。

 しかし、野党、特に立憲民主党は民主党政権(与党)時代に、自分たちもNTTから接待を受けてはいなかったのでしょうか?
 もし、今後の総務大臣への責任追求が、野党もマスコミもトーンダウンするようなら、自分たちも接待漬けになっていた「同じ穴のムジナ」であるという証拠を暗に示すことになると推察します。
 
 果たして今後の展開はいかに。

個性派ぞろい? の千葉県知事選立候補者

 今回は何とコメントしてよいのか悩んでしまうような記事を取り上げます。
 千葉県から離れていることもあり、静岡県民は千葉県知事選にそれほど関心はありませんが、昨日から始まった県知事候補者演説に対し、全国的に特にネット民の注目度が高まっているようです。
 私も産経デジタルのizaの記事を読んで、思わず笑いだしてしまいました。
 記事はコチラです☟

小池都知事に“求婚”する人も…千葉県知事選の政見放送に現れた強烈キャラたちにネット民騒然



 記事のように河合氏や加藤氏のようなぶっ飛んだキャラが登場したら、視聴者もどう受け止めてよいか困ってしまうのではないでしょうか?
 立候補者8人の選挙公報が明文化された記事がありましたので、これも参考までにリンクしておきます。

「選挙に立候補」はコスパがいいのか?表現の自由はどこまで認められる?注目の【千葉県知事選】政見放送スケジュール



 8人の公報を見ますと河合氏は極めて特異ですし、後藤氏や平塚氏もかなり個性派であることがわかります。

 私個人としては、当選するため人気取りの美辞麗句を並べる候補者よりは、はるかに面白いとは思いますが、さすがに数百万人の県民のリーダーとしての視点に欠けていたり、理想論・極論すぎる主張は県知事選挙演説としてはお粗末です。

 実質的には熊谷氏と関氏の一騎打ちになる可能性が高いようですが、他の個性派候補も、派手なパフォーマンスをすれば今のネット社会においては、当選は無理にしても一定の得票数が得られるかもしれません。

 県知事選挙立候補者は300万円の供託金が必要であり、有効投票数の10分の1の得票がないと供託金は返還されずに没収されます。結構高いハードルだと思いますが、わかりやすくインパクトのあるネタで正義感を訴えれば、ひょっとしたら10%越が起こらないとも限りません。
 また今の時代300万円程度ははした金で、自分の知名度・パフォーマンスのために使う方もいるかもしれません。

 皆さんも今回は「笑劇場」でも見るつもりで一時を楽しんでみてください。

ついに森会長が辞意表明! これを契機に日本社会の構造的問題にメスを!

 本日(11日)オリンピック大会組織委員会の森会長が辞意を表明したという報道がありました。
 多くのメディアが辞意表明について報道していますので、もうすでにご存じの方も多いのではないかと思います。

 実は、この森氏の件に限らず、最近は何か権力者・有識者などが人権侵害的差別的失言をすると、マスコミだけでなく、各方面のインフルエンサーや一般市民までもが束になって、WEB記事・SNS・ブログなどを通して徹底的にたたく傾向が強くなっています。

 過去ブログでも述べたように、私は森氏の味方をするつもりは毛頭ありませんが、辞任させることばかりに躍起になり、その願望を叶えることで、個人が留飲を下げればそれでよいのでしょうか?

 そもそもオリンピックの招致や運営を、後期高齢者である森氏の個人的な政治力、交渉力、国際的な人脈に頼らなければならなかった組織委員会やJOCの組織の構造的な問題が根底にあるのではないでしょうか?
 いい方は悪いですが、トップの首を挿げ替えただけでは、またカリスマ的長老がトップにつき、同じようなことが繰り返されるのではないかと危惧しています。

 そんなわけで、森氏の時代錯誤的発言に憤りを感じながらも、片や菅政権おろしに政治利用しようとする野党やタッグを組むマスコミが、何が何でも辞任させようと躍起になる姿にもあきれていました。

 そんな思いを抱いていましたら、私の考えをほとんど代弁してくれているWEB記事を先ほど見つけました。
 以前賛同した記事がきっかけで、フリーライター窪田氏の投稿サイトをPCに保存してあるのですが、今朝掲載の寄稿です。
 記事はコチラです☟(だいぶ長いですが、最後まで読んでいただければ幸いです)

森喜朗会長辞任」を叫ぶだけでは何も変わらない、長老支配を一掃する根本議論とは


 
 今回は記事が長く、また私の見解とほとんど一致していることもありますので、以下注目のフレーズだけ引用させていただきます。

 ・「五輪ムラ」や「政治ムラ」、「長老支配」
 ・テロ指導者を「排除」すると…その指導者の座にすぐ新たな後継者… 「第二の森喜朗」「第二の二階俊博」
 ・高齢者の「政治免許返納」
 ・何十年も高給をもらう「職業議員」が政治を続ける
 ・人間、80年も生きれば、そう簡単に考え方や生き方を変えることはできない

 そした最後のセンテンス
 ・我々が憎むべきは「老い」ではなく、高齢政治家をズルズルと権力の座に居座り続けさせ、「裸の王様」にして、終いには「暴走」までさせてしまう、「長老支配」というシステム…

 私たちは一時の感情に流させることなく、広い視野から問題の核心に迫っていくべきではないでしょうか?

プロフィール

わだしん

Author:わだしん
和田慎市です。公立高校退職後、私立高校で講師をしています。教鞭をとるかたわら、教師人生で学んだノウハウを多くの方に活かしてもらおうと、執筆・講演活動を行っています。H29年末に第三作「いじめの正体」(共栄書房)を出版しました。最近はアゴラ‐言論プラットフォーム‐に時々投稿しています。ご意見・情報交換はこちらへお願いします。なお、詳しいプロフィールはこちらから。

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